2007-12-02

意外な再会

あたし、昼間はOL、夜は週に三日、趣味と実益を兼ねて派遣型のSMクラブで女王様をやっているんだけど、先日、ついに漫画みたいなシチュエーションに遭遇してしまったの。
これまでにも、そういうシチュエーションを想像したことはあったけれど、まさか実際に起きるとはね。
さすがに、びっくりした。

それで、どんなことが起きたかというと、先週の金曜日の夜、十時頃だったかな? 初めてのお客さんに呼ばれてホテルに行ったのね、そうしたら、なんとドアを開けたのがウチの会社のキモ課長。
一瞬、お互いにドアのところでフリーズしちゃった(笑)
もちろん、あたしもびっくりしたけど、向こうもそりゃあ焦ってたわ。
でも、どうしようもないわよね。
小賢しく偽名で予約を入れてたけど、プレイをしようが相手を替えようが、Mコース指定で、「女王様」を指名してSMクラブにプレイの予約を入れた事実は消せないし。
だから、キャンセルを食らうことなく、あたしはキモ課長の部屋に入った。

それにしても、漫画みたいな展開じゃない?
ありそうだけど、でも実際にはなかなかありそうにない状況でしょ?
あたし、一応はお店のサイトで目許だけ隠して顔出ししているのだけれど、わざわざそれを見て指名してきたのよ。
まあ、まさか指名した子が自分の部下だとは思ってもいなかっただろうけれど(笑)

でもね、この課長、ほんとうにキモいのよ。
見た目も最悪。
背が低くて小太りで、脂ぎっていて髪も薄くて、女子受けも最低。
しかも、愚図で、仕事もたいしてできなくて、どんくさい。
それでいて、ネチネチと粘着質なのよ。
最悪じゃない?
だから、みんな陰口言いまくりなんだけど、そんな奴が「マゾ」として目の前に現れたのよ?
こっちとしても燃えて当然じゃない?(笑)

でもさ、もう言い訳できないと観念したのか、開き直ったのか、あのキモ課長、プレイが始まったらマゾの本能を全開にして完全に野獣と化してたわ。
もう笑っちゃうくらいド変態で、もともとマゾっ気はありそうな雰囲気だったけど、実際の奴のマゾっぶりは、そりゃあもう凄かった(笑)
「蒸れて臭い足を舐めさせて」だの、「豚を蔑むように罵って」だの、二十歳以上も年下で、職場では部下のあたしに貧相なチ○コを晒しながら跪いて必死に懇願しちゃって、首輪を付けて犬みたいに引きずり回されて大喜びしていたし、最後にはあたしのオシッコを浴びて飲んでひとりでシコシコしながらイったし、もう超笑えた。
もちろん、こっちとしてはプレイと称して日頃の鬱憤が晴らせるわけだから、ふだん以上にノリノリで責めたけど、ほんとうに面白かった。
「おまえ、超キモいわ」とか言いながら、課長を跪かせてビンタしてやったりしたけど、最高だった(笑)

ただ、男って一回抜くと急に冷静になったりするじゃない?
だから、プレイ後の課長ったら、かなり戸惑っていたわ。
何十回と、しつこいくらいに「会社では絶対に内緒にしてください」とひたすらお願いされちゃったし(笑)

というか、その点はべつに心配いらないのよね。
あたしだって、夜のバイトがバレたらまずいし。
だから、ある意味では、秘密の関係なのよね、お互いに。

でも、仲の良い同僚の女の子には、たぶん言っちゃう(笑)
だって、こんなに面白いこと、黙っていられるわけないじゃん。
プレイ中に写メもたくさん撮ったしね。

2007-11-06

爪の先に宿る天使

狭い密室は息苦しい。
取り囲む四方の壁が、じわじわと迫り来るようだ。
その壁は全面鏡張りだ。
光源は、天井の中心に小さなライトがあるだけで、弱々しい青白い光を落としているが、室内は暗く、そのため鏡の壁は暗い。

四畳半程度のこの部屋に窓はない。
ドアはスチール製の重い扉がひとつだけあるが、閉じられている。

部屋は、息苦しいだけではなく、暑い。
空調は切られ、換気装置が作動していないため、空気が膨張しているように感じられる。

君は今、そんな部屋の真ん中で、両腕を揃えて上へ上げて立ち、その手首を拘束されている。
その手首から天井のフックに向けて鎖が伸びていて、両足は床についているものの、ほとんど吊るされている状態だ。
もちろん、君は全裸だ。
四方の暗い鏡の壁にその姿が映し出されている。
卑猥な姿だ。
青白く弱い光に照らされた君の体は貧弱さが際立っているが、なぜか股間の性器は屹立して薄闇に突き出されている。

ドアが開き、ひとりの女性が室内に入ってくる。
背の高い、逞しい体格の美しい女性だ。
その女性は黒革のボンデージに身を包んでいて、長い髪が揺れている。
化粧映えのする、派手な顔立ちの女性だ。
視線が鋭い。
君は、女性の接近に緊張し、体を硬直させる。
女性が室内に足を踏み入れた瞬間、甘いパフュームの香りが濃密に漂って、君の勃起は更に硬度を増した。
女性は背が高いため、向かい合うと、頭ひとつぶん以上は差があり、自然に見下ろされる格好となる。
君は降り注ぐ視線に萎縮し、頼りなく視線を空に泳がせてしまう。

女性は、部屋の中心で吊られている君の前に立つと、無言のまま、哀れな君を観察しながら小さく笑みを浮かべた。
しかしそれは優しい微笑ではなく、侮蔑の嘲笑だ。
女性は、唇の端を歪めて引き攣らせるようにして君を眺め、煙草に火をつける。
そして少し腰を折り、顔を君の顔面の前の数センチの距離まで接近させると、君の瞳の奥をじっと覗き込んだまま赤い唇を窄めてその隙間から灰色の煙草の煙を君に吹きつける。
思わず君は顔を背けてしまう。
すると次の瞬間、強烈なビンタが君の頬に炸裂し、おどおどと目を上げると、女性は零下の視線で君を貫く。
君は完全に震え上がり、全身を強張らせて汗を噴き出させながらしきりに唇を舐め、小声で「すみません」と謝罪して俯く。
女性はしかし何もこたえず、その返事の代わりに君の顎に手をかけ、ぐいっと持ち上げて前を向かせると、至近距離から勢い良く唾を吐き捨てた。
そして、君を突き放すように顎から手を離すと、両手を君の貧相な胸板にあてがう。

十本のその爪は黒く塗られ、鋭く尖っている。
その爪が、君の肉に食い込み、君の緊張が極限に達する。
君は恐怖心を瞳に浮かび上がらせながら、その胸板に食い込む爪の先と、女性の冷たい表情を交互に見る。
女性は、そんな君の混乱を弄ぶように、嘲弄の小さな笑みを君に向ける。

そして。
次の瞬間、胸板に爪を食い込ませたまま、一気にその両手を下へスライドさせた。
鋭い爪の先が肉を削ぎ落としながら、赤い直線のラインを描く。

「うぎゃああああああああ」

たまらず君は絶叫し、両手を不自由に拘束されたまま体を激しくよじる。
女性はそんな君を妖艶な笑みで見下ろし、すぐに今度は両の乳首を爪の先で摘むと、そのまま渾身の力を込めた。

「うぎゃああああああああ」

君は眉間に皺を寄せて顔を苦痛に歪ませながら体を弾ませ、泣き叫ぶ。
しかし女性は一向に手を離さず、寧ろ更に力を込めていく。

やがて、君の乳首を摘む女性の黒い爪の間から赤い血液が滴り始める。

2007-10-13

囚われたスーパーマン

あっという間の出来事だった。
君は戸惑っている暇もなく、数分のうちに宙に浮いた。

薄暗い部屋だ。
天井に取り付けられたスポットライトの照明が、君を闇の中に浮かび上がらせている。
君はまるで重力に抗うように、床から1.5メートルほどの中空に漂っている。
フローリングの床が、眼下に広がっている。
つと顔を前方へ向ければ、正面の壁には木製の細い板がX字に交叉する磔台がある。
Xの四つの端に、短い鎖と革製の枷がぶら下がっている。

君は今、全裸で吊られている。
右手を伸ばし、左手を背中へ回し、若干股を開き気味にしながら、右足を伸ばし、左足を膝で折って、体はそのまま床と水平に浮いている。
そんな君の体には赤いロープが幾何学模様を描きながら複雑に巻かれ、手首や足首や膝など数カ所で吊られている。
ロープが全身に食い込んでいるため、擦れる痛みが全身を被っている。
しかも、ロープとロープの隙間では肉がはみ出て、決して美しい姿ではない。
もちろん、優雅さにも程遠い。

不自然な体勢を保っていることに加え、スポットライトの光が強烈なので、その熱でおそろしく暑い。
君は額だけでなく、全身に汗をかいている。
もっとも、発汗の原因は照明の暑さだけではない。
すぐ近くに立つ女王様から浴びる侮蔑の視線も、原因のひとつだ。
いや寧ろ、その羞恥心の方が、割合としては大きいかもしれない。
君自身、この自分の破廉恥な姿には、強烈な恥ずかしさを覚えている。
大人の男が裸で吊られ、更に股間の性器を勃起させてしまっているのだ。
しかも、君を吊った女王様は、君より一回り以上も年下で、君を蔑んだ目で見据えながら嘲弄の笑みを浮かべている。

女王様が君の顔の前に回って立ち、顎を掴み、瞳をじっと見つめる。
君は挙動不審者のように、わけもなく視線を泳がせてしまう。
女王様は、そんな君を鼻で笑い、

「まるっきり空飛ぶ豚ね」

と呆れたように言って、ペッと唾を吐く。
君の顔面に生暖かい唾液が付着し、重力に従ってそのまま頬を伝って流れるが、中空で身動きがとれない君には、どうすることもできない。
女王様は更に強烈なビンタを続けざまに数発張り、続いて、君の尻にたっぷりとローションを垂らした後、太い電動のディルドを差し込んだ。
そして、ぐりぐりと深く沈め、思わせぶりな速度でゆっくりとピストンする。
君は声にならない呻きを漏らし、喘ぎ、体を揺する。
勃起したペニスの先から透明の液が溢れて、糸を引きながら床へと落ちていく。

やがて女王様はディルドを突っ込んでおいたまま、少し君の体から離れると、鞭を振った。
長い一本鞭の鋭い先端が、君の体を自由に、縦横無尽に打ち据えていく。
君は、恥も外聞もなく、泣き喚く。
痛みから逃れようともがくため、体が激しく揺れ、尻からディルドが抜けそうになる。
すかさず、女王様が鞭を打ち続けながら言う。

「落としたら、許さないわよ」
「は、はい、すいません」

君は謝り、尻の筋肉に力を込めてディルドが抜けるのを食い止める。
そんな君の必死な仕草に、女王様は乾いた笑い声を響かせた。
君の全身から、激しく汗が噴き出す。
しかし鞭はやまない。
君は、吊られたままディルドと鞭を無条件で受け入れている自分が不様で、惨めで、どうしようもなく恥ずかしくてたまらなかった。
どう考えても、ふつうの大人の男が人前で晒す姿ではない。
しかし君はもう「ふつうの大人の男」なんかではないのだ。
その証拠に、勃起は一向に萎えず、寧ろ一層硬直している。

君は鞭の痛みに耐え、羞恥心の爆発に身もだえながら一瞬、「まるで囚われたスーパーマンみたいだ」と考える。
しかし、すぐにそれを打ち消す。
決してそんな格好よい存在ではない。
一匹のマゾヒスト。
それが、君だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
生きている価値などないかもしれないが、死ぬ必要もない。

2007-09-19

君はSMクラブのプレイルームで、女王様以外には到底誰にも見せられないような破廉恥極まりない姿を晒す。
全裸で床に這いつくばり、尻を犯されて女のように喘ぎ、蝋燭のロウで体を彩られ、縛られて鞭を打たれ、罵倒を浴びる。
君は時々壁の鏡に映る自分の姿を横目で見ながら、知り合いには絶対に見せられない姿だな、と強く思う。
プレイの終盤、君は女王様の股間から迸る聖水を飲み、罵られ、嘲弄の視線を浴びながらビンタを受け続け、自らの手でフィニッシュを迎える。
そして跪いて調教の礼を述べ、その世界を離れる。

プレイの後、君はシャワーを使う。
しかし、石鹸の類いは使用しない。
鞭やロープは、なるべく跡が残らないようにと予め相手の女王様に頼んである。
入念にシャワーを浴びてローションを落とし、丁寧にロウを剥がし、ロープの跡を解す。
どんなに緩く縛っても、拘束すれば多少は痕跡が残ってしまうが、それほどきつく縛られない限り、じきにそれは消える。
鞭は、せいぜい弱いバラ鞭程度なので、それほど気を回さなくていい。
シャワーの最後に君はついでに顔を洗い、口を漱ぐ。

プレイルームを出て夜の雑踏に潜り込む。
そろそろ時刻は夜の九時だが、繁華街はまだ宵の口だ。

君は、たいして飲みたくもなかったが、道ばたの自動販売機で缶ビールを買い、公園のベンチでそれを開ける。
そして飲み終わると、地下鉄の駅へ行き、トイレを済ませてからホームで列車を待ち、いつもの路線に揺られる。
ベンチシートの端に座り、ぼんやりと酔いの回った目で暗い窓を見ていると、そこに数十分前の自分の幻が浮かんで苦笑が漏れそうになる。
列車はそれほど混んではいないが、空いているわけでもない。
客には、男も女もいる。
そして君はふと考える。

誰も俺が今、SMクラブの帰りだとは知らないんだよな。
こうして澄まして座っているけれど、数十分前に俺は女性に鞭を打たれ、オシッコを飲んでいるんだぜ。

やがて列車がいつもの駅に着き、君は地上に出て、ブリーフケースをぶらぶらさせながら住宅街の中を歩いていく。
徒歩十八分、通い慣れた道だ。
コンビニの明かりが白く眩い。

八階建てのマンションに入り、エレベーターで五階へ上がる。
そして平凡なドアの前に立ち、チャイムを鳴らす。
すぐに内側からロックが解放され、ドアが開き、妻が顔を出す。
「おかえりなさい」
「ただいま」
君は靴を脱ぎ、タイを緩める。
「お酒臭いわね」
「そうか?」
君は惚け、悪戯っぽくわざと吐息を妻に吹きかける。

「やめてよ。たくさん飲んだの?」
「いや、付き合い程度だし」
「会社の人達と?」
「ああ。取引先の人もいたけど」
「そう。ところで今夜は麻婆豆腐なの。食べるでしょ?」
「もちろん。腹ぺこだよ」

妻が台所へ向かう。
君は寝室で背広を脱いで部屋着に着替える。
妻がドアの向こう、廊下の先から話しかけてくる。
「ねえ、昼間、お義母さんから電話があってね、今度の週末、一緒に温泉へ行かないかって」
「ふうん。旅費は向こう持ちなのかな?」
君は服を脱いでトランクス一枚になり、もう一度体の細部を点検しながらこたえる。
「みたいよ。良ければ予約するって。どうする?」
「おまえが嫌じゃなければいいよ」
「じゃあ明日、お願いしますって言っておくわよ」
「ああ」
手首にうっすらとロープの痕跡が残っていた。
君はその部分を擦り、部屋着であるスウェットを頭から被ると、きっちりと袖を伸ばして手首を隠した。
そして部屋を出て、台所で夕食の支度をしている妻の背中に向かって言う。
「メシの前に、風呂入るよ。なんか飲んで疲れた」
念には念を入れておいた方がいい。
風呂で、SMプレイの痕跡を完全に消すのだ。
振り返らずに妻が言う。
「わかった。沸いてるから、どうぞ」

妻は全く何も気づいていない。
君は少し心苦しさを覚えながら浴室へ向かう。
しかし嘘は、ときに吐き通すことが優しさとなるのだ。

2007-08-20

夏の墓石

完璧に晴れ渡った真夏の空から、強烈な太陽光線が降り注いでいる。
水平線の近くに入道雲が猛々しく沸いているが、上空に遮るものはない。
空は青く、樹木は濃密で、砂浜は白い。

誰もいない、小さな入り江の奥の砂浜だ。
海水浴場として整備されているわけではないし、背後の崖の上に県道が通っているが、そこから延々と獣道を降りてこなければならないので、まるで真夏の奇跡のようにその砂浜は静まり返っている。
凪の海は光を照り返しながら寡黙だ。
水平線は眩しく、光を湛えながら霞んでいる。

そして今、君は、全裸で海に向かって立っている。
両手を腰の当たりに回してがっちりと麻縄で縛られ、足首も括られているため、直立不動だ。
しかもその足元は、30キロを超える鉄球を取り付けられたまま、膝まで砂の中に埋まっている。

照りつける陽射しが過酷だった。
剥き出しの光線が、生白い君の貧弱な体を容赦なく焼いている。
君は頭髪と下腹部の陰毛を綺麗に剃り上げているため、太陽はダイレクトにあらゆる部分を曝け出している。
全身から汗が噴き出し、滝のように流れている。
この場所で立ってまだ一時間ほどしか経過していないが、既に肌は赤くなりつつある。
サンオイルも日焼け止めも塗っていない君の体は、文字通り夏の太陽に焼かれているのだ。

そんな君の体を、美しい女性が三人、鑑賞している。
三人とも、挑発的なきわどい水着姿だ。
三人は、ビーチパラソルが作る影の中で、冷たい飲み物を飲みながら、思い思いの格好で寛いでいる。
海を見つめて立っている君の視界の隅には、常にその女性たちの姿が入って、その視線を感じている。

君の周囲の砂の上には円が描かれている。
それは女性たちが一応時計のつもりで、足で適当に引いたものなので、雑だ。
しかし、君の影は、それなりに時刻を示している。
午後二時。
夏の日の夕暮れは、まだ遠い。

先ほど、女性のひとりが冗談のように軽く君の背中に鞭を打ったが、鞭の先端が背中の皮膚を打ったその瞬間、たいして強い鞭でもなく、普段の君なら耐えられるレベルの鞭だったが、君は激痛を覚えて悶えた。
焼けて敏感になっている肌には、鮮やかな跡がくっきりと刻まれた。
しかし、その痛みが、本当に鞭によるものなのか、日焼けのせいなのか、君にはもうよくわからない。
君の思考は、ぼんやりとしている。
直射日光の下に立ち続けているせいで、意識が朦朧とし始めているのだ。

そんな君のそばに、ひとりの女性が近づいてきた。
面積の小さな白いビキニに身を包んだ、スタイルの良い女性だ。
豊かなウェーブの髪が金色に輝き、全身に塗ったオイルの甘いココナッツの香りが君の鼻腔をくすぐる。
女性は、手に飲みかけのビールの缶を持っている。
そして、君の正面に立つと、哀れな君の全身をまじまじと見つめた後、ビールを一口飲んだ。
喉も体も渇ききっている君は、つい物欲しげな視線を向けてしまう。
その意思に気づいた女性は、小首を傾げて訊いた。
「もしかして、欲しいの?」
君の顔の前にビールの缶を掲げる。
「は、はい」
掠れた声で君は小さく言い、首を縦に振る。
すると、女性は「ふうん」と冷めた目で頷き、そのまま見せつけるようにまた一口ビールを飲んだ。
君はその喉の動きを注視する。
女性は、君を無視して、ビールを飲む。
そして、口に含んだと思ったら、いきなり君の顔に向かってにその口の中のビールを吹くように吐き捨てた。

不意を衝かれた君は、咄嗟に目を閉じたが、完全には間に合わず、ビールが目に入って激しく眼球が痛んだ。
すぐにでも手で拭いたかったが、あいにく両手を後ろで拘束されているのでどうにもならない。
君は強く目を瞑り、もがいた。
それを見て、女性は笑い、更にビールを君にプーッと吹きかける。
そして、「舌でも伸ばして舐めたら?」と軽く言うと、缶を君の頭上まで持ち上げ、そこで残っている中身を全部あけた。
全裸の君の体を、頭頂部からビールが流れていく。
顔にかけられたビールは温かったが、頭頂部から流れ落ちるそれはまだ冷たさを保っていた。
背後で見守っていたパラソルの中の女性のひとりが、笑いながら言う。

「なんかさあ、こいつ、日時計というよりお墓じゃない? ほら、お墓参りのときって、墓石に水をかけたりするじゃない?」

それを受けて、君の近くにいる、ビールを流した女性がこたえる。

「そういえば確かに……でも、こんな変態、どうせ生きてる価値ないし、ある意味お墓みたいみたいなものだから、お似合いじゃん」

そう言い、空き缶で君の頭をコツコツと叩いて同意を求める。

「そうでしょ?」

君は目の痛みに耐えながら頷き、「はい」と小声でこたえる。
それは、頷くというより、まるで項垂れているようにしか見えなかったが、女性たちにとって、君の反応などたいした問題ではない。

そんなことは、どうでもいいことなのだ。

2007-08-07

秘密のBarの片隅で

そのバーは、繁華街の外れにある小さな古い雑居ビルの地下にあり、看板も掲げず、ひっそりと営業している。
口コミと常連客に支えられた、秘密のバーだ。
店は、たいして広くない。
長いカウンターと数席のボックスがあるだけで、規模はそのへんのスナックと変わらない。
ただし、内装に安っぽさは微塵もない。
間接照明が微妙な陰影を落とす店内は、すべてにおいて重厚な雰囲気だ。

看板が出ていないといっても、イリーガルな店ではなく、ごく一般的なバーだ。
カウンターの後ろには世界各国の様々な種類の酒壜がずらりと並び、メニューは豊富だ。
ウイスキー、ウォッカ、ジン、ワイン、日本酒、とアルコールはたいてい揃っているし、カクテルの種類も多く、美しい女性だけで構成されたバーテンダーたちはみな美貌と技術のレベルが高い。
フードはつまみ程度だが、ここは飲み物を楽しむ場所なので、全く問題ではない。

しかし、他の巷のバーとは明らかに違う点がひとつだけ、この店にはある。
それは「裏メニュー」の存在だ。
もっとも、「裏メニュー」自体は、べつに珍しいものではない。
常連客に支えられた店なら、バーでもスナックでも小料理屋でも、食堂やレストランでも、存在する。
それでも、この店の「裏メニュー」は特別で、他の店にはまず存在しない。

その「裏メニュー」とは、「聖水」だ。
客は、女性バーテンダーの聖水をオーダーすることが可能なのだ。
「裏メニュー」なので、もちろん通常のメニューには記載されていない。
そして、バーテンダーを呼んで単に「聖水」とか「おしっこ」とか注文しても、出てこない。
この店では、「ゴールデン・シャワー」という言葉を使うと、それを飲むことができる。

飲み方は、様々だ。
オーダーすると、バーテンダーが目の前でそれを抽出してくれるが、それをどう飲むかは、客の自由だ。
もちろんストレートで生のまま飲んでもいいし、レモンスカッシュやコーラといった清涼飲料水、オレンジやパイナップル等ジュース類、あるいはジンやウイスキーや焼酎といった他のアルコールで割って飲むことも可能だ。
むろん、水割りやロックでもいいし、聖水をベースにしたカクテルもある。
具体的には、客はバーテンダーを呼んで、「ゴールデン・シャワーをストレートで」とか、「ゴールデン・シャワーとレモンスカッシュを二対一で」と注文を告げる。
また、オプションになるが、別途料金を支払えば、担当バーテンダーの唾液のトッピングも可能だ。

しかし、聖水は女性の生理現象に依存するので、注文したからといって必ずすぐに提供されるとは限らない。
そういう時、常連は、女性に自分が好きな飲み物を飲んでもらって生成を促す。
もっとも飲み物の摂取によって急速生成された聖水は、濃縮度の点で、なかには物足りなさを覚える常連も皆無ではない。
しかし劇的に飲みやすくなることは確実なので、概ね受け入れられていて、評判は決して悪くない。
どうしてもフレッシュで濃厚な聖水が味わいたいなら、開店直後に来店すればいいだけであり、実際、開店と同時に来店する常連は多い。
また、マニアックな客になると、あえて急速生成を希望し、強力な栄養ドリンクをリクエストして「滋養強壮には、栄養ドリンクで生成された美しい女性の聖水が一番だ」と言って、その十数分から数十分後に抽出される強いストレートを一息に呷る者もいる。
バーテンダーが摂取した飲み物によって微妙に変化する聖水のフレーバーの違いがわかるようになったら、「通」だ。


今夜、君は残業の後、久しぶりにそのバーのドアを潜った。
すると、平日の深夜に近い時間だったからか、店は空いていて、三人ほどの客しか入っていなかった。
静かにジャズが流れる中、君は、カウンターの隅のストゥールに浅く腰掛ける。
「いらっしゃいませ」
美しい女性バーテンダーが微笑みながら君の前に立ち、「どうぞ」と熱いおしぼりを差し出す。
君は「ありがとう」とそれを受け取ってから、「何をお出ししましょうか?」と訊くバーテンダーに言う。
「君のGSが欲しいんだけど、大丈夫かな?」
GSというのは、常連がよく使うゴールデン・シャワーの頭文字を取って略した隠語だが、バーテンダーは君がそう訊くと、ちょっと困ったような顔をして、申し訳なさそうにこたえた。
「すみません。さっきお客様にお出ししたばかりなので、少々お時間をいただけますか?」
君は頷く。
「もちろんです。では、待っている間にウイスキーの水割りを下さい。そして良ければ、あなたはペリエを」
「わかりました。ペリエですね」
そう言うと、バーテンダーはまずウイスキーの水割りを出した後、ペリエの壜を持ってきて、それを大きなグラスになみなみと注いで、君と軽く乾杯してから、全部飲み干した。
そして、二杯続けて飲んだ後、「少々お待ちください」と微笑んで、いったん君の前から立ち去る。

君は煙草に火をつけ、水割りをちびちびと舐めながら、カウンターの中で立ち働くバーテンダーを、時々見る。
美しい女性だ。
黒いジャケットに、黒いミニスカートを穿いている。
やがて、煙草を二本吸い終えた頃、先ほどのバーテンダーが君の前に戻ってきた。
「そろそろお出しできると思いますが」
「では、下さい。お願いします」
「かしこまりました」
バーテンダーはそう言うと、グラスを持ち、おもむろにスカートをまくって若干脚を開き気味にしたあと、手に持ったグラスを自分の股間の下に差し出した。
そして慣れた仕草でグラスの中に聖水を注いでいく。
この店のバーテンダーは、聖水抽出のために、全員、下着を着けていない。
そのため、抽出の際には、下半身が露出される。
君は、カウンター越しに覗き込むように少し腰を浮かせながら抽出の様子を見守る。
茂みの中に開いた亀裂から金色の雫が迸り出て、涼しげな音を響かせながらグラスの中に溜まっていく。
じきに、グラスが満杯になり、するとバーテンダーはいったん抽出を中断し、「一杯でよろしかったですか?」と訊ね、君が「はい」とこたえると、残りをカウンターの下に巡らされている排水のためのレーンへ放出した。
そしてすべての作業を終えると、ティッシュで股間を拭き、そのティッシュを使ってグラスの表面の水滴も除去してから、「お待たせいたしました」と君の前のコースターの上に、聖水のグラスを置いた。
そのグラスに注がれた聖水は泡立っていて、一見するとビールのようだが、もちろん違う。
急速生成なので色は若干薄めだが、金色に奥ゆかしさが感じられるし、芳香も独特だ。
「唾、入れますか?」
バーテンダーが訊き、君は、「お願いします」と頷く。
「かしこまりました」
バーテンダーはそうこたえると、カウンターの上のグラスに屈み込み、赤く塗られた唇を魅力的に窄めながら、三回に分けてたっぷりと唾液を聖水の表面に垂らした。
「どうぞ」
唾を出し終えたパーテンダーが手のひらでグラスを示す。
「ありがとう」
君はほんのりと温かいグラスを持ち、まず顔の前へ掲げた。
そして、グラスの縁に鼻先を近づけ、仄かに立ち昇る円やかで芳醇な香りを楽しんだ後、三センチほどを一口で飲んだ。
舌と喉でそれを十分に味わい、ゆっくりと飲み下す。
聖水の苦みに唾の甘みがアクセントとなって効いている。
「うまい。絶品です」
君はグラスを持ったまま、バーテンダーを見つめて言う。
「ありがとうございます。では、ごゆっくり」
バーテンダーはそう言うと、微笑みを浮かべ、君の前を離れた。

君は再びひとりになり、静かに聖水を味わう。
居心地の良い空間、クールなジャズ、そして美人のフレッシュな聖水。

至福の時間だ。

2007-07-09

貪欲な豚

君は醜い。
既に人間であることを放棄した君は、豚だ。
人間らしい思考も、もうほとんど残されていない。
君は複数の女性に家畜として飼われている身だし、地下の飼育室から出る事もない。
衣服なんて、ここ数年は下着すら身に着けたことがない。
そんなもの、君には必要ないのだ。
君は豚としての欲望に忠実な日々をただ生きている。

君の日常は、豚のそれとしてふさわしいものだ。
起きて、調教され、餌を与えれ、寝る。
その繰り返しだ。
時計もカレンダーも、家畜には必要ない。

君が暮らすその家には、何人もの美しい女性が出入りしている。
君の正式な飼い主は家の所有者として存在するが、専有ではない。
君は、家に出入りする全ての女性に共有されている。
そして死ぬまで生きる、それだけのことだ。
ただし、たとえ死んでも、嘆き悲しむ者はいない。

豚である君の体は、壮絶だ。
鞭や緊縛の跡は消えることがないし、焼き印も様々な箇所に刻まれ、焼きごてや煙草による火傷は全身に及んでいるし、所有者である女性たちの名前や落書きが体中に描かれている。
もちろん、それらはマジック等で書かれているのではない。
落書き類は、ナイフで刻まれたり、刺青として入れられている。
君は全身の毛を永久脱毛しているが、もちろん髪の毛ももう生えてはこないし、その頭頂部には「豚」と大きく漢字で刺青が入っている。
もっとも、君が生きたままこの家を出て行くことはありえないから、どのような体であろうと、とくに問題はない。
そもそも、君の体は、もはや人間としての通常の日常生活には対応できない。
体のあらゆる部位が玩具として改造されてしまっているのだ。
たとえば、乳首なんて恒常的に腫れ上がって巨大な吸盤のようになってしまっているし、アナルはいつでも拳が楽々と挿入できるくらい常に拡がってしまっていて、排泄すらコントロールすることが難しくなっている。
ペニスも悲惨なものだ。
尿道口に様々な器具が差し込まれ続けた結果、ぱっくりと口を開いてしまっている。


ドアが開き、美しい女性が姿を見せた。
鶯色のスーツ姿だ。
君はその女性の前へと進み出て、平伏する。
女性が君の頭をパンプスの底で踏み、感情のない平坦な声で言う。
「餌の時間よ」
「ありがとうございます」
君はきちんと床に両手を揃えて額を擦り付けたままそう言った後、後頭部から足がどけられ、君は急いで自分用のボウルを取りにいき、戻る。
そのボウルは、ステンレス製の大きなものだ。
それを床に置くと、君はいったん下がってきちんと正座し直す。

女性はまず、一本のバナナの皮を剥いてボウルの中に落とし、それをパンプスの爪先で適当にすり潰すと、その靴底を君の体に擦り付けて残骸を落とした。
そして、君に背中を向けて床のボウルを跨ぎ、スカートをたくし上げ、下着を降ろして、腰を落とす。
君は両の拳を膝の上に置いたままじっとその行為を見つめる。
女性は中腰のまま気張り、ボウルの中に排泄する。
先に聖水が迸り出て、続いて黄金が捻り出されていく。
強烈な臭気が室内に漂い、やがて排泄を終えた女性はティッシュで股間を拭うと、その紙もボウルの中に捨て、立ち上がる。
そして下着を穿き、スカートを直し、君を振り返ると、パンプスの爪先でボウルを押して君の前へ差し出す。

「食べなさい」

冷たい口調だ。
人間としての感情は微塵も含まれていない。
鋭い視線が降り注ぐ。
君は怯えきった哀れな目で女性を見上げた後、改めて額を床につけて礼を言う。

「ありがとうございます。いただきます」

君は尻を掲げるように四つん這いになり、ボウルの中に顔を入れて一気に餌を貪り食い始める。
そんな君を、女性は腕を組み、一瞬だけ、この世に存在する全ての種類の嘲りを籠めた目で見下ろした後、立ち去っていく。

2007-06-28

秘密の庭

君は、その家の門を潜る度、心を躍らせる。
月に一度、君は週末を利用して金曜日の夜から日曜日の夕方まで、その家で過ごす。
通い始めてそろそろ一年になる。

その家は、高原の別荘地の一角にあり、周囲は深い木立に囲まれている。
君は金曜日の夜の最終に近い新幹線に乗り、駅からはタクシーでその家へ向かう。
新幹線の駅からその家までは、夜中だから道は空いているし、二十分程度だ。
昼間であれば近くまでバスが運行されているが、最終が午後四時台なので、間に合わない。
毎月通うとなれば、それなりに出費がかさむが、君は生活費を工面してその小旅行の費用を捻出している。
実質的に、往復の交通費だけで滞在に関しては費用がかからないので、昼食のレベルを落としたり、買い物リストを少し削れば、小遣いの範囲でどうにかなる。


君はその家の門の前でタクシーを降りた。
自動車がそのまま敷地内へ入っていけるようになっているため、門扉の幅は広い。
周囲は深閑とした闇で、タクシーが去ると、完璧に無音の世界となった。
明かりも、重厚な門に取り付けられた柔らかい灯だけだ。
表札の類いは掲げられておらず、格子の門扉の先に、まだ建物は見えない。
君はほとんど手ぶらに近い。
荷物は、ふだんから使っているブリーフケースだけで、着替えの衣服等は持っていない。
緩めていたネクタイを締め直し、君は門へと近づく。
門柱に取り付けられた監視カメラが音もなく作動して君を捕捉する。
その存在を知っている君はいったんカメラに顔を向けた後、インターホンを押す。
そして、ラインが繋がると、相手は無言だったが、君は短く名前を告げた。
すると、やはり何の反応もないままラインが切断され、数秒後、門扉が自動的に開いた。

君は門を潜り、背後ですぐに閉まり始めた音を聞きながら、敷地内を進んでいく。
コンクリート舗装のドライブウエイが曲がりくねりながら先へと伸びていて、しかも上り勾配になっている。
道の両側は、ほとんど森だ。
街灯代わりの常夜灯が、森の木々を地面から白くライトアップしている。

道を進んでいくと、やがて、ようやく建物が現れる。
三階建ての、石と木材をふんだんに使って白い漆喰で固めた、赤い三角屋根が特徴的な洋風の建物だ。
建物から突き出した屋根付きの車寄せの隅に、完璧に磨き上げられた銀色の古いジャガーが止まっている。
君はその車寄せから玄関に入った。
暖かい光の下に立ち、木製のドアに取り付けられている真鍮のノッカーを叩き、唾を飲み込む。
いつも、この瞬間は緊張する。

やがてドアが開き、燕尾服を着た初老の執事が静かな笑顔で君を出迎えた。
「ようこそ」
「お世話になります」
君は丁寧に言い、頭を下げた。
「では、どうぞ」
執事が手のひらで屋敷内を示した。
ドアを入ると、いきなり広いロビーだ。
赤い絨毯が床に敷かれ、三階まで吹き抜けになっている天井にはシャンデリアが飾られ、煌煌と明かりを点している。
ロビーは無人で、しんと静まり返っていて、ソファや暖炉があり、正面は全面がガラスになっていて、その先に手入れの行き届いた庭が広がっている。
芝生の起伏が重なり合い、木立が配された広い庭は、夜の今、カクテル光線で微妙な陰影を浮かび上がらせている。
「さあ、こちらへ」
執事が先に立ってロビー横切り、細い廊下を進んでいく。
その両側には適当な間隔でドアがあるが、どれも固く閉ざされている。

やがて、ひとつのドアの前で執事は立ち止まり、鍵束の中からひとつの鍵を選び出してキーホールに差し込むと、古風な音を響かせてドアを解錠した。
「どうぞ。ごゆっくり」
ドアを開けて執事が言う。
「どうもありがとうございます」
君は礼を述べて部屋に入る。
背後でドアが閉じられ、廊下側から鍵がかけられる。

その部屋は、三畳ほどの広さで、壁際に、バスタオルが畳まれて置かれている作り付けの棚と簡単なシャワーブースがあるだけの、殺風景な小部屋だった。
反対側にもう一枚ドアがあり、窓はない。
しかし天井にはカメラが設置されている。
君はブリーフケースを棚に置くと、スーツの上着を脱いでハンガーにかけ、タイを外し、ゆっくりと煙草を一本だけ吸った後、ズボンもシャツも下着も靴下も全部脱いで裸になった。
そしてシャワー使った。
髪を洗い、たっぷりと時間をかけて体も隅々まで洗って、歯も磨く。
シャワーを終えるとブースから出て、バスタオルで全身を拭った。
髪は短いので、ドライヤーがなくても大丈夫だった。
そうしてさっぱりすると、君は腰にバスタオルを巻いてブリーフケースを開けた。
中から革製の首輪を取り出して自分でそれを首に巻く。
君は首輪を装着し終えると、バスタオルを腰から外して畳んで棚に置いた。
そして、部屋の先にあるドアを開けた。

ドアを開けると、そこはもう外で、鬱蒼と茂る木立の中、比較的大きい平らな石を敷き詰めた遊歩道が夜の先へと伸びていた。
君は全裸のまま裸足でその歩道を歩いていく。
樹木の香りを内包した涼しい夜風が全身を撫でていく。
木立の中に所々水銀灯が設置されていて、そのエリアに差し掛かる度、こころもち猫背になっている君の淡い影が歩道に落ちる。

そうしてしばらく進むと、ロビーから見えた庭の隅に出た。
その隅には粗末な犬用の小屋があり、地面に打ち込まれた杭に鎖だけが取り付けられていた。
君は小屋まで進むと、地面に膝をつき、鎖の端のフックを自分の首輪に繋いで正座をする。
小屋の周囲を監視するように、上空の樹木の枝にカメラが設置されているが、もちろん君はその存在を知っている。

小屋の前に清潔な金属製のボウルがあり、その傍らに、水滴が付着した新品のミネラルウォーターのペットボトルが一本だけ置かれている。
君はそのペットボトルを持ち、栓を開けると、二リットルの五分の一程度の中身をボウルに注いだ。
そして、カメラの存在を意識しながら地面に両手をつき、四つん這いになってボウルに屈み込み、冷たい水を啜って喉を潤す。

これから日曜の午後まで、君はこの庭で過ごす。
それは誰も知らない秘密の時間だ。
何が起きるかはわからない。
小屋の中には一枚だけ薄い毛布が敷かれている。

やがてひとまず喉の渇きを癒した君は体を起こし、手の甲で口元を拭って夜の先へと視線を投げる。
微かな風に揺れる樹木の葉擦れの音以外、何も聞こえない。

静かな夜だ。
芝生の起伏の先に、ロビーの窓明かりが見えている。

2007-06-22

五月雨の恋

大きな窓だ。
窓というより、それはガラスの扉で、その先には手入れの行き届いた端正な庭が広がっている。
カーテンは弾かれていない。

窓の外では、今、雨が降っている。
先ほどまではしとしとと静かに降っていたが、急に雨脚が激しくなった。
たちまち風景全体が灰色に煙る。
しかし、ガラス戸はきっちりと閉められているため、室内まで雨音は響いてこない。
雨は音もなく強く降り続いている。

午後の曖昧な時間だ。
まだ夕暮れには早いが、部屋も外の風景も雨雲のせいで薄暗い。
部屋に明かりは灯っていない。
窓辺だけがぼんやりと灰白色に染まっている。

君は今、薄暗い部屋の中央で、全裸で吊られている。
それは、すべてを曝け出した、ありのままの君だ。
もはや君は一人の人間ではなく、単なる物体として、中空で静止している。

室内は薄暗く、外が薄明るいので、ガラス戸によって切り取られた風景は、フレームに収められた一枚の写真のようだ。
部屋には、家具の類いが殆どない。
広い部屋だが、数脚の椅子が置かれ、壁に何枚かの絵が飾られているだけの、無機質な空間だ。
君はその部屋の真ん中で、両手を揃えて上に伸ばし、手首をロープで巻かれ、そのまま天井から吊るされている。
足は完全に浮いていて、非常に不安定だ。
そんな君の体には、全身に亀甲縛りが施されている。
そして、部屋は閉め切られているため若干蒸し暑く、君は微かに汗をかいている。

君の傍らに立つ美しい女性が、唇の端を歪めて嘲笑を目に滲ませながら、君の体を軽く突いた。
吊られたままの君はまるで振り子のように、そのまま頼りなく揺れる。
手首を縛るロープが皮膚に食い込んで、君は苦痛に顔を顰める。
しかし、なぜか君の性器は完全に勃起している。
まるでその部分だけが別の回路で起動しているようだ。

女性が、屹立する君の性器の先端を指先で弾く。
亀頭を尖った爪の先が擦って、君の体がビクンと撥ねる。
その先からは、透明の液が溢れ、糸を引いて垂れている。

女性はそんな君を鼻で笑い、正面で向かい合って立つと、両手で君の両乳首を強く捻り上げた。
甘く濃密な香水が香り、爪が乳首の根元に深く食い込む。
君は「あう」と声を漏らして体を震わせる。
一気に汗が噴き出す。
女性は苦痛に歪む君の顔を覗き込んで憐憫の笑みを向けた後、乳首を解放した。
君は大きく息をつく。

女性が君の側を離れて、窓辺へと歩いた。
そして、窓を開けた。
涼しい風が吹き込み、雨の音が盛大になる。

女性が君を振り向き、腕を組んで微笑する。
風に乗って雨の香りが室内に漂う。
君は五月雨の音によって世界から切り離されながら、浮遊する。

2007-06-05

古城にて

河のほとりに建つ、中世からそのまま残る古城。
暗鬱な灰色の空とその石造りの建物が、鏡のような川面に映っている。
山の中の静かな場所だ。
村の外れにあり、近くに人家はない。

その古城は、さして大きくはない。
いくつかの尖塔を持つ、三階建ての、こじんまりとした城だ。
現在の所有者は、その城を建てた公爵の血筋を引く家系の者だが、そこに住んではおらず、別荘のように使われている。
しかし、無人というわけではない。
普段は、委託された管理人が住み込みで常駐している。
管理人は年老いた執事然とした男だが、ときどき、定期的に近隣の村の商店に買い出しに出てくる他、滅多に城からは出ない。
そして、月に何度か、どこからか黒塗りのベントレーがやってきて、深夜の闇に紛れるようにしてその古城の門を潜る。
その後部座席に乗っているのはいつも若い女性で、運転手も常に同じだが、ベントレーは若い女性を古城で降ろすと、そのままどこかへと消え、数日後、再び深夜に現れると、やはりそのまますぐにどこかへと去っていく。

村の者たちも、その深夜に出入りしているベントレーに気づいてはいるが、話題にすることはない。
その古城とは、誰も関わりたくないからだ。
城は、村の人達にとって、不穏の象徴だった。
城には、古い逸話があった。
昔、気の触れた公爵夫人が城に住んでいて、若い色男をどこからかさらってきては地下の部屋に監禁し、吊るし上げて折檻しては生き血を絞ってバスタブに溜め、その血の風呂に浸かって美肌を保っていたのだという。
それはもう何百年も前の話だが、地下室の拷問室はそのまま残っていて、今も村人は近づかない。
なぜ拷問室が残っているとわかったかというと、何年か前に村の子供たちが数人、遊びの延長で敷地内に忍び込み、一階部分に取り付けられた明かり取りの窓から地下の部屋を覗いたのだ。
子供の話によれば、その小さな窓には頑丈な鉄格子が嵌っていて、薄暗い内部では痩せた裸の男が吊るし上げられていたらしい。
もちろん子供たちはびっくりし、そのまま管理人に見つかる前に逃げ帰ってきたのだが、大人たちは子供たちを叱った後、絶対に口外しないよう約束させた。


君は今日も高い鉄格子の窓越しに、のっぺりとした鉛色の空を見つめる。
既に日付や曜日の感覚はない。
一日の時間の推移は、小さな明かり取りの窓の外の色でわかるが、それだけだ。
そもそも君にとって、「時間」など意味がない。
君はどこにも行かないし、行けないし、君の世界はこの地下の部屋の中で完結している。

城の地下で暮らすようになって、もう何年にもなる。
正確な期間など、もうわからない。
何度か寒くなったり暖かくなったりを経験しているから一年ということはないが、二年かもしれないし、三年かもしれないし、五年かもしれない。
その間、衣服を身に着けた事はなく、体に刻まれた傷跡は増える一方で、減ることはない。
食事は一日に一度、部屋の頑丈な扉の下部に取り付けられた小窓から男の手によって、トレイに載って差し出される。
最初の頃、小窓越しに「あなたは何者か?」とその手の先に向かって尋ねてみたことがあるが、「管理人です」という嗄れた声が返ってきただけだった。
その声は平坦で、何の感情もこもっていなかった。
そして、以来、毎日その男の手は見ているが、会話はないし、顔も知らない。
しかし、君はその見知らぬ男の手によって差し出される食料で「生」を繋いでいる。

「生きている」という感覚はない。
「生かされている」という感覚もない。
君はただ、そこにいる。

2007-05-19

抱きしめて

全裸で背中に両手を回し、その手首をロープで縛られながら床に這いつくばっている君を、ボンデージに身を包んだスタイルのよい女王様が、冷然と見下ろしている。
君の手首を縛るロープが女王様の右手へと繋がっていて、女王様は立ったまま、芋虫のように床に伏せている君を嘲笑う。
しかし、声には出さない。
ただ、蔑みの視線を君の体に注ぎ、唇の端を僅かに歪ませているだけだ。
しかし、君はその気配をひしひしと感じるし、尻から背中、そして後頭部へと静かに移動していく視線を強く意識している。

それでも君は動けない。
全身に鞭の跡が走っていて、君はもう満身創痍だ。
息も上がってしまっているし、厳しい調教によって体力は限界に達している。
しかも、捻り上げられるように手首を背中で拘束されているので、その不自然な体勢のため、全身の筋が妙な具合に張ってしまっている。
君は、顔を横に向け、右の頬を冷たい床に押し付けながら、もうもがくこともやめて、ただ女王様の視線に晒されている。

手首のロープが深く食い込み、皮膚に擦れ、血が滲み始めている。
そして君の尻は、乗馬鞭で激しく打ち据えられたため、ミミズ腫れが無数走り、ところどころ皮膚が裂けて破れ、まるで猿のそれのように赤い。
背中に刻まれた鞭の跡もまるで前衛芸術のように華やかな模様を描いているが、尻の状態は凄惨を極めている。
今後数日はパンツを履くことさえ苦痛だろうし、椅子に座ることさえ辛いだろう。
そもそも、いまは伏せているために見えないが、吊るされて長く鋭い一本鞭で延々と打たれ続けたため、鞭の跡は首から下全体に走っていて、パンツだけではなく、シャツを着ることだって当分は痛みを伴うだろう。
当然、風呂も傷に沁みるから、地獄に違いない。

しかし、すべては君が望んだことなのだ。
誰に強制されたわけでもない。
君は君の意思で女王様に跪き、そして自ら進んで調教を求めたのだ。
君はマゾヒストで、女王様に、まるでサーカスの象のように調教されることに悦びを覚える歪んだ人間なのだ。
鞭の跡、そして痛みは、君の生の証だ。
君は痺れるように疼く痛みに、生命の跳躍を感じる。

女王様がロープを引っ張りつつ君に近づき、そして後頭部を硬いヒールの尖った底で踏み、更に爪先を乗せて全体重を掛けていく。
君は眉間に皺を寄せ、不器用に床に抱かれながら、嗚咽を漏らしてその痛みを受け止める。

2007-03-06

アップルジュース

君は固い床の上で背筋を伸ばしてきちんと正座し、両方の手を軽く握り締めて膝に置きながら、目の前の情景に心を奪われていた。
もちろん全裸だ。
君のすぐ前には椅子があり、そこに美しい女性が脚を組んで座っている。
女性は極限まで短い黒革のスカートに網タイツを履いていて、その足元は爪先が尖ったタイトな黒革のブーツだった。
タイツに包まれた脚の量感が、君をクラクラとさせている。
黒い編み目と白い肌の対比が鮮やかで、しかも適度に肉感的だから、匂い立つような色気がある。
しかし、ブーツはそれほどの代物ではない。
むしろ、充分に履き潰されていて、ステッチも解れかけているほどだ。
一日中履き続けていたからか、汚れてもいる。
そのブーツは一見、この美しい女性に似合わないが、それには理由があった。
彼女はわざとそんなボロボロのブーツを履いているのだった。

やがて女性が組んでいた脚を下ろし、窮屈そうにブーツを脱ぎ始める。
すると生温かい蒸れた匂いが漂い始め、君はそのブーツを脱いでいく彼女の手の動きを注視してしまう。
そして、どうにかブーツを脱ぎ終えると、女性は網タイツに包まれた爪先を君の顔の前に差し出す。
その足には、満遍なく何かが付着していた。
よく見るとそれは、すり潰されたリンゴの残骸だった。

「お前のために今日一日かけてスペシャルなジュースを作ってあげたのよ。まずは、お舐め」
「はい」

君は女性の足の踵を両手で持ち、足の裏に顔を近づけていく。
リンゴと汗と脂と革の匂いが入り交じっていて、君はたじろぐが、命じられたからには従わなければならず、ゆっくりと舌先を這わせ、そしてリンゴの残骸を口に含んでいく。

「おいしい?」
女性が含み笑いをこらえながら訊く。
「はい」
君は女性の足を持ち、爪先から踵まで、編み目の中にまでめりこんでいるリンゴを吸い出しながら頷く。
やがて、ひとまずリンゴの欠片がなくなると、女性は言った。

「じゃあ、タイツに染み込んでいる特製アップルジュースを啜りなさい」
「はい。いただきます」

君は女性の爪先を咥え、そして頬を窄めて吸う。
一本ずつ丹念に指を口に含み、単に甘いだけではない、酸味の効いた果汁を執拗に吸い尽くしていく。
君のそんな真剣な姿を、女性は軽蔑混じりの冷笑で見守っている。

「お前のために、わざわざ一日かけて熟成してあげたのよ。踏み潰して、すり潰して。嬉しいでしょ?」
「はい。ありがとうございます」

君は一心不乱に果汁を吸い取り、全体的に舐めとっていく。
そうしてじきにリンゴの果汁がなくなると、女性は足を下ろし、脱いだブーツを君に差し出す。
君はそれを両手で受け取る。

「たぶんまだ中にも残っているから飲みなさい。そして、残骸も手で掬って食べなさい」
「はい」

君はブーツの中を覗き込んだ。
すると暗くてよく見えなかったが、君はブーツの持ち上げ、履き込み口をグラスの縁に見立てて、爪先方向を更に斜め上へと傾ける。
ゆっくりと中のリンゴの欠片が落ちてきて唇に当たり、続いて生温かい果汁が滑り落ちてくる。
その果汁はたいした量ではなかったが、君はリンゴの欠片を噛み砕きながら飲んだ。
鼻先もブーツの中へ押し込む格好になっているので、君はもう壮絶な芳香から逃れられないでいる。

「どう?」
ブーツの中へ手を突っ込み、奥からリンゴの残骸を掻き出して貪り食う君を見下ろしながら、その冷ややかな目に嘲笑を滲ませて女性が訊く。
「とても美味しいです」

そうこたえる君の性器は卑猥にそそり立っている。

2007-02-02

行灯

畳敷きの部屋は痺れるような寒さだった。
部屋はさほど広くはない。
20帖ほどだ。
ただし、家具が何も置かれていないので、実際より広く見える。

襖がぴたりと閉められた室内は薄暗い。
縁側へと続く障子は全面的に開け放たれ、夜の庭が見えるが、暗い。
庭では石の灯籠が弱い光を点しているが、雑木林の闇を増幅させる効果しかなかった。

部屋の天井には太い梁が渡されている。
それは黒光りして、艶やかに濡れたように見える。
その梁に、麻の縄がかけられ、そこに、口に馬のハミに似た枷を嵌めた全裸の君が吊るされている。
君は揃えて上げた両手の手首を括られ、そのまま両足と一緒に、天井の梁に吊り下げられている。
君の体は、床から1メートルほどの高さでほぼ水平に浮かんでいるが、若干背骨を反らし気味だ。
それは不自然な体勢だが、妙なバランス感覚も同時に保たれている。

そんな君の体を、畳の上に置かれた行灯の柔らかい光が微かに照らし出している。
その黒い影が、拡大して天井や襖に映っている。
君が手首や足首で擦れる縄の痛みに体を微妙に揺り動かすと、影も揺れる。

君の傍らに、ボンデージ姿の美しい女性が立っている。
その黒い革の衣装も、行灯の光を受けて妖しく艶めいている。
女性の手には、長い鞭が握られている。
それはまるで薄闇に蠢く黒い毒蛇だ。

やがて女性が、優雅な身のこなしで鞭をふるった。
鞭はしなやかに波打ち、君の体に赤い跡を刻む。
その鋭い衝撃に、君は浮かんだまま身を捩った。
叫びそうになったが、口には枷が嵌められているため、くぐもった息しか洩れない。
数発の鞭が連続して君の体に打ち込まれると、たちまち全身から汗が吹き出た。
君は声にならない呻きを洩らしながら、刻まれ続けていく鞭による傷の痛みと同時に、縄が擦れる痺れに似た痛みにも耐える。
麻の縄は体を吊り下げる為に梁へと続いている手首や足首だけではなく、全身に巻かれているので、体が揺れる度に肌に食い込み、君は脂汗を滲ませる。

部屋に、君の体を打ち据える鞭の音だけが響き続ける。
行灯の明かりが、闇の中に君を微かに浮かび上がらせている。