2004-11-25

ピンク・グレイ

窓越しの空の色が、少しずつ変化していく。
君は全裸のまま床で犬のようにお座りをして、その色彩の変化を見つめている。
首輪に取り付けられた鎖は、ベッドの脚に繋がれている。
この部屋には、ベッドしか置かれていない。
君の手は、背中に回されて、頑丈な革のベルトで拘束されている。
八階の一室。
部屋は無音だ。

君の飼い主はまだ戻らない。

目の前のガラス製のボウルには、金色の聖水が注がれてある。
夕暮れの光が、そのボウルと聖水をキラキラと輝かせている。
喉の渇きを覚えた君は、不自由な体を前に倒して、そのボウルに屈みこむ。
そして、手は使えないので、ボウルの中に顔を入れ、舌で聖水を掬う。
金色の飛沫が撥ね、君の顔を濡らす。
その聖水は既に温もりを失っている。
飼い主の亀裂から、君の目の前でそれがボウルに注がれたのは、もう二時間も前だ。
ボウルの傍らには、その時に飼い主が使ったティッシュが無造作に捨てられている。

君は聖水を飲み干し、体を起こすと、つと窓へ視線を向けた。

窓には、カーテンが無い。
だからその視界を遮るものは、何もない。
差し込む射光のせいで、君の影が長く後方に伸びている。
磨きこまれたフローリングの床に落ちる君の影は、濃い。

君は一度、空のボウルに目を落とし、それから再び窓の外を見た。

窓の向こうには、夕暮れの空だけがある。
冬の空は透明度が高い。
指先で触れれば切れてしまいそうだ。

気温が下がり始めたようだ。
茜色に沈みゆく空にたなびく薄い雲が、ピンク・グレイに染まっている。

2004-11-13

ひとひらの雪

真夜中の高速道路

トンネル内、点灯せよ

不意にオレンジ色のチューブ

まるで異空間

時速120キロ

メーターの針は安定している

ステアリングを握る彼女

助手席の君

ノイズ混じりのラジオ

しなやかなシフトチェンジ

加速するクーペ

彼女の指先に挟まれた細い煙草

不安定に漂う紫煙

前方の暗い穴

突然、再び夜の中

計器盤の淡い光

ガラスに映る、首輪の君

ヘッドライトに照らされた、ひとひらの雪

2004-11-08

散歩の途中

イライラしていた。
仕事でミスをしでかして上司に散々嫌味をいわれ、君は鬱屈した気持を抱えたまま帰宅した。
2DKの自室に戻っても、その苛立ちは収まらない。
寧ろ、ひとりになったことによって、その鬱積したストレスは肥大しつつあった。

君は観ていたテレビをリモコンで消した。
つまらないバラエティショウだった。
無性にビールが飲みたくなった君は、財布を持つと、ひとり暮らしのマンションを出た。
単身赴任は、こういうときに辛い。
妻は、千キロ以上も離れた町で、ふたりの子供と一緒に暮らしている。

君は、部屋着であるスウェットパンツにトレーナーという姿のまま、住宅街の中の道を歩いていく。
上空の月が円い。
雲が殆ど無い出ていないので、その夜空は明るい。
真夜中の青空だ。
どこかで犬が鳴いている。
やがて前方にコンビニの明かりが見えてきた。

君はコンビニに入ると、雑誌のコーナーでエロ雑誌を立ち読みする。
すると、次第にモヤモヤとした気分になってきた。
考えてみると、前回に自宅に戻った三ヶ月前以来、全く女性に触れていない。
グラビアの女性は、挑発的だ。

君は、世間的には真っ当な夫婦生活を営む普通の男だが、実際は、変態だ。
強度のマゾヒストで、小遣いに余裕があるときは、SMクラブにも通っている。
君は、雑誌のグラビアを見ているうちに、自分の内部でマゾの炎がメラメラと燃え上がってくるのを自覚した。
自分よりも一回り以上年下のグラビア・アイドルたち……。
そんな魅力的な彼女たちに辱められている自分を、つい想像してしまう。

君は雑誌を棚に戻すと、クアーズ・ライトの缶とピーナッツを買って、コンビニを出た。
相変わらず、月が美しい。
君は、コンビニのビニール袋をブラブラさせながら、無人の街路を歩いていく。
深夜の散歩だ。
周囲には自分の気配だけ……サンダルのパタパタという足音だけが響いている。

そのとき、危険な誘惑が君を捕らえた。
そして君は、呆気なく屈服してしまう。
君は、スウェットパンツをそっと下ろした。
そしてさりげなくペニスを露出する。
なぜか、君のペニスは完全に勃起している。
剥きだしの亀頭を、夜風がそっと撫でていく。
君はごく普通に歩きながら、そのペニスを握り、軽くシゴいてみる。
その心の内では、「誰かに見られたら終わりだ」という恐怖と、「誰かに見られたい」という期待が、激しく鬩ぎあいながら葛藤している。