2004-12-29

トワヲ チカウ

逢魔が時

忍び込む闇

淫靡な予感

風が止まった

熱帯夜はもう過去

低気圧が近づく

橋を渡る影

雨の気配

記憶を超越する

手錠の跡

優しい勘違い

川べり道を行く

逆転した主従関係

恋は奴隷の切実

交叉点の向こう側

道徳的な無関心

横断歩道の途中

あの月に

トワヲ チカウ

2004-12-19

Holy Night

大きなガラス窓の向こう、超高層ビルの灯が、まるで夢のように輝いている。
君は全裸のまま、大きなガラス窓の前に立つ。
32階の部屋から見渡す夜の街は、光の洪水のようだ。
君は、真っ暗な部屋の窓辺で、まるで宙に浮いているかのような錯覚に捕らわれている。

ガラスに手をつき、眼下を見下ろすと、ホテル前の公園に、巨大なクリスマスツリーが立てられている。
色鮮やかな電飾が、行き交う人々の肩に光のシャワーを降らせている。
幸せそうな恋人達が、冬の舗道を寄り添って歩いていく。

背後で、グラスの中の氷が解けて崩れ、涼しげな小さな音を響かせた。
君は、その音でふと我に帰り、振り向く。
整えられたままの未使用のダブルベッド。
仄かに白く闇に浮かぶライトスタンドのシェード。
その傍らに、艶かしく夜の光を翻すボンテージの彼女。
彼女はベッドの縁に浅く座り、煙草を吸っている。
淡い煙が、繊細な指に挟まれた煙草の先から不安定に立ち昇り、揺れている。

彼女が煙草を消し、静かに立ち上がった。
そしてゆっくりと君に近づいてくる。
その右手には鞭、左手には毒々しいまでに赤いバイブレーターがある。

「窓に手をついて、尻をこちらへ突き出しなさい」
彼女の声が、鞭の一閃とともに君に突き刺さる。
君の下腹部に赤い鞭の跡が刻まれる。
「はい」
君は命令どおりの姿勢をとった。
その尻に、さらに鋭い鞭の痛みが走る。
「もっと高く!」
「はい!」
君は爪先立ちになって、必死に尻を掲げる。
と、そのとき、バイブのスイッチが入れられ、静かな室内に微かなモーター音が満ちた。
暗いガラスの反射の中で、彼女が鞭を捨てる。
そして、テーブルの上に置かれたローションのボトルに手を伸ばす。
やがて、尻に冷たい感触が伝わった。
彼女が、君の尻の肉を広げてたっぷりとローションを垂らし、君の卑猥な穴をバイブの先端でなぞり始める。
そして少しずつ、少しずつその異物感が君の中に入ってくる。
君は爪先立ちのまま膝を震わせてその感触に酔い痴れる。

ピストンが次第に大胆になっていく。
それに合わせて、君は窓についた手に力を込め、ゆっくりと淫らに腰を振る。
君の口から低い喘ぎ声が漏れ始める。
彼女はガラスの反射の中で、唇の端を歪ませながら、侮蔑の笑みを浮かべている。

君はガラス窓に額を押しつけながら快感に貫かれている。

午前零時五分前。
32階の窓から見下ろすクリスマスツリーは、世界を聖なる光で満たしながら、不思議な形をしている。

2004-12-16

繋がれた天狗

あの山に住む天狗は哲学者です

いろいろなものを見て

いろいろなことを考えます

あなたは、いったい誰ですか

わたしは、いったい誰ですか

あなたは、何をしたいのですか

わたしは、何をしたいのですか

天狗はすべてを知っています

あなたのすべてを知っています

鎖に繋がれた天狗はいつも孤独です

誰にも理解されません

天狗はあなた

あなたは天狗

天狗はわたし

わたしは天狗

だからひとり嘆くのです

2004-12-06

日溜りの舗道

「オッサン、超笑えるー」
「ほんと、おまえマジでスゲーって」
制服を着た少女達の爆笑が君を包み込んでいる。

土曜日、午後二時四十三分。
雑居ビルの奥まった非常階段下、路地裏のような場所だ。
太陽の光も往来の喧騒も全く届いていない。
学校帰りの少女ふたりは、短いスカートに紺色のハイソックス姿だ。
君はその二人に取り囲まれるようにして地面に膝をついている。
しかもそのズボンのチャックは全開で、そこから勃起したペニスを露出している。
君は今、つい先ほどまで少女の一人が穿いていた下着を顔に被り、そのペニスを激しくシゴいている。
もうひとりの少女が、君の髪を鷲掴みにして顔を上向かせ、爆笑しながら強烈なビンタを浴びせる。
乾いた音が路地に響く。
君は下着の裏側から立ち昇っている刺激的な匂いと温もりに包まれながら、舌先でその源泉を探っている。
ペニスの硬度が一気に高まる。
君は無我夢中でその下着の裏側の布地に吸い付いた。
狂ったようにそのコットンの感触に酔い痴れ、湿り気を吸収する。
少女達が君を覗き込んで、おかしそうに笑い転げながら訊く。
「美味いか? オヤジ」
「ふぁ、ふぁい」
君はもう完全に我を失っている。


彼女達とは、ブルセラショップのエレベーターの前で出会った。
君が中古下着を買うためにその店に行こうとしてエレベーターを待っていたら、声をかけられたのだ。
「ねえオジサン、パンツ買いに行くんでしょ? だったら私達から直に買わない?」
君は驚いたが、その魅力的な提案には激しく心を揺り動かされた。
だから半信半疑ながらも、ドギマギしつつ訊いた。
「いくらで売って頂けるんですか?」
多分その口調と態度でマゾだとバレてしまったのかもしれない。
しかし少女達は、そのときは一瞬顔を見合わせただけで何も言わず、ニヤニヤ笑っただけだった。
「とりあえず、ついておいでよ」
そうして君は主導権を握られたままこの路地裏のような場所までやってきた。
そして下着を一枚五千円で買う交渉が成立した後、突然、少女が言った。
「オジサン、マゾでしょ? どう? 一万でイジめてやろうか?」
「えっ?」
君は虚を突かれて返事に詰まったが、次の瞬間に口を衝いて出た言葉は、それを全肯定する言葉だった。
「あのう、下着代とは別に一万ですか?」
君は上目遣いで彼女達の表情を盗み見るようにして、恐る恐る尋ねた。
すると少女の一人が手を叩いて爆笑しながら答えた。
「オッサン、おまえ超面白いよ。『込み』でいいよ、大サービス」
その回答に、君は意を決して一万円札を財布から一枚引き抜き、少女に手渡した。


「おらおら、もっとシゴけよ、オヤジ」
少女の一人が、君の後頭部をローファーの底で踏みつけながら言う。
「はい!」
君はペニスだけを露出しているという全く説得力のない姿を晒しながら、激しく自慰を続けている。
殴られても、踏まれても、嘲笑されても、気持ちが萎えることはない。
むしろ君はマゾヒストだから盛ってしまっている。
君は、自分の年齢の半分にも達していない少女達の足元で跪きながら、興奮を隠せない。
少女達は君を蹴り、唾を吐きかけている。
やがて射精の衝動が君を貫く。
君はペニスの先端から大量の精液を噴出させた。
「汚ねー」
「出しやがった」
少女達の爆笑が頂点に達する。

やがて少女達は去った。
路地に静寂が戻る。
君は自分の精液で汚れた手とペニスをハンカチで拭ってから、スボンの中にしまい、チャックを上げて立った。
頭に被っていた下着を取って、丁寧に小さく畳んでポケットに入れる。
服や顔に付着した少女達の唾もハンカチで拭いた。
そして尻や膝を払ってから路地を後にし、表通りに出た。

表通りに人影は疎らだった。
コンクリートの舗道に暖かい陽光が満ちている。
君はその日差しの眩しさに目を細め、ゆっくりと歩き出す。
さりげなくポケットに手を突っ込み、下着をぎゅっと握り締める。

日溜りの舗道に、君の影が長く伸びている。

2004-11-25

ピンク・グレイ

窓越しの空の色が、少しずつ変化していく。
君は全裸のまま床で犬のようにお座りをして、その色彩の変化を見つめている。
首輪に取り付けられた鎖は、ベッドの脚に繋がれている。
この部屋には、ベッドしか置かれていない。
君の手は、背中に回されて、頑丈な革のベルトで拘束されている。
八階の一室。
部屋は無音だ。

君の飼い主はまだ戻らない。

目の前のガラス製のボウルには、金色の聖水が注がれてある。
夕暮れの光が、そのボウルと聖水をキラキラと輝かせている。
喉の渇きを覚えた君は、不自由な体を前に倒して、そのボウルに屈みこむ。
そして、手は使えないので、ボウルの中に顔を入れ、舌で聖水を掬う。
金色の飛沫が撥ね、君の顔を濡らす。
その聖水は既に温もりを失っている。
飼い主の亀裂から、君の目の前でそれがボウルに注がれたのは、もう二時間も前だ。
ボウルの傍らには、その時に飼い主が使ったティッシュが無造作に捨てられている。

君は聖水を飲み干し、体を起こすと、つと窓へ視線を向けた。

窓には、カーテンが無い。
だからその視界を遮るものは、何もない。
差し込む射光のせいで、君の影が長く後方に伸びている。
磨きこまれたフローリングの床に落ちる君の影は、濃い。

君は一度、空のボウルに目を落とし、それから再び窓の外を見た。

窓の向こうには、夕暮れの空だけがある。
冬の空は透明度が高い。
指先で触れれば切れてしまいそうだ。

気温が下がり始めたようだ。
茜色に沈みゆく空にたなびく薄い雲が、ピンク・グレイに染まっている。

2004-11-13

ひとひらの雪

真夜中の高速道路

トンネル内、点灯せよ

不意にオレンジ色のチューブ

まるで異空間

時速120キロ

メーターの針は安定している

ステアリングを握る彼女

助手席の君

ノイズ混じりのラジオ

しなやかなシフトチェンジ

加速するクーペ

彼女の指先に挟まれた細い煙草

不安定に漂う紫煙

前方の暗い穴

突然、再び夜の中

計器盤の淡い光

ガラスに映る、首輪の君

ヘッドライトに照らされた、ひとひらの雪

2004-11-08

散歩の途中

イライラしていた。
仕事でミスをしでかして上司に散々嫌味をいわれ、君は鬱屈した気持を抱えたまま帰宅した。
2DKの自室に戻っても、その苛立ちは収まらない。
寧ろ、ひとりになったことによって、その鬱積したストレスは肥大しつつあった。

君は観ていたテレビをリモコンで消した。
つまらないバラエティショウだった。
無性にビールが飲みたくなった君は、財布を持つと、ひとり暮らしのマンションを出た。
単身赴任は、こういうときに辛い。
妻は、千キロ以上も離れた町で、ふたりの子供と一緒に暮らしている。

君は、部屋着であるスウェットパンツにトレーナーという姿のまま、住宅街の中の道を歩いていく。
上空の月が円い。
雲が殆ど無い出ていないので、その夜空は明るい。
真夜中の青空だ。
どこかで犬が鳴いている。
やがて前方にコンビニの明かりが見えてきた。

君はコンビニに入ると、雑誌のコーナーでエロ雑誌を立ち読みする。
すると、次第にモヤモヤとした気分になってきた。
考えてみると、前回に自宅に戻った三ヶ月前以来、全く女性に触れていない。
グラビアの女性は、挑発的だ。

君は、世間的には真っ当な夫婦生活を営む普通の男だが、実際は、変態だ。
強度のマゾヒストで、小遣いに余裕があるときは、SMクラブにも通っている。
君は、雑誌のグラビアを見ているうちに、自分の内部でマゾの炎がメラメラと燃え上がってくるのを自覚した。
自分よりも一回り以上年下のグラビア・アイドルたち……。
そんな魅力的な彼女たちに辱められている自分を、つい想像してしまう。

君は雑誌を棚に戻すと、クアーズ・ライトの缶とピーナッツを買って、コンビニを出た。
相変わらず、月が美しい。
君は、コンビニのビニール袋をブラブラさせながら、無人の街路を歩いていく。
深夜の散歩だ。
周囲には自分の気配だけ……サンダルのパタパタという足音だけが響いている。

そのとき、危険な誘惑が君を捕らえた。
そして君は、呆気なく屈服してしまう。
君は、スウェットパンツをそっと下ろした。
そしてさりげなくペニスを露出する。
なぜか、君のペニスは完全に勃起している。
剥きだしの亀頭を、夜風がそっと撫でていく。
君はごく普通に歩きながら、そのペニスを握り、軽くシゴいてみる。
その心の内では、「誰かに見られたら終わりだ」という恐怖と、「誰かに見られたい」という期待が、激しく鬩ぎあいながら葛藤している。

2004-10-28

今夜の生贄はあなた

その暗く乾いた秘密の小部屋では

夜毎、誰かが泣いています

煉瓦の壁に沁みついた快感

風が止み、闇が誘う

磔にされた倦怠

檻の影

ピン・ヒールの踵が時を刻む

声にならない声、歌にならない歌

揺れる煙草の煙、霞む希望

アイスキャンディーは悪魔のキス

淵の底を覗き込む

ハードボイルドなハートブレイク

今夜の生贄はあなた

2004-10-22

金木犀

濃密な夜の空気の中に強く金木犀の匂いが充満している。
深夜。
時刻は午前一時を過ぎて、公園内には全く人気がない。
園内を蛇行しながら続く遊歩道は、昼間の賑わいが嘘のようにひっそりと静まり返っている。
ホットドックの屋台も、幼子を連れた母親達の姿もない。
水銀灯の冷たい明かりだけが、まるで季節外れの蛍が凍えているかのように、音もなく瞬いている。

雑木林の影が濃い。
水銀灯の光は、その茂みにまでは届いていない。
空には、雲が広がっている。
まだ雨が降り出しそうな気配は感じられないが、空気は冷えてきている。

時折風が吹き抜け、雑木林の梢を盛大に揺らす。
葉のざわめきが、深夜の闇をより一層深くさせる。

君は今、その雑木林の中にいる。
公園内の最も奥まった場所だ。
衣服はほとんど何も身に付けていない。
君は革靴と短いナイロンのソックスを履いただけの姿で、太い木の幹に拘束されている。
その傍らには、美しい女性が立っている。
女性は、夜目にも映える白いワンピースを着ている。
そして、女性の足元には、君が脱いだ衣服と、数分前に放出した君の精液が飛び散っている。
君は、女性のしなやかな手つきによって、拘束されたまま射精を果たしたばかりだ。

「どうか、お許しください」
君は全裸で幹に縛られたまま、その女性に哀願する。
しかし、実際には何も見えてはいない。
なぜなら、君はアイマスクをしている。
そのため、君の視界は闇に閉ざされている。
「何をいってるの? おまえは変態なんでしょ?」
女性がそう冷たく言い放つ。
「で、でも……」
君は、いくら周囲が無人の雑木林とはいえ、どこで誰が見ているか気が気でなかったから、つい小声になってしまう。
女性は、そんな君を軽蔑の眼差しで見つめている。
「外で露出をしてみたいといったのは、おまえでしょ?」
「そ、そうですけど……」
「だったら、いったい何が不満だというの、全く……それじゃあ、元気でね。わたしは帰るから」
「そ、そんな……」
君は声を震わせながら呟く。
しかし女性はもう相手にせず、君の傍を離れた。
そして数歩歩いてから足を止め、屈託のない口調でいう。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。朝になったら誰かが見つけてくれるから」

地面の草を踏んで進む女性の靴音が、だんだん離れ、遠ざかっていく。
やがて、完全な沈黙が、水を吸った真綿のように重く君を包み込む。

風が肌を撫でていく。
金木犀の匂いが鼻を刺す。
不意に雲が切れて、青ざめた月光が君の全身を照らす。

2004-10-15

刻印

M字開脚で吊られているため剥き出しになっている君の股間は、妙につるりとしている。
つい先ほど、女王様によって剃毛されたばかりだからだ。
まだ剃り跡が青々としている。

大人の股間に陰毛がない光景は、非常に卑猥だ。
これで君は当分、人前で裸にはなれない。
しかも、その股間の性器は今、破廉恥にも限界までそそり立っている。
普段は皮に包まれている君のピンクの亀頭が、透明の液に塗れ光っている。
それは単なる歪な肉塊だ。
存在する価値もなければ意味もなく、途轍もなく醜い。

女王様が、鋭く尖った赤い爪の先端で、君の性器の裏筋を辿っていく。
その快感に君は体を震わせ、そしてペニスをヒクヒクと痙攣させる。
それに合わせて、さらにペニスから大量の液体が滲み出し、糸を引いて垂れていく。
「イヤらしい……」
女王様が指先による刺激を与え続けながら、君の耳元に唇を寄せて囁く。
そしてその液体を指先で掬い、君の顔の前に差し出す。
「ほら」
そういって、その指を君の口に押し込む。
君は歓喜し、狂ったようにその指を丹念に舐め、しゃぶる。
その舌の動きは、まるで別の生き物のようだ。
君の舌は女王様の指先に絡みつき、吸いついて離れない。
そんな君を、女王様は侮蔑の色を浮かべた表情で静かに眺めている。
やがて女王様は「はい、おしまい」といって、唐突に指を引き抜き、いったん君の傍から離れた。
そして後方に回り込んだため、吊られている君の視界から外れ、君は床から一メートルほどの上空で浮遊したまま、束の間の孤独に陥る。

音のない部屋の時間の進行は歪んでいる。
次に女王様が戻ってきた時、その手には剃刀が握られている。
白い刃先が部屋の明かりを受けて鈍い煌めきを放つ。
「おまえはわたしのモノ」
女王様はそういいながら、その刃先を、君の臍の下辺り、毛のない下腹部に押し当てた。
「印をつけておくわね」
女王様は楽しそうに残忍な光を瞳に宿しながら、君の下腹部に剃刀の刃を滑らせていく。
小さな痛みが君を包み込む。
白い肌に、赤くラインが刻まれていく。

君は息を殺してじっとその刃の動きを注視している。
やがてその赤いラインは『M』という字として結実した。
繊細な傷口から微かな血が密やかに流れている。
その赤は、性器の先端から溢れ出ている透明な液と混じりながら、キラキラ光っている。

2004-10-13

君は今、手首を縛られた状態で両手を上げ、赤いロープで天井から吊るされている。
床に足はついているが、体の自由はほとんど利かない。
もちろん全身に亀甲縛りが施されており、その模様は芸術的ですらある。
君は、オブジェだ。
天井のスポットライトが君を照らしている。
その光に、乳首のピアスが鈍い煌めきを放つ。
ピアスはリング状で、細いチェーンがついている。
そのチェーンは長く、両の乳首から伸びるそれは途中で繋がり、先端は女王様の手の中にある。

女王様が残忍な微笑を瞳に滲ませながら、一片の躊躇もなく、そのチェーンを引っ張った。
「ギャー」
君は大の大人であるにもかかわらず、生まれたての赤子のように叫ぶ。
その目は涙で潤んでいる。
「おまえ、嬉しくて泣いてるの?」
女王様が近づいてきて、感情を消した顔で小首を傾げながら訊く。
君は痛みに顔を顰めながら、しかし「はい」と頷く。
「でも何か不快そうね。あまり嬉しそうには見えないわよ」
女王様はそう言うと、冷徹な目で君を見据えた。
君は激しく首を横に振って否定する。
「いいえ、滅相もございません。本当に嬉しいです!」
君は必死だ。
しかし女王様の手にはいつしか、チェーンの代わりに長い一本鞭が握られている。

「おまえは最低なマゾ豚」

女王様はそう呟くと、鞭を持ったまま君のすぐ前に立ち、君の乳首のピアスを指先で弾いた後、両頬に鋭いビンタを張り、君を小突いた。
君は足首を縛られているので、そのまま、まるでサンドバッグのように揺れる。
その揺れが収まらないうちに、女王様は鞭を振った。
鞭の先端が君の体を打つ。
その乾いた音が、密室に反響する。
君は無意識のうちにその鞭から逃れようと体を捩るが、その度にロープが手首に食い込んで顔を歪める。
何発もの鞭が連続して君に叩き込まれた。
鞭が肌を打つと、君の体に滲んでいた汗が、細かな飛沫となって飛散した。
その汗が、スポットライトの強烈な光を浴びてキラキラと輝く。

やがてようやく鞭の嵐が去った。
君は手首の拘束だけを解かれ、息を弾ませながら床にしゃがみこむ。
亀甲縛りが施されたままの全身には、鞭の跡が刻まれている。
君は這い蹲るように床に両手をつき、呼吸を整える。
そんな君の前に、女王様が凛然と立った。
俯き加減の君の視界に、踵の高いハイヒールが現れる。
レザーの光沢は艶かしく、女王様の足首は透き通るように白い。

その踝の上に、小さいが色鮮やかな蝶のタトゥがある。
蝶は静かに、そして優雅に羽を広げている。

2004-10-02

もしくは幻影

滑車が回る

重々しい音を響かせて

鎖を手繰る彼女の爪は黒

軋むロープ

ゆっくりと浮上する、からだ

閉ざされた部屋

誰も知らない時間

拘束された肉体

解放された精神

儀式のあとで

自由を獲得する

夕陽に向かって叫んだあの日の少年は

今夜、すりかえられた夢を見る

もしくは、幻影

2004-09-29

これも、恋

嘘をつくなら最後まで

キャベツ畑の意外性

万年筆のインクの沁み

デカダンスは謎

メモは破っておく

13階段の先にあるヘヴン

本日の営業は終了しました

爪先から滴る血の色に似た何か

サバンナで調教

通学路はもうない

残酷な波紋

キリストの偽者

倒錯は幻の遊戯

夜が人を呑む

土牢で深呼吸

沸騰するホットミルク

愛を語るなら最初から

2004-09-14

アンダーグラウンド

君は全裸だ。
両手は後ろに回されてきつくロープで縛られ、同じく足首も拘束されている。
そして、床に転がされている。
体の自由は全く利かない。
床で体を丸めている君の視界は傾いている。

この地下室に監禁されてから、ずいぶん時間が経過している。
しかし窓もなく、もちろん時計もないので、正確な時間はわからない。
でも、たぶん夜だ。
君は、暗くなってからこの地下室に入った。
君の狭い視野を、黒革のロングブーツが横切る。

この部屋には君の他に、ふたりの女王様がいる。
ふたりともとても美しく、そして厳しい。
彼女達の手には、それぞれ長い鞭が握られている。
その鞭がしなって、君の体を打つ。
ピシッと乾いた音が、コンクリート剥き出しの壁に囲まれた狭い地下室に響き渡る。
君は叫び声を上げて反射的にその鞭から逃れようとするが、それは叶わない。
君の体はすでに真っ赤だ。
無数の鞭の跡が全身に走っている。
ひどい蚯蚓腫れからは、血も流れている。

女王様のブーツの底が、君の頬を踏む。
君は不様に顔を踏み潰されながら、冷たいフローリングの床に押し付けられて、醜く顔を歪ませる。
もうひとりの女王様が、君の性器を蹴り上げる。
君は呻いて、反射的に体を弾ませる。

「ひどい格好だね、おまえ」

女王様が、君の顔を踏んだまま、頭上から笑い声を降り注ぎながらいう。
君は鞭の跡に沁みる鋭い痛みと、性器に残る鈍痛に身悶えながら頷く。

「おまえ、これだけ苛めてもらっておいて、感謝の言葉もなしか? えっ?」

もうひとりの女王様が君の尻を力いっぱい蹴りながらいう。
君は体を丸めたまま、息を弾ませながら呟く。

「ありがとうございます。ボクはとても幸せです」

「そうそう、それでいいんだよ、変態マゾ野郎。じゃあ、ご褒美でもあげましょうかねえ」

そういって君の顔から足を下ろした女王様は、ゆっくりとブーツを脱いだ。
ブーツの中は素足だ。
その白い爪先が君の顔の上に置かれる。
暖かい芳香が強く漂う。
女王様の可憐な足の指が、ゆっくりと君の顔の上を蠢く。
頬を踏み、鼻を摘み、唇を器用に挟む。
そしてやがてそれは、おもむろに君の口の中に押し込まれる。

「ほら、舐めろよ」

「ありがとうございます!」

君は歓喜し、狂ったようにその足の指をしゃぶる。
かなり不自由な体勢だが、たちまち性器がいきり立っていく。
それを、もうひとりの女王様が踏む。

「アン」

君はたまらず喘ぐ。
しかしその瞬間、君は不覚にも、女王様の足の指に歯を立ててしまった。

「痛いっ」

女王様が舌打ちして吐き捨て、足を引き抜く。

「申し訳ございません」

君は慌てて謝罪したが、とき既に遅しだ。
女王様の怒りは瞬時に沸騰し、簡単には収まらない。
再び激しい鞭の洗礼が始まった。
君は右へ左へ体を捩りながら小刻みに跳ね続ける。
その目には涙が滲んでいる。

鞭が空気を裂き肌を打つ音、君の絶叫、女王様の笑い声。

地下室の夜には、終わりがない。

2004-09-10

夢で逢いましょう

ホテルの部屋は暗い。
ベッドサイドのシェードランプだけが、弱々しい明かりを灯している。
29階のダブルルーム。
窓の外の眼下には、世界中の光を集めて粉々に砕いたような、宝石の輝きに似た都会の灯が、色彩の絨毯のように広がっている。

ボンテージスーツに身を包んだ彼女がそっと鞭をベッドに置く。
君は、床につけていた額を上げ、その凛然とした姿を仰ぎ見る。

二時間に及ぶ調教が終わった今、君は疲れきっている。
体には無数の鞭の跡が蚯蚓腫れとなって走り、手首や足首をはじめとして、胸や太腿にまでロープで縛られた跡がくっきりと残っている。
君はつい数分前に射精を果たしたばかりだが、依然としてペニスはそそり立ったままで、その周囲は白濁液に塗れている。
そしてそれは既に乾き始めていて、君は違和感を覚えているが、まだ拭きとってよいという許可はおりていない。
よって、自らの手で搾り出した白濁液は未だ手のひらにべったりと付着したままだ。

彼女はドレッサーの前へと歩き、椅子に浅く腰掛けると、ロングブーツをゆっくりと脱ぐ。
そして素足になると、次に、長い髪を物憂げにかきあげ、耳朶の大きなイヤリングを外す。
それをガラス製の灰皿の中に落とす。
小さく硬質な音が無音の室内に涼しげに響く。
彼女の優雅な仕草は淡い影となって床のカーペットに落ちている。

君は正坐のまま手を伸ばし、周囲に散乱している調教に使われた道具を拾い集めていく。
乳首を挟んだクリップ、首輪、ロープ、ペニスを根元で拘束する革製のベルトとそれに繋がる長い鎖……。
それらを拾い集めながら、君は二時間にわたって施された濃密な調教を胸の内で反芻する。

君は今、奴隷や犬という下劣で下等な身分から、ようやく人間界に帰還した。
尋常な男性ではとうてい考えも及ばないような、破廉恥な己の本能を解放した君の、束の間の自由の時間は終わった。
これからはまた、常人の仮面を被って生きていかなければならない。

君にとって、自らの本能を曝け出すことのできる唯一の相手が彼女で、その彼女という存在は神に等しい。
しかし、その神はもう君の前から去った。
彼女は、一度も君を振り返ることなく、バスルームに入った。
床に脱ぎ捨てられたままの黒革のブーツが、シェードランプの弱い明かりを受けて、艶やかに光っている。
君はその光沢を凝視する。
やがて、バスルームから微かにシャワーの音が聞こえてきた。

もう別れの時は近い。
そして、次にいつ彼女と逢えるかはわからない。
ほんの一瞬の邂逅は、まもなく本当に終わりを告げる。

夢のような時間には、果てがある。
しかし夢の中でなら、君はいつでも彼女に逢える。
夢は時間や距離といった現実的な障害を軽やかに超越する。

君は今夜、夢の中で再び彼女に跪くだろう。

2004-09-01

The End

モノクロームの夢

五秒前の自分

地下鉄の窓の外を飛び去っていく白い光

蝋燭を電卓に持ち替えて

ハイヒールの靴音

フラッシュバックなんて陳腐

橋を渡る時、トンネルを潜る時

憂鬱な低気圧

コーヒーの色に似たストッキング

熱くない、と彼女がいう

物語の断片を拾い集める

濡れる赤い唇は卑猥

ほんの気休め、雨宿り

香りが誰かを狂わせる

剥がれかけたポスタア、スプレイの落書き

暗い水面に靡く白い航跡

ボードウォークの夜明け

ひとりで観るウッディ・アレンの映画

2004-08-29

金の鎖、銀の鞭

真夜中の台風

無人の交叉点

闇を映すテレビ

ダブルベッドの沈黙

年老いたブルース

点滅する信号

観葉植物の影

炎が揺れる

艶やかな黒革のブーツ

冷蔵庫の低い唸り

パフュームまでの距離

潰れたトマト

赤いノートを買う子供

視界は彷徨う

誰のせいでもない孤独

現実の隷属、非現実の支配

天窓を流れる雨

零歳の微笑

金の鎖が、天と地を繋ぐ

銀の鞭が、朝と夜を切り裂く

2004-08-25

天界の雫

激しい調教の後、聖なる黄金色の雫が君の体に降り注ぐ。
君はまるで旱魃に苦しむ農民が突然降り出した雨に歓喜するように、その雫を拝受する。
その時、女王様の亀裂から迸り出る聖水は、まさに天の恵み、甘露だ。
奇跡の亀裂から降り注ぐ天界の雫を全身に浴びながら、君は心の中で合掌をする。

甘露の雨が、君を濡らす。
それによって愚かなる魂が浄化されていく。

君は解脱しようとしている。

少しずつ君は、幸福の絶頂へと上り詰めていく。
聖なる雫が、胸板や背中に刻まれた鞭の跡に沁みるが、その痛みさえも君にとっては快感だ。
君は温かい聖水に陶酔しながら、肉体と精神が乖離していくような奇妙な感覚の中にいる。

性器は猛々しく天を衝いている。

君は、腕を組み足を開いて凛と立つ女王様の股間の下で跪き、顎を上に向けて大きく口を開いた。
その君の口の中へ、女王様の聖水が容赦なく注ぎ込まれていく。
舌を痺れさすその小さな刺激は、君をたちまち官能の泉へ引きずり込んでいく。
それはまるで底なし沼のように終わりのない、生温かく、煌びやかな歓びに彩られた天国の泉だ。
君はその泉へ大胆にダイヴし、緩やかに溺れていく。

舌を刺す痺れの中に、君の生の証はある。
そして黄金色に輝くベールの向こうに、君の未来はある。

君は今、大いなる慈悲に包まれている。

2004-08-18

美しい人

長く、しなやかな脚が優雅に組まれているだけで、その人の美しさは劇的に高められる。
短いスカートから伸びる肉感的な太腿、そして華麗な脹脛のラインが、踵の高い黒革のハイヒール・サンダルで完結している。
それは、既にひとつの物語だ。
その物語に、多くのマゾヒストは狂喜し、そして屈服する。

彼女の脚は魔力を秘めている。
それはまるで朝露に濡れて輝く蜘蛛の巣のようだ。
そして官能の毒蜘蛛である彼女は、世界を絡め取っていく。
その魔力から逃れることは難しい。
なぜなら、彼女の美は、この世で最高の権力だからだ。
その前では、いかなる人間も等しく無力だ。
誰もが跪かずにはいられない。
或る人はそれを時に運命、もしくは宿命と呼ぶ。

彼女が、軽く蹴るようにしてハイヒール・サンダルを脱ぐ。
赤く塗られた爪が、部屋の明かりを撥ねて煌めく。
足の甲が透き通るように白い。
可憐な指先が、誘うように蠢く。
その造形は、完璧だ。

そして彼女はいう。
「足にキスして」

美しい人の脚には、神が宿っている。

2004-08-15

天使の囁き

しかし、昨日のオヤジは超笑えたよ。
友達のエミと街を歩いていたら、突然声を掛けてきたんだけど、それが駅の端のほうにあるあまり人気のないトイレの前でさ、そのオヤジ、いきなりウチらの前に立ち塞がったかと思うと、「靴下を売ってください」だもん。
もうさあ、エミとふたり顔を見合わせて、大笑い。
だって、超おかしいじゃん。
歳はね、たぶん四十ちょっと前くらい。
一応は背広を着てたけど、なんかあんまり金を持っている感じじゃなかった。
だいたい、そのオヤジ、超ダサいの。
ダサいっつーか、キモいっていったほうが正確かもね。
なんか脂ギッシュなコデブでさあ、もしかしたら素人童貞かもね、あれは。
いかにも風俗ばっか行ってそうな感じ。
でさ、そのオヤジが言うわけよ。
「お願いします、今、履いていらっしゃるそのルーズソックスを売ってください」って。
マジこういう感じの敬語だったよ。
笑えるでしょ?
ウチらより二十以上も年上のオッサンがさ、敬語だもん。それも妙にオドオドしながら。
あれは絶対マゾだね。
たぶん間違いない。
前にMオヤジと五万でエンコーしたことあるけど、同じ空気を漂わせてたもん。

で、私は言ったの。
「いくらで買ってくれるわけ?」って。
そうしたらオヤジ、一瞬キョトンとなってた。
たぶん、断られるか、シカトされると思ってたんじゃないかな?
普通、突然そんなこと言われたら、たいていの人は無視するだろうし。
つうか、キモいし。
だからオヤジにとって「いくらで買う?」ってウチらに訊かれることは、意外な展開だったんだと思う。

でもさ、昨日って相当暑かったじゃん?
だからウチらのルーズ、かなりキテたと思うよ。
マジ激ヤバだよー、って感じ?
でも、変態オヤジってそういうの好きじゃん?
でさ、エミが「二人分で一万なら売ってやるよ」って言ったんだけど、さすがにさあ、それは無謀だと思ったよ。
ちょっとボリすぎだって。
でも、そのオヤジ、エミがそう言ったら超目を輝かせちゃってさ、「わかりました、ありがとうございます」とか言って、ポンと一万出した。
めっちゃラッキーって、ウチら喜んじゃったよ。
だって、一万ってことは、一年近く履き続けているボロボロのルーズが五千円で売れたったことじゃんね。
踵とか爪先とかなんて、もう殆ど擦り切れそうなボロルーズだったし、これってラッキー以外の何物でもないよね。

でもさあ、一応人目ってものがあるじゃん?
いくら人気のないトイレの前でもさ、完全に無人ってわけじゃないし、そんなところでコソコソと靴下を脱ぐのもちょっとね。
実際、そうやって話してる間にもニ、三人は通ったし。
だから、ウチらふたりで、そのオヤジを無理やり女子トイレに連れ込んだの。
さすがにオヤジ、ビビってたけど、無理やり。
それで、ちょうど誰もいなかったからさ、ウチら、ちょっと考えたんだ。
どうせだったらこのオヤジをボコって、有り金全部巻き上げてやろうって。
だから、一瞬のうちに目配せして、渋るオヤジをニコニコしながらふたりで個室に押し込んでさ、ソッコーでボコボコにしてやった。
とりあえずエミがいきなりオヤジの鳩尾とチンポに蹴り入れて、蹲ったところを、私が踵落とし。
で、靴下を脱いで、わたしのをオヤジの口に押し込んで、エミのでそのオヤジの手を後ろで縛った。
オヤジ、かなり面食らってたけど、引け目があるから声は出せないじゃん?
しかし、あんな臭いルーズを口に押し込まれたら、相当キツいと思うよ。
実際モガきながら半泣きになってたし。
でもさ、天罰じゃん。
いい年こいたオヤジが女子高生の靴下を買うなんて、道徳に反することだしさ。

で、その後は、もう殆どリンチ。ハハハ。
殴る蹴るの暴行三昧って感じ。
オヤジ、最後の方は顔の形変わってたし、鼻やら口から血を流してたし、完全に泣いてた。
笑えるよね。

そうそう、もちろんボコった後で有り金全部貰ってきたよ。
でも案の定シケた奴でさ、財布の中には三万しか入ってなかった。
まあそれでも、ちゃんと全部戴いてきたけどね。

だけど、ウチらって結構きっちりしてるから、ちゃんと靴下はそのままオヤジにやってきたよ。
ただし、あの後どうなったかは知らないけどね。
縛ってボコったまま放置してきたし。
それでも今頃あのオヤジ、ウチらのルーズでシコシコしてんのかなあ?
っていうか、マゾだったらルーズだけじゃなくて、ウチらにボコられた記憶もオカズになってるよね、きっと。

えっ? その巻き上げた三万はどうしたかって?
ふたりでその夜のうちにカラオケと飲みで使っちゃったよ。

ほんと、オヤジなんて超余裕。
マジそう思ったね。

2004-08-12

ロンリー・プレイ

疲れきって自宅に戻った君は、何気なく時計を見る。
午後11時半。
連夜の残業で君の肉体は疲労のピークにある。
いや、肉体だけではない。神経も相当擦り切れている。
君は上着を脱いでネクタイを解き、シャツのボタンを外しながら寝室に入り、そこで着ていたものを全部脱ぐ。
そしてバスルームへ行き、シャワーを浴びる。

シャワーを終えて、少しだけ気分がほぐれた君は、腰にバスタオルを巻いたまま寝室に戻った。
サイドテーブルの上の電気スタンドの弱い明かりだけを灯し、ベッドに腰掛け、ぼんやりと思う。

クラブへ行って女王様から思いっきりハードな調教を受けたい……と。

しかし、君にはその時間もないし、金もない。
社内には未だリストラの嵐が吹き荒れていて、正直、我が身の行く末さえ油断できない状況だ。
いや、我が身もそうだが、会社自体が怪しいもので気が抜けない。
業績は下降の一途を辿っており、夏のボーナスも大幅にカットされた。
こんな状況では、おちおちクラブへも行けない。
しかし君は筋金入りのマゾヒストだから、最低でも月に一度は女王様に鞭を打たれ、聖水を口にしないと精神のバランスが保てない。

人は言う。
「いい加減、オンナでも作れよ」と。
しかし、君にとってそれはとても難しい問題だ。
なぜなら君はマゾヒストだし、何より、見た目が醜い。
いわゆるチビデブで、女性にはまるで縁がない。
その見た目が災いしてか、君はこれまで一度も女性と付き合った経験がない。
付き合った経験どころか、実は未だ童貞で、女王様の唾や聖水を飲んだことはあっても、女性とキスをしたことはない。
足の指は舐めても、乳首を吸った経験はない。
それでも、君にとってそれはたいして重要な問題ではなかった。
君は、女性とセックスをするより、美人OLに取り囲まれて自慰を強制され、嘲笑われることを望む人間だからだ。

君はバスタオルを取って全裸になると、壁にかけてある大きな姿見の前で膝をついた。
仮性包茎のペニスは既に硬直を始めていて、亀頭の殆どが露出している。
しかしその部分は普段、外気に触れていないので、まるで赤ちゃんの頬のようなピンク色だ。
君はベッドのマットレスの下に手を突っ込み、そこから一枚の薄い布を取り出す。
それは生セラで買った女性の使用済み下着だ。
君はそれを頭に被ると、ちょうどクロッチの部分が鼻に当たるように位置を調節する。

鏡に、おぞましい独身男の姿が映る。
君は、鏡の前で行う自慰が好きだ。
とても興奮する。
女性のパンツを被って鏡の前で跪いているその状況に、君は酔い痴れ、その倒錯した喜びに溺れていく。
もう何度となく使用しているので、その下着に香りはほとんどないが、それでも、とうてい人前で晒すことなど出来はしない、その異常な自分の姿を鏡で確認するだけで変態の君はたちまち昂ってくる。

電気スタンドの明かりで増幅された君の巨大な影が壁に映っている。
君は、怒張しているペニスを握ると、ゆっくりと自慰を開始した。
その動きに合わせて、壁に映った巨大な影が揺れる。

独身男の暗い寝室。
最初は控えめだった淫靡な息遣いが、徐々に大胆になっていく。

2004-08-09

真夜中のテラス

君は今、全裸で真夜中のテラスにいる。
手摺りを両手で強く握り締め、心持ち尻を後方へ突き出している。
涼しい夜風が、君の全身を優しく撫でていく。
周囲には、建ち並ぶマンションの窓明かりが夜の中に浮かんでいる。
もう午前二時に近いが、窓の灯はまだそれほど少なくはない。
君の内部では、どこで誰に見られているかわからない不安と、露出していることに対する自虐的な喜びが、まるで悪魔の囁きと天使の微笑みのように激しくせめぎあっている。
その興奮のために、君のペニスは限度いっぱいまで反り返っていて、青い月光の中、卑猥に躍動している。
テラスの下には、樹木が鬱蒼と茂る公園が広がっている。
ところどころに街灯の青白い灯が散らばり、公園の入り口に設置されている電話ボックスの明かりが、妙に眩しい。

その電話ボックスの中には髪の長い女がいて、君のほうに背を向けながら受話器に向かって何やら喋っている。
君が今いる自室のテラスからその電話ボックスまでの距離は、100メートルもない。

「ほら、おまえの変態の姿をもっとしっかり晒しなさい」
背後から、そう声がして、間髪置かず尻に痺れるような痛みが走った。
女王様が君の尻を乗馬鞭で一閃したのだ。
「は、はい」
君は前方の闇を見据えたままこたえる。

電話ボックスの女がふとこちらに視線を向けたら……そう思うと、君の興奮はさらに募る。
しかし同時に、僅かに残されている常人としての理性が、自室のマンションでこんなことをして、もしも周囲の人に知れたら……と恐怖心をかきたてている。
それでも君はマゾヒストだから、どうしようもなく昂ってしまっている。

女王様が君の背後から手を伸ばし、体を密着させながら、君のペニスを握る。
甘い香水の匂いが漂い、長い髪が君の頬に触れる。
女王様が耳元で囁く。
「いやらしいチンポね、こんなにビンビン」
そういって軽くシゴく。
君はその快感に堪らず喘ぎ声を洩らし、腰を浮かせる。
「どこかで誰かがおまえの変態な姿を見てるわよ。もしかしたら、あの電話ボックスの中の女の子がこっちを向くかもよ」
女王様はそう囁き続けながら、手のピストン運動を早めていく。
君は手摺りをぎゅっと握ってその快感に耐えながら、目を瞑ってその律動に身も心も委ねる。
女王様が君の耳朶を強く噛み、「目を開けなさい」と命じる。
「は、はい……」
君は思いきって目を開く。
その瞬間、電話ボックスの中の女が不意に振り向き、君と目が合った。
一瞬のうちに、女の表情が変わる。
女は大きく目を見開きながら驚愕の表情を浮かべ、まるで吸い寄せられるように君を凝視する。
君は小さく「あっ」と叫んだが、そのとき、図らずも射精への衝動が突き上げてきた。
堪えなければ、と君は瞬間的に思ったが、無駄な抵抗だった。
君は女王様のしなやかな手つきによって、なす術もなく精液を放出してしまった。
白い精液が、月光を浴びて破廉恥な煌めきを翻しながら夜の空気の中に飛散する。
君の腰から力が抜ける。

電話ボックスの中の女は、受話器を耳に当てたまま硬直し、じっと君を見つめている。

2004-08-08

イントロダクション

このところ、サイトの更新がマンネリになってきたというか、ちょっと新鮮味に欠けてきたので、気分を変えるためにブログで断片的なFemdomテキストを書いてみようか、と思い立ちました。
実はちょっと前から「やってみようかな」とは考えていたものの、なかなか手を出せず、延び延びになっていたのですが、たまたま時間ができたので、とりあえず始めてみました。
とはいうものの、べつに何か具体的な計画があるわけでもなく、ほとんど思いつきの突発的な行動なので、果たしていつまで続くかすら怪しいものなのだけれども。
それでも、このページでは掌編というか、S女性とM男性の関係をモチーフにした景色の断片みたいなものを短い文章で綴ってみようかと思っています。
一応、サイトに載せている小説モドキの代物たちは、起承転結とか考えて書いているのだけれども、ここでは、おそらくそういうものは無視して書くと思います。
たとえば、プレイルーム内のセッションの一場面とか、ふとした日常の中でのSM的な感情の揺らぎとか、そういう一瞬的な出来事を切り取るように書いてみようかと思ってはいるのだけれども、いつまでネタが続くかわからないし、完全に見切り発車です。

ちなみにこの『金の鎖、銀の鞭』というタイトルも、ボーとしていたときにふっと思い浮かんだもので、たいした意味はありません。
なんとなく言葉のゴロがいいし、どことなくSMチックでもあるし、「なかなかいいんじゃね?」と勝手に自己満足して付けてみました。

でも、更新のペースがどれくらいになるかとか、自分自身よくわかっていません。
なので当分は(というか、たぶんずっと)、気まぐれ更新ということで。

まあ、暇なときにチェックしてください。