2005-12-22

Ride On

濃密な部屋の空気がほんの少し揺らぐ。
君は両手を揃えて体の横にぴたりと付け、直立不動だ。
そんな君に、女王様がロープを巻きつけていく。
彼女が体の位置を変える度に、香水と微かな甘い髪の香りが君を挑発する。
そして、ときどき柔らかい肌が君の体に触れる。
全裸の君は、既に屹立した性器を晒している。

君は両手を後ろに回すよう命じられ、そのまま縛り上げられた。
しかし拘束は上半身だけだ。
ロープが肉に食い込みながら君の上半身に模様を描いている。

女王様は君を縛り終えると、いったん四つん這いになるように命じた。
四つん這いといっても、両手が使えないので、君はまず腹這いになり、それから膝を立てて尻を持ち上げた。
その尻に、ひんやりとした感触が伝わる。
女王様が大量のローションを垂らしたのだ。
そして、手術用の薄い手袋を嵌めた女王様の人差し指が君の尻の穴を刺激し、やがてゆっくりと挿入された。
君は思わず吐息を洩らし、腰を蠢かせてしまう。
そのふしだらな尻を、女王様がもう一方の手でピシリと打つ。

じきに、指は更に追加されていき、三本が入ったところで、女王様は執拗に君の尻の穴を広げた。
ローションとビニールの手袋が君の尻の穴の中で擦れあって、卑猥な音を立てている。
君は頬を冷たい床に押し付けながら、その快感に身悶えている。

やがて女王様は指を引き抜き、君に立つよう命じた。
君はよろよろと立ち上がり、女王様と向き合う。
その彼女の下半身には、男性の性器を模したペニスバンドが装着されている。
と、君はいきなりビンタを打たれた。
「壁に手を付いて、尻をこちらに向けなさい」

君は壁を向き、足を少し開き気味にして体を前傾させて壁に両手をついた。
コンクリートのザラザラした感触が手のひらに伝わる。
そして、尻の穴に異物が挿入された。
君は思わず上半身を仰け反らせて呻いてしまう。
女王様が擬似ペニスを深く君の尻の穴に沈め、ゆっくりと腰を突き出す。
それと同時に両手を君の体の前に回して乳首を摘み、抓る。
女王様の腰の動きに合わせて君も体を前後させる。
リズムが同調していくにつれ、君の息も荒くなる。

しばらくそれが続いた後、女王様は君を貫いたまま、君の体を壁から離して、すぐ背後にあるソファに腰を下ろした。
そして君に「そのまま、こっちを向きなさい」と命じる。
君は、挿入された擬似ペニスを軸にするようにして、女王様の上でぎごちなく体を回転させた。
女王様が君の腰に両手を回し、支える。
卑猥に勃起した性器が女王様の腹の上に置かれる。
その体勢のまま、女王様は腰を突き上げた。
両手を背後で拘束されている君はバランスを崩しそうになるが、女王様が腰を支えているため、転げ落ちるようなことはない。
しかし、女王様が体を動かす度に亀頭が彼女の腹で擦れて、君は身悶えてしまう。

女王様はそんな君を嘲笑い、そして睨みながら、腰を動かす。
君は彼女に支えられながら体を弾ませ、息を弾ませ、その快感に身を委ねる。

2005-11-19

月の囁き

高い位置にはめ込まれた鉄格子の小さな窓から、青い月光が千切れながらコンクリートの冷たい床に落ちている。
君は全裸で、煉瓦の壁に凭れて座りながら、もうずっと膝を抱えている。
その両足首にはそれぞれ革製の足枷が巻かれ、それに繋がる短い鎖の先には重い鉄球が取り付けられている。

部屋は狭く、暗い。
二畳ほどのスペースで、天井に明かりはない。
部屋の隅に様式の便器がひとつだけある。
廊下に面した壁にだけ鉄製の扉があり、上部に覗き窓が付いている。
現在の時刻はわからないが、夜だということは窓から洩れ入る月光で認識できる。

君は、慢性的に寝不足だ。
この収容所では、囚人に自由はない。
囚人には、たとえ深夜であろうと、女性看守の慰み物としての勤めがある。
女性看守は、毎晩酔っ払って独房を訪れては、様々な道具を使って君を犯し、折檻する。
そのため君は、常に満身創痍だ。
体には無数の鞭の跡が刻まれ、尻の穴は裂けてしまっている。
そして今日の君はニ日前から一切、水も食料も与えられていないから、ひどい空腹と喉の渇きを覚えている。
この二日間、君は完全に放置されている。
誰とも喋っていないし、誰にも会っていない。

君は膝を抱えて、狭い部屋の隅で小さくなりながら、じっと闇を凝視している。
他の房から、囚人達の悲鳴が闇を裂いて響き渡っている。
どこでどんなことが行われているのか……。
わざわざ想像しなくても、君にはわかる。
なぜならば、同じことをきみはいつも経験しているからだ。

やがて廊下に固い靴音が響く。
女性看守のブーツの踵が刻む靴音だ。
だんだんその音が近づいてきて、君の房の前で止まった。
君は緊張し、ごくりと生唾を飲み込む。
次の瞬間、ドアのロックが外され、ギギギーと重々しい音を立てながらゆっくりと扉が開く。
廊下から洩れる明かりが眩しくて、目を細めながら君はドアの方向を見る。
そこには、女性看守が立っていた。
おそろしく体格の良い、長身の看守だ。
手に、餌らしいトレイを持っている。
君は慌てて立ち上がると、重い鉄球を引き摺りながらその女性看守の前へ進み、跪く。
女性看守は無言のまましばらくそんな君を見下ろした後、しゃがみ、床にトレイを置く。
そのトレイにはボウルがひとつだけ載っていて、その中には、明らかに残飯とわかる様々な食材が放り込まれている。
野菜や肉の切れ端、パサパサに乾いたご飯、何かの汁。
よく見ると、梅干の種やバナナの皮まで入っている。
女性看守は立ち上がり、そのトレイをブーツの爪先で君の前へ蹴りやる。
しかし、まだ手をつけることはできない。
女性看守が、残忍な笑みを浮かべて言う。

「餌よ。お腹が空いているでしょう? でも、これではあまりに味気ないわね。もっと美味しくしてあげるわ」

そう言うと、女性看守は続けざまに、そのボウルの中に唾を吐いた。
そして、短いスカートをたくし上げて乱暴に下着を下ろすと、そのボウルを跨いで勢いよく放尿する。
房内に強いアンモニア臭が立ち込め、残飯のボウルから湯気が昇る。
君は、そのボウルの中身を凝視する。
濁った湯の中に浮かぶ残飯……。
そこへ、股間を拭ったティッシュが舞い降りてくる。
さらに女性看守は、下着を穿き直すと、君の目の前でブーツの足をそのボウルの中に突っ込み、爪先で乱暴にその残飯をくぢゃぐちゃに踏み潰していく。
君は縛られたように硬直しながらその様子を見つめている。
最後に女性看守は、片脚を持ち上げてブーツを君の頭に置くと、ポケットからティッシュを取り出し、ブーツの表面を適当に拭いて、それもボウルの中に捨てる。
そして君の頭から脚を下ろす。
銀色のボウルの縁で、青い月光が撥ねる。

「わたしがここから出たら、この餌を食べてもいいわよ」

冷笑を唇の端に滲ませながら女性看守はそう言うと、踵を返し、君の房を出た。
重い扉が閉じられた瞬間、もう人間としての尊厳など微塵も残されていない君はボウルに屈みこみ、両手でその残飯を掴むと、再び施錠されたロックの音と透き通るような青い月光の中、むさぼるように食べ始める。

2005-11-02

太陽のしずく

砂漠の岸辺

蜃気楼のように浮かぶ街の灯

空が夜に侵されていく

群青色の砂に刻まれたジープの轍

谷へ向かう道

物音は死んだ

甘美な絶望

苦痛の記憶

わたしは誰? と呟く

耳元で暴れる風

気温の急低下

黒い爪の幻想

疼く吐息

前奏曲は不要

囁きで殺して

瞳の奥に差す獰猛な闇

ピンク色の巨大な夕陽が大地の果てへ沈んでいく

その最後のひとしずくの中に希望の欠片を探す

2005-10-15

オークション

君の体を、強烈なスポットライトが照らしている。
視界は、まるで露出過多の印画紙のように白い。
そのピンポイントで注がれる光は君の全てを曝け出させているが、そんな君の首には車のナンバープレートほどの大きさのボール紙製のボードが掛けられていて、そこにはフェルトペンで『No,012』と記されている。
適当に殴り書きしただけの、乱暴な文字だ。

君は今、全裸で背筋を伸ばして立ち、両手を後ろに回して革製の手錠で拘束されている。
首には太い革の首輪が巻かれ、それに繋がった鎖は金属製で重い。
足首にも手首と同じような革のベルトが巻かれ、そして首輪と同じ類の太い鎖が付いている。
その二本の鎖は、壁に取り付けられたフックへと続いている。

君が立っているのは円形のステージのような場所だ。
しかしスポットライトの光量が強すぎるために、周囲は闇で、様子はまるでわからない。
それでも、人の気配は感じられる。
人の気配というより、露骨に好奇心剥き出しの強い視線が、全方位から自分に向けて注がれているのを肌で感じている。

君は周囲に横溢する光の氾濫に目を細めて立っている。
垂直に降り注ぐ光のため、床に落ちる君の影は短く、濃い。
そして隠すことのできないでいる股間にぶら下がる性器は萎え、その周囲には毛がない。
そのうえ君は仮性包茎なので、現在、亀頭はほとんど包皮に被われており、まるで赤ちゃんの股間のようだ。

全裸で強烈な光に晒されているため、君はうっすらと汗をかいている。
しかし裸足の床は模造大理石なので冷たく、君はこの場所に立ったときからずっとその温度差に違和感を覚えている。

君は黒い布で目隠しを施されたうえで、誰かに鎖を引かれてここまできた。
そして目隠しを外され、予め十秒間目を閉じているように命じられていたので、胸のうちできっちり十秒数えた後、君は目を開いた。
だから、自分をここまで連れてきたその人物と直接的な接触があったわけではなかったが、引いてきたのは、たぶん女性だった、と君は思う。
なぜなら、引かれて歩いているとき、常に微かに女性用の香水の香りが漂っていたからだ。
しかし誰によってここまで連れてこられたのか、それを確かめる術は、君にはない。
というより、この後の自分の運命すら、君には全く予想がつかないのだ。

誰かに買われるかもしれない。
誰にも買われないかもしれない。

やがて。
静寂の空間に乾いた木槌の音が、コン、と一度だけ短く響いた。
君が立っている円形ステージも含めて、周辺の空気が俄かに張り詰める。
いよいよオークションの開始だ。

君の運命は、おそらく数分後には確定するだろう。

2005-10-01

噴水

夏の終わりの雨

ほんの少しだけ空気が冷える

買ったばかりのシャツ

午後は倦怠

バスが明日を追い越していく

水溜りを蹴って

咲き乱れる色とりどりの傘

群集を縫って歩く

壊れた希望の修復箇所

公園に人は疎ら

尖ったヒールの踵

昨夜遅くに踏んだ何かの感触

柔から硬への変化は微妙

他人行儀な星明りの吐息

記憶はすみれ色

紅茶の香り

濡れて黒ずむ木製のベンチ

雨の中に佇む噴水

上質な絹のような孤独

水が上昇と落下を繰り返す

それはきっと何かに似ている予感

2005-09-10

サイクリング・ロード

君は、穏やかな日曜日の午後、ひとりでよく自転車を走らせる。
とくに理由があるわけではない。
自宅から三キロほどのところに一級河川が流れていて、その土手の上の道が一部サイクリング・ロードとして整備されているから、君はたいてい、そこへ行く。
広い河川敷は公園になっていて、天気の良い小春日和の午後など、川面を渡って吹いてくる風が心地いい。

日曜日の午後の河川敷は、平和だ。
野球のグラウンドからは金属バットがボールを打つカキーンという音が快く響き、老人達はのんびりとゲートボールに興じ、子供達がダンボールの切れ端を使って草の斜面を滑り降りたりしている。
君はサングラスをかけて、ゆっくりと自転車を漕ぎながらそんな風景を見渡しつつ、サイクリング・ロードを走っていく。

君が乗っている赤いマウンテン・バイクはまだ新車同様で、購入して三ヶ月も経っていない。
あらゆる部分が、陽射しを浴びてキラキラと光っている。
君は道端に自転車を止め、バックパックを背中から下ろすと、その中から水のペットボトルを取り出した。
そしてサングラスを外して頭の上へ載せ、立ったまま水を飲む。
顎を上に向けると太陽の光が網膜を焼いた。
ペットボトルの中の水に光が屈折してプリズムを散らせる。
君は半分ほどを一息に飲み干すと、ペットボトルをバックパックに戻した。
そして草むらに腰を下ろして再びサングラスをかけ、サイクリング・ロードの先へ視線を走らせる。

前方の陽炎が立つ先に、やがてクラブ活動と思しき女子学生の集団が現れる。
体操着に身を包んだ彼女達は、掛け声を上げながら、健康的な肉体を弾ませてだんだん近づいてくる。
それを認めた瞬間、君の中に、明るい日曜の午後の雰囲気とは全く似合わない暗くて邪悪な衝動が生まれた。
君は、自制しようとしたが結局誘惑に負け、外に出したシャツの裾の下でそっとジーンズのジッパーを下ろすと、僅かに硬くなりつつあるペニスを引っ張り出してしまう。

数十秒後、彼女達が君の前を通過していった。
君は彼女達の若く健やかな太腿の躍動を眺めながら、シャツの裾の下で強くペニスを握った。
そしてサングラス越しにじっと凝視しながら、その手を忙しなく上下に動かす……。

2005-08-26

Sweet Hot Chocolate.

コンロにかけられたソースパンの中で茶褐色の液体がドロドロに溶けて、甘い香りが部屋に充満し始めた。
君は全裸で床に正坐しながら、その香りを嗅いだ。
しかし黒い布で目隠しをされているため、視界は遮られている。
君のすぐ前には、無人の椅子が一脚、ぽつんと置かれている。

ソースパンを温めているのは、背の高い、美しい女性だ。
その女性は紺色のタイトなミニスカートに白いシンプルな長袖のシャツといういでたちで、薄いベージュのストッキングで脚を包み、靴やスリッパは履いていない。
長い髪が肩にかかっていて、女性は時折、何気なくその前髪を指先でかきあげている。

女性はやがて、コンロの火を消すと、ソースパンを流し台へ移し、氷を入れたボウルの上へそれを置いて熱いチョコレートを冷ました。
そして、しかし凝固してしまわないよう、スプーンで静かに攪拌する。
そうしながら、女性は何気なく振り返ってちらりと君を見た。
君は背筋をピンと伸ばし、きちんと正坐している。
その様子に、少し離れた場所から女性は微笑を浮かべるが、もちろん君には見えない。
君は軽く拳を握ってその手を太腿の上に置いたまま、不動だ。

じきにチョコレートは人肌程度にまで冷める。
女性は人差し指で少しチョコレートを掬って舐め、温度の低下を確認すると、ソースパンを持って君の前へ移動する。

誰かが近づいてくる気配を君は感じたが、その正体はわからない。
ただ、チョコレートの匂いが強まったことと、微かな衣擦れの音で気配は感じる。

やがて女性は君の前まで来ると、椅子に座り、いったん床にソースパンを置いてから、静かに脚を組み、音もなくストッキングを脱いだ。
君は体を固くしながら、全身の神経を研ぎ澄ましている。
その緊張した君の様子に、女性は唇を歪ませるようにして静かに小さく笑い、脱ぎ終えたストッキングで君の鼻先を挑発した。
その一陣のそよ風のような感触に、君はビクリとしてしまう。
ほんの一瞬、チョコレートの甘さとは異質の香りが君を掠めた。
女性は、そのストッキングを捨てると、爪先をソースパンの中に浸した。
そして指先や足の裏へ溶けたチョコレート充分に絡ませていく。
やがて充分に絡まると、女性は爪先を持ち上げ、そのまま君の鼻先に突きつけた。

「舐めなさい」

そう命じて、女性はいきなりチョコレートの爪先を君の顔、鼻から口にかけての部分に押し付けた。
君はその感触で、顔に爪先が押し付けられたことを知り、瞬間沸騰して手探りでその足の踵を捉えて支えると、チョコレートに彩られた柔らかく甘いその足に舌を伸ばした。

君は腰を半ば浮かせて昂りながら、温かいチョコレートに塗れた女性の足の親指にむしゃぶりつき、一心不乱に舐め続けている。
女性が、身を屈めてソースパンを拾い上げ、その中身を、脛の辺りから爪先に向けて流す。
注がれるチョコレートが漣のように押し寄せてきて、君は温かく甘いそれに塗れていく。

そして君の唇から溢れたチョコレートは静かに顎を伝い、ゆっくりと体を流れ落ちていく。

2005-08-22

流星の町

真夜中のカーテン

踏み切りの先のなだらかな坂を下る

濡れる窓辺

禍々しい風

絶望が歪む

口に含んだ氷が溶けていく

遠い雷鳴

足元の乱れた淡い光

濃密な闇を引き裂く一閃

絶叫はラプソディ

無口なグラス

歩いてほんの数分の距離

群青色の快感

指先の戯れは気まぐれ

遮る困惑

短気な背骨

寝台列車のメランコリー

明日を踏みにじる

流星の町

唇の謎

傷跡に沁みる

太陽と月のせめぎ合い

朝と夜の攻防

理性と煩悩の駆け引き

2005-08-09

西へ

最終の下り『のぞみ』。
座席はほぼ埋まっている。
君は車両中央付近の、窓際の席に座っている。
外は暗く、強化プラスチックの窓には車内の様子が白く映っている。
満席に近い状態なのに、車内はとても静かだ。
大半の人が、本や雑誌を読んだり、ヘッドホンで音楽を聴いたり、目を閉じて眠ったりしている。

君は上着を脱いで、それを下半身に掛けている。
しかし眠ってはいない。
じっと窓の外の闇を見つめている。
そして隣の座席には、薄いスモークのサングラスをかけた美しい女性が座っている。

その女性が、つと窓のほうへ顔を向けた。
白い反射の中で君と目が合う。
しかし、君はすぐに視線を外してしまう。
女性に見つめられることに、君は慣れていないのだ。

彼女は長い脚を組みかえると、右手を、テーブルに置かれたコーヒーの紙コップへ伸ばした。
そしてそれをゆっくりと一口飲む。
君は、そんな彼女の隣の座席で、体を硬直させている。

彼女の左手は、さっきからずっと、君の腰に掛けた上着の下へ伸びている。
その手は、君のズボンのジッパーを下ろし、中から性器を引っ張り出して握っている。
ただ単に握っているだけではない。
彼女は、周囲に気づかれないよう、君のペニスを握るその手を、小刻みに上下させているのだ。
むろん、君のペニスは、上着に隠された下で既に完璧にいきり立っている。
彼女の手は、その君のペニスを絶妙なリズムで刺激し続けている。
たまらず君は時々腰を浮かしそうになってしまうが、その度に、彼女が長い爪の先を亀頭に食い込ませて堪えさせる。
君は一瞬だけ顔を歪ませるが、すぐに何気ない表情を取り繕う。
そして再び快感が君を包み込む。
君は軽く目を閉じ、その刺激に溺れていく。

『のぞみ』は、強引なスピードで闇を切り裂き、西へ向かっている。

2005-07-27

真夏のオン・ザ・ビーチ

強烈な真夏の太陽が垂直に降り注いでいる。
白い砂浜の表面は熱く、影の部分はどこにもない。
波は穏やかで、ビーチはほぼ無人だ。
水平線は丸く、彼方に入道雲がもくもくと湧きあがっている。

よく晴れて気温の高い、完璧な夏の日だ。
遠くに、海の家がぽつんと見える。
風は殆ど吹いていない。
そのため、ひどく暑い。

君は、そんな暑さの中、首から上だけを露出させて砂に埋まっている。
しかも、埋まっているといっても、横になっているわけではない。
縦に深く掘られた穴に、正坐をして埋まっているのだ。
君はその穴を自分で掘った。
もちろん、それだけの穴を掘ることは大変な労力を要したが、君はそれを全部ひとりで完遂した。
自分で自分のための穴を掘り、自分でその中に入った。
そして君に砂を被せていったのは、今、君の周囲に立っている三人の女性達だった。
三人とも若くて美しく、素晴らしいプロポーションを誇っていて、しかも鮮烈なまでに挑発的な原色のビキニを着ている。
その三人が、君を埋めた。

君は砂の中から、三人の女性達を見上げている。
女性達は、君を取り囲むように立っていて、微笑を浮かべながら見下ろしている。
君は暑さのため、額に玉のような汗をかいているが、腕も完全に埋まっているのでそれを拭うことはできないでいる。
手は砂の中で、畳んだ太腿の上にある。
そんな君を滑稽そうに、憐憫の目で悠然と見下ろしながら、女性のひとりが言った。

「さて」

笑いながらそう言うと、その女性はおもむろに君の頭を跨いで立ち、ビキニのショーツを下ろした。
君は思わずごくりと生唾を飲み込んで、その艶やかな陰毛に彩られた女性の股間を見上げてしまう。
すると、次の瞬間、その女性は君を跨いで腕組みをしたまま、仁王立ちでいきなり放尿を始めた。
それは凄まじい勢いで、君の頭頂部、そして顔面を濡らした。
君は眼を閉じ、それを浴び続けた。
砂に埋められているため、逃げることも、もがくこともできなかった。
君は無力に、ひたすら尿を浴び続けた。

ひとりが放尿を終えると、すぐに次の女性が君を跨いだ。
そして君を覗き込み、命じた。

「ほら、上を向いて大きく口を開けて、ちゃんと飲むのよ」

そう言って、その女性は放尿を開始した。
君は命じられたとおりに顎を上向かせて大きく口を開け、その問答無用で注ぎ込まれていく液体を口で受けたが、たちまち咽て、ごぼごぼと溢れさせてしまった。
女性は怒り、放尿後、ビーチサンダルの足の裏で君の頭を、そして頬を踏み潰した。

結局、君は次々に三人の尿を浴び、そして飲んだ。
君はもう、砂から出ている部分がずぶ濡れだ。
しかも、周囲の砂も三人分の尿をたっぷりと吸い込み、黒く濡れてしまっている。
君の周辺には、真夏の暑い空気に攪拌されてさらに増幅された強烈なアンモニア臭が立ち込めた。
それは、夕立の後の濡れたアスファルトを君に連想させた。

三人の女性は再びショーツを身につけて、君を取り囲んで見下ろしながら高らかに笑っている。
君は照れたようにはにかみ、目を細めて女性たちを見上げた。

君の視界は、髪の毛を伝い、額を流れ、睫毛の先端に付着した金色の雫の破片によって、キラキラと輝く煌びやかな光に彩られている。

2005-07-19

バスを待ちながら

港町、温い風

薄曇りの午後

今夜遅くには台風が上陸する

湿度は高い

なだらかな坂道の下

防波堤の気だるい影

無人の県道

バス停に、日傘の女性がひとり

夏のワンピース

軽いサンダル

淡色のサングラス

赤い爪

昨日という名の遠い未来

きわめて個人的な事情

感傷を断ち切るため

追憶のニューロン

快楽のシナプス

傍らに置いた小型のスーツケース

その中身は、謎

そしてあなたは、秘密の人

2005-07-14

金曜日の冒険

ほんの幼い子供の頃、通学路から一本外れた路地は、未知の空間だった。

この角を曲がると、先にはどんな世界が広がっているのだろう?

そう思いながら、しかし通い慣れた道に差し込む夕陽は、優しくいつもの場所を照らし続けていた。
その道から外れることに憧れはあったが、同時に恐くもあった。
もう二度といつもの場所には戻れないような気がして、小さな交叉点では目を強く瞑り、その憧憬を振り払うように急ぎ足で駆け抜けた。

君はそのようにして大人になった。
何かに導かれているという自覚はなかったが、何かを切実に求めて、そのためにシビアな選択を迫られてきたわけでもない。
邪悪なものはいつも、すぐそばにあった。
ただ、それには近づかなかった。
もしかしたらそれは邪悪ではなく、さらなる福音を告げるものだったかもしれないが、君は、いったん道を外れてしまったらもう戻れなくなるのではないか、という恐怖が払拭できず、誘惑は見てみぬ振りをしてクールにやり過ごした。


世の中は破廉恥で、様々な誘惑に満ちている。
商品化された『性』がメディアには氾濫している。
挑発的な女の子たちが、刺激的なヘッドラインを従えて妖艶な微笑を振りまいている。


君は二時間の残業を終えて、インターネット・カフェに入った。
夕食はインスタントヌードルで済ませた。
味気ない食事だが、とりあえず腹は膨れるし、何より安上がりだ。
君は週末の夜、ネットカフェでコンピュータと向き合う。
そしてブラウザを立ち上げてネットに接続し、パスワードを入力して自分専用のオンライン・ブックマークへアクセスする。
そこには、君の暗い欲望を静かに煽動する、おびただしい数のアダルトサイトが登録してある。

君は今夜、ささやかな決意を胸に秘めていた。
それは、今夜こそSMクラブへ行こう、と思っていたのだ。
君はこれまで自分でそれを認めてこなかったが、どうやらマゾヒストであるらしかった。
女性から辱められることに、異様な興奮を覚えるのだ。
いつからそういう指向になったのか、その時期は定かではない。
しかしこの数年、君はその願望と戦い続けていた。
このような嗜好は、当たり前の男性として間違っている、そう思っていたのだ。
それでも、もう限界だった。
そろそろそれを認めなければならない頃合かもしれない、と君は最近そう思い始めていた。

もう何十回となくチェックしているSMクラブのウェブサイトを開く。
そのサイトには、在籍している女性の写真が豊富にあり、欲望を刺激する様々なキーワードが鏤められている。
クラブへ行くなら、初めてのときはここにしよう、と君は決めていた。
理由は、いくつかあった。
ひとつは、場所が比較的、自分の生活圏に近く、馴染みがあること。
そしてもうひとつは、写真で見る限りだが、自分好みの女性が何人か在籍しているからだ。
君は緊張しながらサイト内を移動し、在籍女性のプロフィールを見ていく。
今夜の君にとって、もっとも重要なチェック項目は出勤日だ。
君は上着の内ポケットから手帳を取り出して、金曜日のこの時間に出勤している女性の名前を書きとめていく。
そして最後にクラブの電話番号を書き写し、何度も確認してからその手帳を閉じ、ポケットに戻した。

果たして、どんな経験が待ち受けているのか。

それを思うと、たまらなく緊張した。
しかし、もう決めたのだ。
このネットカフェを出たらクラブに電話をし、予約をする。
そうすれば数時間後には、これまで長い間ひとりで夢想してきた暗く眩い世界が目の前に開けるのだ。
それは君にとって未知の場所だ。
子供の頃は恐くて、通学路から外れる路地へ足を踏み入れることは出来なかったが、そろそろ目を開いてその角を曲がってみてもいいだろう。
君は、これから自分が旅立とうとしている金曜日の夜のささやかな冒険に、心を震わせた。

君はブラウザを閉じ、椅子の背凭れに背中を預けて力を抜いた。
そしてキーボードの脇に置いてあるマグカップに手を伸ばし、温くなってしまったコーヒーを一口飲む。

2005-06-26

Kiss Me

雨の中の希望

虹の始まる場所

個人的な事情

正義の不在

殺意に満ちた街

不安に踊る雑踏

国王の気まぐれ

愛しているなんて、死んでも言わない

めくるめく屈辱

荒野に沈む幻の月

制御不�
アイデンティティという名の罠

屯田兵の憂鬱

語りたがる人の群れの中を泳ぐ

勧善懲悪の安心感

どうかキスしてください

擬人化されたテクノロジー

2005-06-22

紫色の瞳

彼女はとても野性的だ。
獰猛な獣のような、しなやかな肢体に、サディスティックな雰囲気を纏っている。
君は、そんな彼女に支配されている。
彼女の瞳は、紫色だ。
そのカラーコンタクトの瞳に見つめられる度、君は自分の矮小さを自覚する。

君は今、彼女の前で跪いている。
地面に近い位置から見上げる彼女は、神々しい。
よく陽に焼けた褐色の肌は艶かしく、威圧的な脚が君の前に聳えている。
君は、彼女の奴隷だ。
彼女の命令は君にとって絶対であり、服従は権利であると同時に義務でもある。

彼女の脚は、踵の高い赤いハイヒールで完結している。
そのヒールの底が、君の頭に置かれた。
君は床に額を擦りつけるようにして平伏し、その感触を受け止める。
彼女は、足に力を込め、君を踏みにじる。
君は、されるがままだが、それは至福の瞬間でもある。
マゾヒストである君にとって、屈辱は快楽だ。
美しい支配者に踏まれて、君はこのうえない幸福を感じている。

彼女は、君の頭から足を下ろした。
そして、そのまましゃがむと、おもむろに君の顎に手を掛けて前を向かせる。
君は至近距離で紫色の瞳と対峙する。
その瞳には全く感情が滲んではいない。
それは、人間を見る目ではない。
彼女にとって、君は一匹の奴隷であり、人間ではない。
だからその瞳に何の感情も現れていないのは、至極当然のことだ。

濡れたように光る彼女の唇がほんの僅かに開いて、その隙間から真っ赤な舌の先が覗く。
彼女は、その爬虫類のような舌を蠢かせながら、少しだけ唇を舐めてみせる。
その官能的な動作に、君の緊張は一気に高まる。
君は吸い寄せられるように、その赤い舌の先端を見つめる。

やがて彼女は再び舌を唇の中に収めた。
そしていきなり、冷徹な眼で君を見据えたまま、強く君の頬を掌で張った。
乾いた音が室内に響く。
君は歯を食い縛ってその痺れるような衝撃に耐えた。
彼女は、続けざまに何発も連続して君の頬を張った。
見る間に君の両頬が、まるで猿の尻のように赤く腫れ上がっていく。

しかし依然として彼女の紫色の瞳には、何の感情も浮かんでいない。
まるで純度の高い宝石のような聡明な光をただ静かに湛えているだけだ。

2005-06-04

イン・ザ・ケージ

巨大な檻だ。
縦、横、高さ、それぞれ一辺が三メートルほどはある。
それはサーカス団が、象やライオンを入れておくために使っている檻のようだ。
君は今、その檻のほぼ中央に、一人で立っている。
黒い鉄の格子が天井の蛍光灯を浴びて艶やかに光っている。

君は、両手は背中に回されて手錠をかけられ、その手錠は両足首を縛った足枷に鎖で繋がっている。
衣服は何も身に着けていない。
全くの全裸だ。
剥き出しの性器は萎え、空気が冷えているため、君は小さく震えている。
繋がれているわけではないので、檻の中であれば自由に動き回ることはできるのだが、なぜか君は動かない。
いや、動けない。
床は板張りで、君と格子の影だけが重なり合って淡く落ちている。

この檻は、一見サーカスのそれのようだが、細部まで目を配ると少々違うようだ。
天井には滑車がいくつかあって鎖が垂れているし、出入り口らしき扉の高さも、人間の背丈ほどしかない。
そして君から見て左側の面には、細長い頑丈な板を二枚組み合わせて作られた十字の磔台もある。
その板のそれぞれの先端には、短い鎖で繋がれた革のベルトがぶら下がっている。

檻が設置されているこの部屋は、がらんとしていて、広い。
そして君以外は誰もいない。
多分、倉庫か工場の跡地だろう。
なんとなく埃っぽいし、高い位置に、明かり取りらしい小窓がある。
しかし、その外は暗い。
夜だ。

檻から外へ出ることは不可能のようだ。
唯一の出入り口らしき扉には鍵がかけられていて、格子の外側に取り付けられた巨大な南京錠が、無言のまま君を威圧している。
人の気配は全くなく、空気はそよとも動いていない。
ただそこには檻があり、その中に君がいるだけだ。

そして、静寂。

2005-05-21

夜の童話

路地。
繁華街を外れると、とたんに人気が少なくなり、街灯も心なしか寂しげになる。
君は、快い酔いの残る体を引きずるようにして、金曜日の夜の路地を歩いていく。
正確には、日付が変わった午前一時過ぎなので、土曜の未明だ。

君は今夜、ひとりで酒を飲んだ。
とくに嫌なことがあったわけではないが、気分が塞ぎ気味で、飲まずにはいられなかったのだ。
午後九時過ぎから飲み始めて、行きつけのスナックを二軒ハシゴした。
それほど飲んだわけではないので、無論酔ってはいるが、意識ははっきりしている。
君は緩めたネクタイをさらに解放し、ブリーフケースをぶらぶらさせながら、明かりの乏しい路地を歩いていく。
辺りは、いかにも場末の飲み屋街だ。
間口の狭い小料理屋やスナック……昭和の頃から変わっていない風景が、そこにはある。
道の幅は二メートルほどで、車は軽しか通れないだろう。
路上には、両側から、すっかり薄汚れた店の看板がはみ出している。
それらは電気が切れていたり、プラスチックのカバーの縁が割れていたりする。

君はふと立ち止まり、煙草に火をつける。
煙を空に向かって吐き出し、再び歩き出す。
生温かい夜だ。
街の夜空に星は見えない。
今にも消えそうな水銀灯が頼りなく瞬いていて、君の影を荒れた路面に落としている。
アスファルトは何度となく繰り返された、水道やガスの工事によって、歪な形に盛り上がっている。
そんな路地を、君は煙草を吹かしながら、靴音を響かせて歩いていく。

やがて小さな交差点にさしかかる。
同じような細い道が十字に交差している。
その角には廃業して数年は経っていると思われる、ほとんど廃墟のような煙草屋があり、その軒先に置かれた煙草の自販機の全てのボタンには、販売停止の赤いランプがずらりと灯っている。

君はその交差点を三歩で渡った。
すると、数メートル前方の街灯の下に、明らかに商売の女性と思しき、派手なスーツの女が立っていた。
その女は背が高く、薄闇でも目立つ鶯色の体にぴったりと張りついているようなスーツを着ていて、スカートがおそろしく短く、長い脚が優雅なラインを描きながら踵の高いハイヒールに収まっている。
君は見るともなくその女を一瞥し、近づいていく。
そして、俯き加減に傍らを通り過ぎる瞬間、女が言った。

「遊ばない?」

女は、強い香水の香りを夜の中に振りまきながら君に体を寄せ、濡れたような瞳で見つめる。
軽く飲んでいることで少々大胆になっていた君は、煙草を足元に落として靴の踵で踏み消すと、女を見つめ返した。
女は更に体を君にすり寄せ、挑発的な視線を向ける……。


ホテルの部屋は狭い。
毒々しい赤のビロードのカーテンが、小さな窓を隠している。
女は部屋に入ると、ベッドに向かって後ろ向きに歩きながら蠱惑的な笑みを浮かべて君を手招きした。
真っ赤な唇が蠢く。

「して欲しいことを何でもしてあげるわよ」

そう言ってベッドに座り、舌先を覗かせて唇を舐める。
そして脚を投げ出すようにして組み、鍛え上げられた妖艶な微笑を君に向ける。
君は、緊張のあまりカラカラに渇いた喉を潤すようにゴクリと生唾を飲み込むと、意を決した。
ブリーフケースを傍らの安っぽいソファに放り捨てて、その女の足元に跪く。

「自分はマゾなのです。虐めてください」

君は、煙草の焦げ跡が残るカーペットに両手をつき、遠慮がちな視線を女に送る。
すると女は君のその言葉に、艶やかな笑みを消した。
そして、残忍な冷笑を唇の端に滲ませると、君の顎に手を掛けた。
いつしかその目には、暗く冷たい光が宿っている。
女は、オドオドしている君の目を、ぞっとするほど醒めた眼差しで覗き込んだ。
君はその視線に耐え切れなくなって、そっと目をそらした。
そんな君の仕草に、女が高らかに笑う。
君は心臓を鷲掴みにされたように硬直する。

次の瞬間、女は笑いを消した。
残虐な光を湛えた瞳で君を見据え、胸倉を掴んで引き寄せる。
そして極限まで君を視線で縛りあげた後、掌で勢いよく頬を張る。
さらに。

その顔に唾を吐く。

2005-05-07

或る日、突然

世界はキナ臭い

今日も殺人のニュース

不機嫌な銀髪のライオン

赤い旗の狂気

新しい法王が平和を祈る

魅惑的なインナー・トリップ

倒錯した性愛衝動

鏡に映っているのは誰か

仮面は外せない

抑圧された欲望

痛みによる解放

セラピストの鞭

暗い太陽がすべてを焼き尽くす

血の色に似たサンダルの午後

温い雨が歪んだ心を溶かす

エキセントリックな哄笑

愛を咬む

隣人を愛せない

非現実的なイマジン

天国の門のレプリカ

或る日、突然訪れるWorld War ?

2005-04-26

写真立ての秘密

君の部屋の窓辺には、いくつかの写真立てが飾ってある。
そこには、君の歴史がある。
幼稚園に上がる前の君が、実家の近所にある公園の滑り台の途中で笑っている。
初めて学生服を着た君が、同級生の仲間と校門の前でふざけあっている。
二十歳の成人式の朝、君は緊張した面持で自宅の玄関に立っている。
初めてのデート、君はもう今はどこで暮らしているのかすら知らない初恋の人と、遊園地の回転木馬をバックにぎこちなくカメラを見つめている。
そんな君の歴史が、殺風景になりがちな男のひとり暮らしの部屋の窓辺を彩っている。

それら写真立ては、様々な形をしている。
フレームのサイズ、色、そして模様、どれひとつとっても同じものはない。
しかし、「君」というひとつのテーマに貫かれているため、一定の穏やかな調和がそこにはある。

君はその人生の調和をいとおしく思う。
しかしときどき、その調和を崩してみたいとも思う。
人間なんて身勝手なものだ。
まるで幼子が積み木で城を作り上げては、それを自らの手で崩壊させるように、君はその穏やかな調和を乱したくなる。

窓辺に並べられた写真立ての一番端には、つい最近撮影した何気ないスナップショットがある。
それは旅行帰りの男の友人が、使い捨てカメラの余りのフィルムで撮影したものだ。
その友人は、お土産を持ってこの部屋を訪れたのだが、「これから写真を現像に出すのだけれど、フィルムが余っているから撮ってやる」と言って、ソファに座っている君を写した。
そして後日、君はその写真をもらった。
たいして良いショットでもなかったが、使っていない写真立てが手許にあったので、君はその写真を飾った。

君はソファに深々と沈み込みながら、その写真立てを見つめている。
レースのカーテン越しに、柔らかな午後の日差しが差し込んでいて、写真立ての群れが落とす不揃いな影が床にまで伸びている。
君はふと立ち上がり、窓辺へと歩いた。
そして一番端にある、最も新しい写真が収めてある写真立てを手に取り、裏側の蓋を外す。
実は、その何気ない写真の裏に、もう一枚別の写真が入れてある。
君はもう一枚の写真の方を前にして、再び蓋を閉じ、フレームを窓辺に戻した。

君は立ったまま、その写真を見下ろす。
それは君がいつも行っているSMクラブでプレイの様子をデジタルカメラで撮影し、プリントアウトしたものだ。
その写真の中で君は、全裸を晒してカメラに向かって立っている。
体には無数の鞭の跡、右の乳首から血が流れていて、傍らには女王様が立ち、君の硬直したペニスを握っている。
君はペニスを握られたまま、はにかんだような、ぎごちない笑みを浮かべている。
女王様は無表情のまま、まるで吊革でも掴むように無造作に君のペニスを握りながら、冷めた視線をカメラに向けている。
この女王様は、つい先日、クラブを辞めてしまった。
今はどこにいるのかわからないし、源氏名だけしか知らないから探しようもなく、もう二度と会えないだろうという予感が君にはある。
マゾヒストとしての君は、そんな一瞬の交差を繰り返しながら日々を重ねている。
彼女は、かつては確かに実体を伴った存在だったが、今はもう切り取られた時間の中だけで生き続ける幻だ。
写真は「瞬間」を「永遠」に変換する。

君はソファに戻り、煙草に火をつけて、その写真を眺める。
そしてゆっくりと煙を吐き出しながら、これも自分の歴史なのだ、と思う。

2005-04-13

SAKURA

夜になれば、まだ気温はかなり下がる。
山間の小さな村は、闇に沈んでいる。
村の外れに、ささやかな川が流れている。
その土手は遊歩道になっていて、桜が満開だ。
夜の中に仄白く、桜の花弁が浮かび上がっている。

土手の下の細い道に一台の車が止まった。
ヘッドライトが消え、エンジンが停止すると、辺りは怖ろしいほどの静寂に包まれた。
この川べりの道は集落から離れているため、明かりは間隔をおいて灯る頼りない水銀灯だけだ。

運転席のドアが開き、長身の女性が降り立った。
都会的な、洗練された雰囲気の美人だ。
女性は、鶯色のシンプルなツーピースを着ている。
しかしそのスカートは短く、白いハイヒールの踵は高い。
続いて、助手席のドアが開く。

君は、ゆっくり車から降りると、裸足のまま路面に立った。
身につけているのは、春物の軽いコートだけで、その下は全裸だ。
君は手にトートバッグをひとつだけ持っている。
中には赤いロープと長い一本鞭が入っている。

先に車を降りた長身の女性は、無言のまま目だけで君を促すと、土手へ上がる細い階段を昇り始める。
慌てて君も続く。
しかし水銀灯の明かりが届いていないことに加えて、まだ闇に目が慣れていないので、視界は頼りない。
それでも遅れることは許されないから、君は急いで時々躓きながら、女性の跡を追った。

土手に上がると、微かに瀬音が聞こえた。
遊歩道に沿って植えられた桜が、春の夜に咲き誇っている。
女性は君を従えて進み、車から遠く離れた、遊歩道として整備されている道の外れを目指した。
君はコートの前を合わせ、両手で抱え込むようにトートバッグを持ちながら、女性に続いて歩いていく。

やがて遊歩道の外れに到達した。
そこには見事な桜の大木が聳えている。
女性は君のバッグの中から赤いロープを取り出すと、君にコートを脱いで全裸になるよう命じた。
そして君が素直にコートを脱ぐと、手馴れた様子で君を縛り上げていく。
夜風が肌に冷たく、君は小さく震えながら手を上に伸ばして手首で拘束され、肩口から足首までガッチリと縛り上げられた。
そうして全身への亀甲縛りが完成すると、女性は桜の巨木の中のとくに頑丈そうな太い枝を選んで、そこにロープをかけ、滑車で吊るすのと同じ要領で君を吊った。

君は、地面から五十センチほどの上空で、全身を拘束されたまま吊られた。
卑猥に勃起した性器が剥き出しだ。
風が強く吹き、白い花びらが盛大に舞い散る。
女性が鞭を持った。
そして、舞い落ちる花びらを散らすようにその長い鞭をふるった。
鞭の先が獰猛な蛇のようにうねり、君の体を打ち据える。
君は叫び声を上げながら身を捩る。
大きく体が揺れると桜の枝が軋み、手首にロープが食い込み、君は鞭の痛みと手首で擦れるロープの痛みに、歯を食い縛って耐えた。
女性は、前から後ろから、自由に鞭を振るった。
情け容赦のない、鋭い鞭だ。
山間の閑静な村の深い夜に、君の淫靡な絶叫が響き渡る。

やがて君の背中や胸の皮膚は裂け、破れ、血が滲みはじめる。
君は次第に声を上げる気力を喪失し、吊るされたまま項垂れていく。
しかし鞭が止むことない。
むしろ激しさはさらに増していく。
女性のサディスティックな目は、いっそう輝き、桜の花弁が舞う白い闇に濡れたような光を放っている。
君は鞭の先端が肌を打つ度に、弾かれたように体を揺らしながら、もうされるがままだ。

その血で濡れた肌に、吹雪のように舞い散る桜の花びらが付着して、君を華やかに切なく彩っている。

2005-04-09

スローモーション

君は脱衣室に入り、衣服を脱いでいく。
そして、上半身だけ裸になって、洗面台の鏡を見る。
曇りガラスがはまった扉の向こう、バスルームから湯音が聞こえる。
天井に埋め込まれた柔らかな照明が、君の体を照らす。
君の体には、赤い筋が何本も走っている。
すべて、一時間前に女王様によって刻まれた鞭の跡だ。
君は今夜、一ヶ月ぶりにクラブでプレイをした。
そして、まっすぐ一人暮らしのアパートへ帰ってきた。
時刻はもう午前零時を回り、日付が変わった。

君は鏡の中の自分と対峙する。
そして、そっと乳首に触れてみる。
もう血は止まっているが、針の痕跡は残っている。
乾いた血が薄くカサブタのように肥大した乳首に寄り添っている。
君の乳首は卑猥だ。
長期間にわたって何度となく繰り返し施された調教によって、肉が凝り固まり、肥大してしまっている。
そういえばもう何年もプレイ以外で、人前で裸になったことはないな……と君は思う。
もちろん、こんな乳首を他人に見せられるはずがない。

君は両手で自分の乳首を同時に摘んでみる。
その瞬間、脳裏に、針が乳首を貫通した時の感覚が鮮やかに甦った。


ルーム内の照明を鋭く撥ねる銀色の針の先端が君の乳首に触れる。
その冷たい感触に、君は全身を強張らせる。
やがて、針の先端が肉を刺し、ゆっくりと深く沈められていく。
君は脂汗を全身に滲ませながら、その様子を凝視する。
針は、スローモーションで君のいちばん敏感な部分を貫いていく。
血が、細く一筋、肌を伝って落ちていく。
それは君にとって、生の証だ。
君はその血の感触で、自分が生命体であることを認識する。


君は乳首から手を離した。
いつしか頬が上気している。
君のペニスは、禍々しく屹立している。

2005-03-29

岬ホテル

暗い夜だ。
ホテルの部屋の窓の外では激しい雨と風が暴れている。
午前一時。
まもなく季節外れの大型台風が上陸する、と先ほどラジオの天気予報が告げていた。

君は飼い主である女性とともに、午後十一時過ぎにこのホテルに到着した。
ホテルは岬の先端に建っており、三階建てと規模こそ小さいが、クラシカルでとても快適だ。
各部屋の間取りは広く、調度品も上品な家具で統一されている。
君は、長い黒のレインコートの中は全裸という格好で、女性に連れられてこのホテルにチェックインした。
リードこそ付けられてはいなかったが、首には革製のベルトを装着したままだった。

君の部屋は三階の角部屋だ。
晴れた日中であれば、窓からは雄大な太平洋が一望できるが、嵐の夜の今はただ暗い。
部屋の明かりを受けた雨の細かな筋が銀色に光っているだけで、他には何も見えない。
底なしの闇だ。
窓の外には広いベランダがあり、その下には、手入れが行き届いた英国風の庭園とプールがある。
庭園の所々には街灯が灯っているが嵐の夜の中では心許なく、プールはもうライトアップが終了していて、その部分だけ闇の濃度が高い。
プールの水面は黒く、そして雨と風のために、まるで邪悪な生命体のように波打っている。

窓を開けると、風に乗って雨が盛大に降り込んでくる。
君は全裸のまま、ベランダに出た。
体にはきつく亀甲縛りが施されており、両手首は背後で拘束されている。
君は、足首も拘束されているため、飛び跳ねるようにユーモラスな仕草でベランダの手摺りの前に立った。
その背後に、雨に濡れても構わないよう裸になった女性が近づく。
しかし君は、振り返ることを許されていないから、女性の全裸を見ることはできない。
君はただ、暴風雨の夜と、闇の太平洋を凝視している。

女性が君の背後に立つ。
その手には、長いロープが握られている。
一瞬、甘い香水の芳香が君の鼻腔を擽ったが、それはすぐに風に吹き飛ばされてしまう。
女性は、そのロープで、海に向いて立つ君を、格子状になっているベランダの手摺りに括りつけた。
亀甲縛りの上から、さらに何重にもロープが巻かれていく。
両手と両足を縛られている君は、なす術もなく、やがてベランダの手摺りに拘束されてしまう。
全身に雨と風が降りかかっている。
手摺りの間から、勃起したペニスが闇に突き出している。

完全に君を縛り終えると、女性は部屋の中に戻り、窓を閉めてロックした。
君は雨に打たれ、暴風に晒されながら、凶暴な夜と向き合う。
背後でカーテンが閉まり、ベランダが闇に沈む。

やがて台風が通り過ぎ、夜が明ければ、太平洋から昇る汚れなき朝日が君の卑猥な全身を照らすだろう。

2005-03-21

遠い昨日

昼下がり

川面を渡って暖かい風が吹く

春の息吹

土手に咲くタンポポ

立ち止まって深呼吸

宇宙のような青い空

飛行機雲の軌跡

昨夜の出来事

暗い部屋、冷たい視線

体に刻まれた傷は時間の証明

欲望は伸縮する

「今夜が最後」と彼女がいった

想い出は微か

秘めやかな吐息

揺らめく蝋燭の炎のよう

追憶の彼方には何があるのか

孤独、そして孤独

堤防に乗り捨てられた自転車

2005-03-05

Dog Life

君の日常は、半径三メートルの小さな世界でほぼ完結している。
つまりそれは、君を繋ぐ鎖の長さだ。
そしてたまには外界へ散歩に行くことができるが、しかしその際にもリードがはずされることはまずないから、やはり君の世界は半径三メートルだ。
なぜなら、そのリードの長さも、普段君が繋がれている鎖と同じ三メートルだからだ。

君は十七歳の女の子に飼われている。
高校二年生の彼女は、気まぐれに君を虐待しては、退屈を紛らわし、ストレスを発散している。
しかし、君に不満はない。
彼女はとてもキュートだし、何はともあれ君自身が生粋のマゾヒストだからだ。
君は彼女のペットとして生きていることに、とても満ち足りている。

君は普段から、気分屋の彼女による理不尽な苛めを散々受けている。
彼女はたいした理由も無く「ムカついた」といっては君を蹴り、殴り、君のアナルに様々なものをぶち込んで遊ぶ。
むろんその際、抵抗や反撃は一切認められていない。
そのため君は生傷が絶えない。
常に身体のどこかに痣や擦り傷を作っている。
二階のベランダから蹴り落とされて、足の骨を折ったこともある。
さすがにそこまでの怪我を負うと、病院へ行ってギプスを付けたり、一応の治療はしてもらえるが、虐待がなくなることはない。
ただ単に足にギプスを付けているというだけで、犬としての君の生活にたいした変化はない。

君にとってこの生活は過酷な試練の連続だが、嬉しいこともあるから抜け出せない。
君の飼い主はときどき、気が向くと、着用済みのソックスや下着を君に与える。
滅多にあることではないが、皆無ではない。
クラブなどで夜更かしし、酔っ払って帰宅したときなど、飼い主である彼女は上機嫌のままその酔いに任せて君の目の前でブーツを脱ぎ、ソックスを剥ぎ取るように脱いで君の鼻に押し付け、口に押し込み、二十四時間以上着用を続けた下着を君の頭に被せて遊ぶ。
そんなとき、君はこの生活の歓びを噛み締める。


学校から帰ってきた彼女が制服姿のまま、庭の片隅で繋がれている君の前へ来た。
君はきちんとお座りの姿勢をして彼女を迎え、地面に額を擦り付けるようにひれ伏す。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
今日の彼女は機嫌が良さそうだ。
「いい子にしてた?」
「はい」
君が頷きながらそうこたえると、彼女はおもむろにローファーを脱ぎ、紺色のハイソックスの足の裏を君の鼻に押し付けた。
「じゃ、ご褒美ね」
「ありがとうございます」
君は暖かい爪先から立ち昇る香気に昂りながら、その感触に半眼で陶酔する。
素晴らしい瞬間だ。
たちまち剥き出しのペニスが硬直を始める。
そんな君の反応に満足げな微笑を浮かべながら、彼女がいう。
「今日はおまえにお土産があるのよ。欲しい?」
君は足の裏に顔を押し付けたまま「はい」とこたえる。
すると彼女はいったん足を下ろし、鞄の中から紙袋を取り出した。
その紙袋の中には、小さな箱が入っていた。
さらにその箱を開けると、中身はレアチーズケーキだった。
彼女は、それを君に見せ、訊く。
「食べたい?」
「はい」
「じゃ、食べさせてあげる」
そういうと、彼女は近くにあった折りたたみ式の椅子を引き寄せて座り、君の餌のボウルの中にそのチーズケーキを投げ込んだ。
しかし、まだ食べることはできない。
君は犬なので、飼い主から「よし」という許可があるまで食べてはならないと躾けられている。
君がお座りしたまま待っていると、彼女は餌のボウルを持ち、中のチーズケーキに大量の唾を吐きかけた。
たちまちケーキに唾のコーティングが施されていく。
そして彼女はさらに、そのボウルを地面に置くと、立ち上がって、いきなりスカートをたくし上げて下着を下ろし、そのボウルを跨いでしゃがんだ。
君は、彼女の股間の茂みを凝視してしまう。
彼女のそれは、明るい日差しを浴びて艶やかに光っている。
やがて彼女は勢いよく放尿を開始した。
その金色の水流はチーズケーキを直撃し、その形状を破壊していった。

やがて水流が止まり、彼女はティッシュで無造作に股間を拭ってから下着を穿き、スカートの裾を下ろして再び椅子に座った。
ボウルの中のチーズケーキは、金色の液体に浸されて既にもう半壊している。
さらに彼女は、椅子に座ったまま片足だけ靴下を脱いだ。
そしてその生足をボウルの中に下ろし、チーズケーキを足の裏で捏ね繰り回す。
君は、半ば唖然としながら彼女の足の動きを凝視している。
彼女は足の指を動かしてチーズケーキを爪先に絡めた。
そして、その爪先をボウルから上げ、君の目の前に差し出す。
嘗てチーズケーキだった食べ物らしき物体が、彼女の足先を彩っている。
「ほら、おいしそうでしょ? お食べ」

彼女は楽しそうに笑っている。
君は「いただきます!」と叫んで、その爪先にしゃぶりつく。

2005-02-22

宴の前

全裸で首輪だけを装着している君は床に四つん這いになった。
その尻を、女王様がブーツの甲で蹴る。
「ほら、返事は!」
「はい!」
君は、自分よりも遥か年下の女性に尻を蹴られ、どうしようもなく昂ってしまっている。

これから君は、飼い主であるこの女王様とともに、あるパーティに出かける。
それは、サディストの女性がそれぞれ奴隷を連れて参加する、親睦会のようなものだ。
君は、この女王様の専属奴隷になって三ヶ月目だが、このような宴に参加するのは今回が初めてだった。
いったい、どのようなことになるのか、全く想像がつかない。
事前に受けた説明によると、全ての女性が君のような奴隷を連れて参加するのだという。
もちろん、その奴隷は全員いまの君と同じような格好で、リードでコントロールされるらしい。
つまり、ペット同伴のパーティーといった趣らしい。
その場で、奴隷達は、それぞれの躾の成果を見極められる。
「芸をしてみろ」との命令が下されれば、もちろん披露しなければならない。
しかし君は、実はあまり芸には自信がない。
というより、他の奴隷と比べられるという経験自体が、これまでに一度もないから、不安でたまらないのだった。
その不安な様子が態度に出ていて、君は女王様に「シャキッとしなさい」と叱責され、尻を蹴られたのだった。

君は女王様の足元で四つん這いのまま、緊張のためにカラカラに渇いてしまっている喉を潤そうと、生唾を飲み込む。
聞いた話では、今回のパーティーには、五十人近い女性が参加するらしい。
ということは、それと同じ数だけの奴隷もいるということだ。
なかには多頭飼いしている女王様もいるということらしいから、奴隷の総数は五十人を軽く越える。
女王様が君を見下ろして言う。
「いい? 絶対に私に恥をかかせるんじゃないわよ。もしもそんなことになったら、死ぬほど拷問して捨てるからね」
君は緊張に体を強張らせながら声を張り上げてこたえる。
「はいっ!」

君は女王様にリードを引っ張られながらドアへと進む。
この格好のまま、君は女王様の自宅からハイヤーに乗り、パーティー会場であるホテルまで行かなければならない。
これはひとつの試練だった。
ハイヤーの運転手は普通の人だし、ホテルには、一般の人もいる。
もちろんハイヤーは地下駐車場へ滑り込んだ後、スイートルームのフロアへ直行する専用のエレベーターにすぐにそのまま乗り込むことになるが、それでも、夜風に全裸を晒して行くことには変わりない。
そして、どこで誰に見られるか、わかったものでもない。
しかし、君に拒否する権利はない。
なぜなら、君はひとりの人間ではなく、一匹の奴隷だからだ。

奴隷に、羞恥心やプライドは必要ない。

2005-02-12

うたかた

春の雨

滲む刹那

ポストカードの青いインク

雪の白い記憶

血の赤い残像

痛みと快楽の板挟み

冷たい視線に縛られた午後の追想

叱責は鞭よりも強く

浴槽に浮かぶ灰色の雲

散らばる暁光

もうすぐ新しい一日が始まる

帆船の影

後悔

懺悔

真実の口

過去は清算できるだろうか

愛は

夢は

うたかたの気まぐれ

2005-02-03

監禁 #5

背中を突き上げる振動で君は眼を醒ました。
君は、数時間前と同じように、また車のバックシートに転がされていた。
ロープによる拘束は後ろで縛られた両手と両足首だけで、いつのまにか、かなり適当ではあったが衣服を身に付けている。
椅子に拘束されたまま射精して意識を失った後、解放されて、服を着せてもらえたのだろう、と君は想像した。

まだ頭の芯に、たぶんクロロフォルムだと思われる麻酔薬の感覚が残っていて、僅かに頭痛がした。
しかし、それは耐えられないほどではなかった。
君は横向きに転がったまま、深呼吸をした。
その息遣いに気付いた助手席の女性が、覗き込むように後部座席を見た。
眼が合う。
振り向いたのは、連行されるときにストッキングを口に押し込んだ女性だった。
ということは、運転しているのは誰だろう、と君は思った。
もしかしたらマスクを付けていた女性かとも思ったが、ちらりと見える項にかかった髪は茶色であるうえに短く、どうやら運転しているのも、先ほどと同じ女性のようだった。

君は目を瞬き、暗い車内で天井を見上げた。
いったい、どこへ向かっているのだろう。
脳裏に、先ほどの壮絶なビンタや射精の感覚が鮮やかに甦る。
そして、尿を飲まされたことを思い出し、それを思い出した瞬間、胃に不快感を覚えた。
そういえば、まだ口の中や腹の中がおかしい。
君はそう思い、ごくりと唾を飲み込んだ。
鼻腔の奥の方にアンモニア臭がこびりついているようで、なんともおかしな気分だった。
車が揺れるたびに戻しそうになってしまい、君は唇をきゅっと結んでそれを誤魔化した。

君は何も言わず、前の座席にいる女性達も何も言わなかった。
車内は、ほとんど無音だった。
カーステレオは鳴っておらず、低くロードノイズが断続的に響いているだけだ。

時々、車は赤信号で止まった。
振り仰ぐように覗いたスモークガラス越しに、街灯や電飾の看板などが見えた。
しかし、依然としてどこを走っていて、どこへ向かっているのか、君には全く見当がつかない。

どれくらい走ったのかわからないが、やがて車が道路から外れ、ロータリーのようなところを回りこんで止まった。
どこだろう、と訝しみながら君が縛られたままではあったが身構えていると、じきに助手席のドアが開き、そこにいた女性が後部座席のドアを外から開けた。
そして相変わらず無言のまま車内に上体を入れ、君の拘束を解いた。
まず足首を自由にし、続いて手を解いた。
君は何時間か振りにようやく体の自由取り戻して、体を起こした。
「ここは?」
そう君は訊いたが、女性は沈黙したままだった。
そしてその答えの代わりに、君の襟首を掴むと、強引に君の体を車内から引っ張り出した。
君はされるがままという感じで車外へ転がり出て、そのまま地面に尻餅をついた。
女性は、そんな君を立ったまま冷然と見下ろすと、再び助手席に乗り込んでドアを閉めた。

君は呆然となりながら、そのドアが閉まるのを見た。
そして次の瞬間、車はタイヤを鳴らして発進し、あっという間に視界から消えてしまった。
その場にひとり取り残された君は、両手を地面について脱力しながら、辺りを見回した。
するとそこは、普段、君が通勤のために使っている自宅近くのJRの駅前だった。

もう深夜なのか、駅前広場は静まり返り、少し離れた場所に客待ちのタクシーが数台停まっているだけで、ほとんど無人だった。
君はこの数時間のうちに自分の身に起こった出来事を頭の中で整理しようとしたが、混乱はまだ続いていて、どうやらまだそれは無理のようだった。
それでも、どうやら解放されたらしいことだけは確かのようだった。
いったい何だったのかさっぱりわからないが、安堵した次の瞬間、君は無意識のうちに、上着の内ポケットに入っている財布の中身を確かめていた。
幸い、中身は何も盗られてはいなかった。
携帯電話もズボンのポケットに入ったままだ。

ということは、問答無用で拉致され、裸で拘束され、破廉恥な辱めを受けただけで解放されたということか……。

そこまで考えて、君は、「いや」と首を振った。
いや、それだけではない。
あの部屋にはビデオカメラがあって、そのテープには辱めの一部始終が収められているはずだ。
記憶の奥底に、カメラのボティで点灯していたRecランプの赤い光点が鮮明に刻まれている。
しかし、と君は思う。
しかし、あの場所がどこかもわからないし、あの三人がどこの誰かもわからないのだから、到底回収は不可能だ。
そう思い、君は溜息をついた。
そしてそれから、いつまでもこうして地面にしゃがみこんでいるわけにもいかないので、よろよろと立ち上がった。
長い間、不自然な体勢で拘束されていたし、数分前まで車のバックシートに転がされていたから、立ち上がった瞬間、君は軽い眩暈を覚えてよろめいた。
それでもすぐに立ち直ってズボンの尻を手で払い、適当に着せられているだけの服装を整えた。

いったい何だったんだ……。

君は声に出して呟いた後、もう自宅まで歩いて帰る気力はどこにも残っていなかったので、客待ちをしているタクシーの列に向かってゆっくりと歩き出した。
そして歩きながら、まだ腫れが残っていると思われる頬を両手でそっと押さえた。

The end.

2005-01-29

監禁 #4

「喉が渇いたんでしょ? 遠慮せずに飲みなさい」
君の髪を掴んでいた女性が、さらに頭を引っ張り上げて、嘲笑を声音に含ませながら言った。
君は一瞬そのグラスから顔を背け、固く唇を結んで抵抗したが、マスクの女性に強烈なビンタを浴びせられて、その抵抗を断念した。
マスクの女性が君の唇の間にグラスの縁を捻じ込ませ、そのグラスを傾ける。
アンモニア臭が君の鼻を突き抜けた。
「ちゃんと口を開けろよ」
少し離れた場所に立っている女性が言い、髪を掴んでいる女性が、おもむろに君の顎を下からVの字に挟んで口を開かせた。
君は気持を決して、その金色の液体を口に含んだ。
そして飲み下す。

それは、これまでに味わったことのない種類の苦味だった。
君は、明らかに内臓の器官がその液体の進入を拒絶していることを意識しながら、しかし懸命に飲み続けた。
それでも、とぎとき咽てしまって、その液体を口から溢れさせてしまった。
「もったいないだろ、バカ」
腕を組んだまま、三人目の女性が言う。
君は「すみません」と謝って、さらに飲んだ。
そして、十数秒後、どうにかグラスの中の液体を全て飲み干した。

マスクの女性が満足げに微笑んで君から離れた。
君の体は、口から溢れさせた女性の尿に塗れていて、その濡れた部分が急速に冷え始めていた。
さらに、体の内部にも、胃の中に溜まった女性の尿のせいで、違和感があった。
ビンタの連発による頬の痛みも、まだ癒えてはいない。
むしろ、ジンジンとしたその鈍い痛みは、時間が経つにつれてさらに酷くなってきているようだ。
その証拠に、尿に塗れている体の表面は冷たいのに、両頬だけは凄まじく熱かった。

君は、軽い放心状態に陥っていた。
すべての出来事が、まるで夢のように、非現実的に思えてならなかった。
自分はどこにいるのだ?
そして、ここで何をしているのだ?
混乱が君を包み込んでいる。
しかし信じられないことに、股間を見ると、性器が力強く、まるで生命力に満ち溢れるが如くそそり立っていた。

マスクの女性が、不意に君の前でしゃがみ、無造作に君のペニスを右手で握った。
そして猛スピードでその手を上下させる。
君はその快楽に、縛られているために不自由な上体を捩った。
傍らにいた女性が、君の髪を鷲掴みにして後方へ反らし、天井を向いた君の顔に唾を吐いた。
もう一人の女性もそばに来て、同じように唾を吐き捨てる。
ふたりは交互に、そして時には同時に、連続して君の顔に唾を吐き続けた。
生温かい感触が君の顔面を被い、腫れた頬を流れていく。
むろんその間も、マスクの女性によるピストン運動は続いている。

やがて、最初に君に向かって唾を吐いた女性が、ポケットから黒くて長い布を取り出し、それで君の目を塞いだ。
その感触で、黒い布は女性物のストッキングだとわかる。
この部屋へ連行されてきたときに口に突っ込まれていた物とは違うようだが、素材は同じで、おそらく、もう片方の脚のものと思われた。
君は突然訪れた暗闇の中で、マスクの女性の手による刺激に身悶えている。

と、いきなり、またしても何かの液体が沁み込まされている布で口と鼻を被われた。
再び意識が遠のいていく。
その、意識が途切れる寸前、君はペニスの先から大量の精液を噴出した。

すべてが闇に吸い込まれていく……。

2005-01-25

監禁 #3

足音が、君の前で止まった。
「顔を上げなさい」
女性の声が、君の頭上から降り注いだ。
君は、ゆっくりと顔を上げた。
すると、先ほどのふたりに加えて、もうひとり女性が目の前に立っていた。
しかし、他の二人と違って、その女性だけは、外国の仮面舞踏会で淑女が付けているような両端が尖って吊り上がったタイプの金色のマスクで目元を隠している。

君は一瞬「知っている人か?」と考えを巡らせたが、思い当たる節はなかった。
すっきりとした顎のライン、やや薄めの唇、そして長いストレートヘア……特徴的といえば確かにそうかもしれないが、目元が隠されていると、全くわからなかった。
声を聞けばわかるかもしれない、と思ったが、その女性は一言も発しないまま、君を見下ろしている。
マスクの奥の影の中で光る眼は、冷徹な闇に沈んでいて、君は背筋が強張るほどの緊張を憶えた。
そして性器がむき出しのままであることを思い出し、必死に隠したくなったが、それは叶わない。

マスクの女性が、無表情のまま片脚をあげ、次の瞬間、踵の高いハイヒールの底で君の性器を踏んだ。
そしてそのまま、グリグリと刺激を加えていく。
すると、君の性器に変化が起きた。
それまで項垂れていた君の陰茎が、俄かに硬化し、立ち上がってきたのだ。
マスクの女性が、僅かに唇を歪めて冷笑を表情に浮かべ、立ち上がった君の陰茎の裏筋を爪先の底で何度もゆっくりと、そして執拗に擦った。
君は両手を背後で拘束されたまま上体を仰け反らせてその快感に耐えた。

屈辱だった。
何も知らされないままこの部屋に連行され、裸にされ、拘束され、そして今、勃起させられている。
君を連れてきた女性二人は、侮蔑の笑みを眼に滲ませながら腕を組んで、そんな君を悠然と見下ろしている。
マスクの女性が加える刺激は、とても絶妙だった。
次第に君は我を忘れていき、ふと気がつくと、自ら強引に腰を浮かし、貪欲にもそのハイヒールの底へ性器を押し付けて快感をせがんでいた。

と、いきなり脚による刺激が中断され、その足が床に下ろされた次の瞬間、君はマスクの女性から強烈なビンタを浴びせられた。
スナップの効いた鋭い張り手が君の左の頬に炸裂し、驚く暇もなく、続けざまに右頬にも同じ痛みが走った。
君は椅子に拘束されたまま、その衝撃のために体を揺らした。
ビンタは、情け容赦なかった。
マスクの女性は、一瞬の躊躇も遠慮もなく、連続で君を張り続けた。
たちまち君の頬は熱を持ったように赤く腫れあがり、ビンタを受けた時の鋭い痛みに加えて、頬が腫れあがっていくために生じた鈍痛も感じ始めた。
君は歯を食い縛り、眼をきつく閉じて、そのビンタの嵐が去るのを待ったが、その責めはいつ終わるともなく延々と続いた。
そして合計で三十発に近くなった頃、漸く女性は手を止めた。
君はゆっくりと眼を開けたが、頬が腫れてしまっていて、視界が歪だった。
口の中も切ってしまったらしく、舌先に血の味が伝わっている。
君は恐る恐るマスクの女性を見上げた。
女性は、そんな君の弱々しい視線を強く受け止めて、凛然と君を睥睨している。
その圧倒的な存在感の前で、君は自分の無力さを思い知らされた。
どうしてこんなことをされなければならないのか、未だに全くわからなかったが、不思議と、そのマスクの女性に対して憎悪の感情は湧かなかった。
むしろ君の中には、その女性に対して、人間が神と対峙するときに感じる安らぎに似たも感情が満ち溢れていた。
その感情は、「畏怖」と呼べるかもしれない。
もしかしたら「尊敬」かもしれなかった。
とにかく、君は、そのマスクの女性の背後に、黄金色に輝く後光が射しているのを見た。

殴られ続けた頬の痛みももちろん全く退く気配がなかったが、それよりもひどい喉の渇きが君を包み込んでいた。
君はマスクの女性から眼をそらし、肩で息をしながら、ごくりと生唾を飲み込んでその渇きを癒そうとした。
すると、そんな君の姿をこれまで沈黙したまま見ていた向かって右端の女性が、おもむろに君の髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「喉が渇いたの?」
髪を掴む手の力は弱められることがなかったが、声音は優しかった。
君は怯えた犬のような眼でその女性を見て、小さく頷いた。
「はい」

君がそう答えると、マスクの女性が再び片脚を君の、今度は膝に乗せた。
そして、無造作にスカートの裾をまくった。
君はすぐ目の前で捲り上げられた女性のスカートの中の状景に、眼を丸くした。
マスクの女性は、そのスカートの中に何も穿いていなかった。
そのため、君のすぐ十五センチほど先には、その女性の艶やかに光る陰毛の茂みが出現した。
君はまるで痴呆のように、その部分を凝視してしまった。

髪を掴んでいた女性が、さらにぐいっと君の頭を上へ引っ張った。
そして、もう一人の女性が、マスクの女性に大きなワイングラスを手渡した。
マスクの女性はそれを受け取ると、自らの股間の下にそのグラスを入れ、いきなりグラスの中へ放尿を始めた。
キラキラと光る雫が辺りに飛散し、君の体をも濡らした。
そして、十センチ近くその金色の液体がグラスの中に注がれると、自然に放尿は終了した。
マスクの女性は足を下ろし、スカートの裾をそのまま落とすと、グラスを君の顔の前に近づけた。
金色に輝く透明なグラスの表面に、怯えた表情の君の顔が湾曲して映る。

2005-01-19

監禁 #2

君は自分の意思と関係なく強制的に拉致されたが、なぜか目隠しはされなかった。
口は塞がれたが、それは君が喋ったからであり、あのまま黙っていればおそらく何もされなかったであろう。
確かに体はロープによって縛られた。
しかし、現在はギチギチに縛られているが、連行時の拘束は、それほど厳重ではなかった。
もちろん、車の狭いバックシートに押し込まれていたし、少し動いたくらいで簡単に解けることはなかったが、一本のロープで全身をぐるぐる巻きにされただけで、手首や足首をそれぞれ強力に拘束されたわけではなかった。

それにしても、口に詰め込まれたストッキングには参った。
そのストッキングを脱いで口に詰めたのは相当な美人だったが、その見た目とは裏腹に汗と脂の臭いが強烈だったし、口の中に溜まった唾がそのナイロンに沁み込んで涎が流れて仕方なかった。
その口枷は、この部屋に入ってようやく外された。
君は車からこの部屋まで、女性のひとりに肩に担がれて連れてこられた。
女性達はふたりとも美人だったが、体格がとても逞しかった。
身長はふたりとも優に170センチを超えていたし、肩幅や脚のラインも鍛え抜かれているようだった。
君は軽々と運ばれ、椅子に座らされた。
そして有無を言わさぬスピードとパワーによって、あっという間に全裸にされ、今度はかなり厳重に拘束された。
背後に回された手には金属の手錠、椅子の脚に拘束された足首には、硬い革のベルトが巻かれた。

しかし、その期に及んでも、君には彼女達に対する記憶が全くなく、そしてなぜここに連れ込まれたのか、まるで理解できていなかった。
このふたりには会ったこともないし、こんな場所へも来たことはない。
この部屋は、何かの倉庫の跡地をロフトに改造したものらしかった。
エレベーターに乗ったから、おそらくは二階か三階のはずだ。
肩に担がれていたので階数表示は見えず、そのため正確なところはわからないが、そんなに長い時間、エレベーターの箱の中にはいなかったから、おそらくその程度の階数だと思われた。

それにしても、女性達はまだ戻らない。
カメラは作動し続けていて、壁に並んだモニターには自分だけが映し出され続けている。
君はその映像をぼんやりと見ながら「これは録画されているのだろうか」と考えた。
ビデオカメラに赤いランプが灯っているので、たぶん録画されているのだろう、と君は思った。
しかし、どうしてこんなビデオを撮られなければならないのか、やはりわからなかった。
君はスキャンダルを恐れる政治家や著名人ではないから、このようなビデオを撮られても、そのテープに価値があるとは思えなかった。
そうはいっても、こんなテープが勤め先の関係者に流出すれば、それはそれで洒落にならないが、だからといって降格するとかクビになるとか、そういう問題に発展するとは思えなかったし、そもそも、そんなことを心配するほど高い社会性は君にはない。
せいぜい「君は何をやっているんだ」と冷笑されるくらいだ。

この部屋は空調が効いているのか、暑くも寒くもないが、君は喉の渇きを覚えた。
ただでさえ、口に押し込まれたストッキングのせいで唾液は干からびてしまったような感じだったし、この先どうなるかわからないという漠然とした不安が緊張を強いているのかもしれなかった。
それに、さすがに背後に回した腕の上腕部が痺れつつあった。
手首にあたっている金属の感触も痛かったし、体全体が強引に椅子に固定されているので、関節や、無理に伸ばされた筋肉が、そろそろ限界に近かった。
君は死んだように沈黙を決め込んでいるビデオカメラの暗いレンズを見つめ、そして壁のモニター群を見遣り、溜め息を吐いた。

そのとき、右側後方のドアが開く音がした。
しかし君は真っ直ぐ前を向いた状態で拘束されているので、そちらへ視線を投げることはできなかった。
硬い靴音が近づいてくる。
誰かが入ってきたのは確実だったが、一言も発しないので、その気配だけを君は感じた。
しかも靴音から察するに、ひとりではないようだった。
おそらくは、三人。
先ほどの二人に、誰かが加わって戻ってきたのだろうか、と君は思い、ごくりと唾を飲み込んだ。

複数の靴音が、だだっ広い空間に反響しつつ、近づいてくる。
君は全裸の自分を省みて恥ずかしさを覚え、俯く。

2005-01-15

監禁 #1

体が動かない。
君は今、衣服を全部脱がされ、椅子に座らされた格好のまま、両手を背凭れの後ろに回して手錠で拘束され、椅子の脚に両方の足首を固定されている。
もちろん体も、ロープで頑丈に椅子の背凭れと一緒に縛られている。
部屋には、窓がない。
天井にひとつだけ蛍光灯が灯っている。
がらんとした広い部屋だ。

この部屋に連れ込まれて既に一時間近く経っている。
いや、たぶんそれくらいの時間が経過しているだろう、と君が思っているだけで、正確なところはわからない。
なぜならこの部屋には時計もないし、窓もないからだ。
だから、時間の経過を知る術がない。
この一時間、君は椅子に拘束されたまま放置されている。

君をこの部屋へ連れ込んだのは、美しい女性の二人組だが、いま彼女達の姿はない。
彼女達は君を裸にし、椅子に縛りつけると、すぐにこの部屋から出て行ってしまった。
そもそも、なぜ自分がこのような目に遭っているのか、君にはまるでわからない。
強盗でもなさそうだし、拘束はされているが、生命の危険は感じられない。
彼女達も、君をこの部屋へ連行してくるとき「おまえを殺したりするつもりはない」といった。
君はそれを鵜呑みにするほど目出度い人間ではないが、確かに殺される感じはしなかった。

ひとつだけ気になるのは、視線の先にビデオカメラが設置されていることだ。
そして壁際に十台近いモニターがあって、すべての画面にそのカメラが捉える映像が映し出されている。
即ち、全裸で椅子に縛られている君の姿だ。
君は、十人近い自分と対峙している。
それは非常に奇妙な体験だ。
両手を後ろに回して拘束されているので、すべてが丸見えだ。
股間の性器を隠すこともできていない。
力なく萎えたそれは、とても卑猥だ。

君は勤め帰りに、地下鉄の駅から自宅へ向かう道すがら、明かりの乏しい住宅街の路上で女性の二人組に声をかけられた。
女性達は「すみません」と背後から悪意のない口調で声をかけてきて、ふと足を止めた瞬間、君はいきなり何かの液体を沁み込ませたハンカチで口と鼻を塞がれ、失神した。
そして、たぶん数分後だとは思うが、意識が戻ったとき、君は車の後部座席に放り込まれていた。
その時点ではまだ服を身に付けていたが、体には既にロープが巻かれていた。
車は夜の町をかなりのスピードで走行中だった。
振り仰ぐように窓の外を見ると、暗いスモークフィルム越しに、まるで流星のように街の明かりが流れていた。
君の意識が戻った気配を察して、助手席の女性が振り向いた。
君はバックシートに転がされた体勢のまま「これは何の真似だ」と抗議した。
するとその女性は「いいから静かにしていなさい」と無感情な口調でいい、南極の氷みたいに冷たい眼で君を見据えた。
君はその視線に気圧された、口を噤んだ。
女性は、唇を歪めて微笑を浮かべた。
そして、穿いていたストッキングを脱いで無造作に丸めると、後部座席へと身体を伸ばしてきて、そのストッキングを君の口に押し込んだ。

2005-01-08

天職

君は今のこのバイトを始めてまだ二週間だが、もう「天職ではないか」と思い始めている。
仕事は、ボーリング場のシューズ貸し出し係だ。
君はカウンターの中で、ボーリング用のシューズを貸し出す。
なぜこの仕事が天職のように感じられるかというと、君が極度の足フェチで、このカウンターの中にいれば様々な靴の匂いが嗅げるからだ。
そんな君にとって、この仕事は天職以外の何物でもないだろう。
むろん、客は君好みの綺麗な女の客ばかりではないが、しかし掃き溜めに鶴が舞い降りるように、ときどきまるで奇跡が起きたみたいに、美しい人が来店する。
そんなとき、君は表面上は事務的に応対しながらも、内心では狂喜乱舞している。
何気ない態度でサイズを訊き、ボーリングシューズを手渡しながら、その靴が再びこの手に戻ってくる時のことをもう考えている。
そして君は、その客がボーリングに興じている間、悶々としながら、返却の時間をひたすら待ち続ける。
その時間は楽しいものだが、しかし同時に、お預けを食らった犬のようでもあり、少々辛い。
それでも、貸し出したものが戻ってくるのは永遠の真理だから、やがてその夢の具現の瞬間は確実に訪れる。
君は、靴が返却されると、その女の客が立ち去ってから、早速匂いを嗅ぐためにさりげなくカウンターの下へ潜る。
もちろん、周囲は警戒している。
こんなことがバレたら間違いなくクビだろうし、変態の烙印を押されるのは辛い。
君は、辺りに目がないのを確認してから、靴の中に鼻先を近づける。
足の匂いフェチの君にとって、それは夢のような至福の瞬間だ。
君はうっとりとなりながらその芳香に酔い痴れる。

さんざん遊んだ後に返却されるボーリングシューズは、君にとって宝物だ。
人によっては、とても濃厚な香りが籠もっている。
君は、その匂いを嗅ぐ。
本当なら、それをトイレに持ち込んで自家発電してしまいたいくらいだが、残念ながらそんなチャンスは滅多にない。
それでもたまに、あまりに魅力的な女性のものだと、君は我慢しきれなくなって、それを従業員用のトイレの個室に持ち込んでしまう。

女性の二人組がカウンターに近づいてきた。
どちらも美しい。
一時間ほど前にチェックインした女性達だ。
君は無意識のうちに、だんだんカウンターに接近してくる女性達の足元を、つい見つめてしまう。
そして早くも「どんな匂いがするのだろう」と期待に胸を膨らませ、営業用の害のない笑顔を作る。
君はおよそ外見からは、靴の匂いを嗅いで喜ぶ人間には見えないから、その笑顔に裏があるとは思われない。
しかし実際は違う。
その笑顔の裏側には、貪婪で歪な欲望が渦巻いている。
そんな本当の君を、他の人は誰も知らない。
秘密の君だ。
君は思う。
今日のホール内は暖房がよく効いているし、おそらく素敵な香りが熟成されていることだろう、と。
それを想像すると、たまらなく下半身が疼いた。
そして間もなく、ホールから貸与されている制服のズボンの中で、君の性器は硬度を増した。
いよいよ女性達がカウンターに近づいた。
君の興奮は高まっていく。
一時間以上ボーリングに興じた後に返却されるボーリングシューズが、もうすぐ手に入る。
君はその温もりと芳香を夢想しながら、カウンターに性器を押し付けるようにして立ち、さらに強力な笑顔を浮かべる。

女性達は、カウンターの中の君がそのように暗い欲望の炎を胸の内に燃え滾らせていることなど、まるで知らない。
知る由もない。