2005-04-26

写真立ての秘密

君の部屋の窓辺には、いくつかの写真立てが飾ってある。
そこには、君の歴史がある。
幼稚園に上がる前の君が、実家の近所にある公園の滑り台の途中で笑っている。
初めて学生服を着た君が、同級生の仲間と校門の前でふざけあっている。
二十歳の成人式の朝、君は緊張した面持で自宅の玄関に立っている。
初めてのデート、君はもう今はどこで暮らしているのかすら知らない初恋の人と、遊園地の回転木馬をバックにぎこちなくカメラを見つめている。
そんな君の歴史が、殺風景になりがちな男のひとり暮らしの部屋の窓辺を彩っている。

それら写真立ては、様々な形をしている。
フレームのサイズ、色、そして模様、どれひとつとっても同じものはない。
しかし、「君」というひとつのテーマに貫かれているため、一定の穏やかな調和がそこにはある。

君はその人生の調和をいとおしく思う。
しかしときどき、その調和を崩してみたいとも思う。
人間なんて身勝手なものだ。
まるで幼子が積み木で城を作り上げては、それを自らの手で崩壊させるように、君はその穏やかな調和を乱したくなる。

窓辺に並べられた写真立ての一番端には、つい最近撮影した何気ないスナップショットがある。
それは旅行帰りの男の友人が、使い捨てカメラの余りのフィルムで撮影したものだ。
その友人は、お土産を持ってこの部屋を訪れたのだが、「これから写真を現像に出すのだけれど、フィルムが余っているから撮ってやる」と言って、ソファに座っている君を写した。
そして後日、君はその写真をもらった。
たいして良いショットでもなかったが、使っていない写真立てが手許にあったので、君はその写真を飾った。

君はソファに深々と沈み込みながら、その写真立てを見つめている。
レースのカーテン越しに、柔らかな午後の日差しが差し込んでいて、写真立ての群れが落とす不揃いな影が床にまで伸びている。
君はふと立ち上がり、窓辺へと歩いた。
そして一番端にある、最も新しい写真が収めてある写真立てを手に取り、裏側の蓋を外す。
実は、その何気ない写真の裏に、もう一枚別の写真が入れてある。
君はもう一枚の写真の方を前にして、再び蓋を閉じ、フレームを窓辺に戻した。

君は立ったまま、その写真を見下ろす。
それは君がいつも行っているSMクラブでプレイの様子をデジタルカメラで撮影し、プリントアウトしたものだ。
その写真の中で君は、全裸を晒してカメラに向かって立っている。
体には無数の鞭の跡、右の乳首から血が流れていて、傍らには女王様が立ち、君の硬直したペニスを握っている。
君はペニスを握られたまま、はにかんだような、ぎごちない笑みを浮かべている。
女王様は無表情のまま、まるで吊革でも掴むように無造作に君のペニスを握りながら、冷めた視線をカメラに向けている。
この女王様は、つい先日、クラブを辞めてしまった。
今はどこにいるのかわからないし、源氏名だけしか知らないから探しようもなく、もう二度と会えないだろうという予感が君にはある。
マゾヒストとしての君は、そんな一瞬の交差を繰り返しながら日々を重ねている。
彼女は、かつては確かに実体を伴った存在だったが、今はもう切り取られた時間の中だけで生き続ける幻だ。
写真は「瞬間」を「永遠」に変換する。

君はソファに戻り、煙草に火をつけて、その写真を眺める。
そしてゆっくりと煙を吐き出しながら、これも自分の歴史なのだ、と思う。

2005-04-13

SAKURA

夜になれば、まだ気温はかなり下がる。
山間の小さな村は、闇に沈んでいる。
村の外れに、ささやかな川が流れている。
その土手は遊歩道になっていて、桜が満開だ。
夜の中に仄白く、桜の花弁が浮かび上がっている。

土手の下の細い道に一台の車が止まった。
ヘッドライトが消え、エンジンが停止すると、辺りは怖ろしいほどの静寂に包まれた。
この川べりの道は集落から離れているため、明かりは間隔をおいて灯る頼りない水銀灯だけだ。

運転席のドアが開き、長身の女性が降り立った。
都会的な、洗練された雰囲気の美人だ。
女性は、鶯色のシンプルなツーピースを着ている。
しかしそのスカートは短く、白いハイヒールの踵は高い。
続いて、助手席のドアが開く。

君は、ゆっくり車から降りると、裸足のまま路面に立った。
身につけているのは、春物の軽いコートだけで、その下は全裸だ。
君は手にトートバッグをひとつだけ持っている。
中には赤いロープと長い一本鞭が入っている。

先に車を降りた長身の女性は、無言のまま目だけで君を促すと、土手へ上がる細い階段を昇り始める。
慌てて君も続く。
しかし水銀灯の明かりが届いていないことに加えて、まだ闇に目が慣れていないので、視界は頼りない。
それでも遅れることは許されないから、君は急いで時々躓きながら、女性の跡を追った。

土手に上がると、微かに瀬音が聞こえた。
遊歩道に沿って植えられた桜が、春の夜に咲き誇っている。
女性は君を従えて進み、車から遠く離れた、遊歩道として整備されている道の外れを目指した。
君はコートの前を合わせ、両手で抱え込むようにトートバッグを持ちながら、女性に続いて歩いていく。

やがて遊歩道の外れに到達した。
そこには見事な桜の大木が聳えている。
女性は君のバッグの中から赤いロープを取り出すと、君にコートを脱いで全裸になるよう命じた。
そして君が素直にコートを脱ぐと、手馴れた様子で君を縛り上げていく。
夜風が肌に冷たく、君は小さく震えながら手を上に伸ばして手首で拘束され、肩口から足首までガッチリと縛り上げられた。
そうして全身への亀甲縛りが完成すると、女性は桜の巨木の中のとくに頑丈そうな太い枝を選んで、そこにロープをかけ、滑車で吊るすのと同じ要領で君を吊った。

君は、地面から五十センチほどの上空で、全身を拘束されたまま吊られた。
卑猥に勃起した性器が剥き出しだ。
風が強く吹き、白い花びらが盛大に舞い散る。
女性が鞭を持った。
そして、舞い落ちる花びらを散らすようにその長い鞭をふるった。
鞭の先が獰猛な蛇のようにうねり、君の体を打ち据える。
君は叫び声を上げながら身を捩る。
大きく体が揺れると桜の枝が軋み、手首にロープが食い込み、君は鞭の痛みと手首で擦れるロープの痛みに、歯を食い縛って耐えた。
女性は、前から後ろから、自由に鞭を振るった。
情け容赦のない、鋭い鞭だ。
山間の閑静な村の深い夜に、君の淫靡な絶叫が響き渡る。

やがて君の背中や胸の皮膚は裂け、破れ、血が滲みはじめる。
君は次第に声を上げる気力を喪失し、吊るされたまま項垂れていく。
しかし鞭が止むことない。
むしろ激しさはさらに増していく。
女性のサディスティックな目は、いっそう輝き、桜の花弁が舞う白い闇に濡れたような光を放っている。
君は鞭の先端が肌を打つ度に、弾かれたように体を揺らしながら、もうされるがままだ。

その血で濡れた肌に、吹雪のように舞い散る桜の花びらが付着して、君を華やかに切なく彩っている。

2005-04-09

スローモーション

君は脱衣室に入り、衣服を脱いでいく。
そして、上半身だけ裸になって、洗面台の鏡を見る。
曇りガラスがはまった扉の向こう、バスルームから湯音が聞こえる。
天井に埋め込まれた柔らかな照明が、君の体を照らす。
君の体には、赤い筋が何本も走っている。
すべて、一時間前に女王様によって刻まれた鞭の跡だ。
君は今夜、一ヶ月ぶりにクラブでプレイをした。
そして、まっすぐ一人暮らしのアパートへ帰ってきた。
時刻はもう午前零時を回り、日付が変わった。

君は鏡の中の自分と対峙する。
そして、そっと乳首に触れてみる。
もう血は止まっているが、針の痕跡は残っている。
乾いた血が薄くカサブタのように肥大した乳首に寄り添っている。
君の乳首は卑猥だ。
長期間にわたって何度となく繰り返し施された調教によって、肉が凝り固まり、肥大してしまっている。
そういえばもう何年もプレイ以外で、人前で裸になったことはないな……と君は思う。
もちろん、こんな乳首を他人に見せられるはずがない。

君は両手で自分の乳首を同時に摘んでみる。
その瞬間、脳裏に、針が乳首を貫通した時の感覚が鮮やかに甦った。


ルーム内の照明を鋭く撥ねる銀色の針の先端が君の乳首に触れる。
その冷たい感触に、君は全身を強張らせる。
やがて、針の先端が肉を刺し、ゆっくりと深く沈められていく。
君は脂汗を全身に滲ませながら、その様子を凝視する。
針は、スローモーションで君のいちばん敏感な部分を貫いていく。
血が、細く一筋、肌を伝って落ちていく。
それは君にとって、生の証だ。
君はその血の感触で、自分が生命体であることを認識する。


君は乳首から手を離した。
いつしか頬が上気している。
君のペニスは、禍々しく屹立している。