2008-11-27

狭く小さな楽園

君は最近、週末にアルバイトを始めた。
不況の折、残業代はカットされるし、しかし欲しいものはあるし、それならば暇な時間を有効に活用しようと考えたのだ。
もちろん、職場には内緒だ。
バイトは禁止されているし、そもそもなるべく人にその仕事をしている姿は見られたくない。

君のバイトは、警備員だ。
とはいえ土日しか出勤できないし、さすがに毎週きっちり出ていたら休日がなくなってしまうから、月に数回、臨時のイベントなどに派遣されることが多い。
そして、今週末、実は密かに楽しみにしているイベントの警備の仕事が入っている。

君が派遣されるイベントは、女子中高生に圧倒的な人気を誇るファッション・ブランドが企画した野外フェスだ。
何組かのロックバンドが出場するが、もちろん君の楽しみはその出演者ではない。
君の目的は、その会場に集まる客だ。
真夏の土曜日の真っ昼間に集まってくる客が、ほとんど女子中高生なのだ。
その光景を想像しただけで、君は気持が高揚してくる。
君は、ギャルとか派手な若い女性に罵倒されたり、理不尽な暴力をふるわれたいと切に願う歪んだマゾヒストなのだ。

当日。
君は警備本部でスタッフ用のTシャツを支給されて着替え、IDフォルダーを首からぶら下げると、所定の警備位置へ向かった。
ステージでは音響とライティングの調整が行われ、たくさんのスタッフが行き交っている。
野外の会場なので、開放感がある。
まもなく開場のため、ゲート付近には人だかりができている。
ちらりとそちらへ眼をやると、九割以上が若い女性のようだ。
なかには男性もいるが、圧倒的に数は少ない。

会場をぐるりと囲むように、物販の店や警備や医療などのテントが並んでいる。
そしてその隅に、簡易トイレがずらりと並んでいる。
一応は男性客のためのボックスもあるが、女性用のほうがはるかに数が多いし、混乱しないようにエリアが分けられ、隔てられている。

やがてゲートが開き、会場は瞬く間に若い女性たちで埋め尽くされた。
暑い日なので、誰もが既に汗をかいている。
君は客席のエリアの手前で警備につく。
といっても、とくにやることはない。
ただそこに立っていれば、時間が過ぎていく。
それでも、次から次へと若い女性が肌を激しく露出させ、その肌に汗を浮かべて通り過ぎていくのを眺めていると、君はなかなか平静ではいられなくなってくる。

日差しが激しい。
ステージでは演奏が始まった。
しかし自由な雰囲気のフェスなので、会場内には常に人の流れがある。
君はステージに背を向けて、警備スタッフとして立ち続ける。
汗ばんだ若い女性たちの甘ったるい体臭が充満する会場内の暑い空気を吸い続けていると、理性を失いそうになってくる。
派手な女性が通りすがりに、さりげなくチラリと視線を投げ、思いがけず目が合うと、君はわけもなくドギマギしてしまって、つい俯いてしまう。
そして、また、つと仮設トイレのエリアに目を向ける。
入れ替わり様々な女性たちが使用していて、君はその個室内の光景を夢想して悶々としてしまう。
これだけの人数がいるのだから、相当量の排泄物があのトイレ群のタンクの中には溜まっているはずだ。
それを思うと、変態の君はつい興奮してしまう。

そんなことを半ば暑さで朦朧とした頭で考えていた時、君は背後から不意に声をかけられた。
「ちょっとー」
どこか横柄な、しかし可愛らしい若い女の声だ。
「はい?」
君が振り向くと、そこにはキャミソール姿で首にタオルを巻いた二人の女の子が並んで立っていた。
ひとりは青、ひとりはピンクのタオルを首に巻いていて、大胆に開いた胸元にはアクセサリーが光り、その小麦色の肌は汗ばんでいる。
「なんですか?」
重ねて尋ねると、ピンクのタオルを首に巻いた女の子が、言った。
「ちょっと来てくれない? マジ困ってんだよ」
「どうしたんですか?」
「あんたスタッフでしょ? いいから来てよ」
「は、はい…」

いまいち事態が把握できなかったが、君は女の子たちと一緒に歩き出した。
そして、どこへ行くのかと思っていると、やがて仮設トイレが並んでいるエリアに到達した。
そこで、ようやく女の子のひとりが口を開いた。
青いタオルの女の子だ。
「あのさ、一番端の個室に友達が入ってんだけど、なんか詰まってるらしいのよ。で、出たくても出てこられないってわけ。だから、あんたスタッフだったらさ、こそっと行って友達をさりげなく出してあげてよ。詰まったまんま出てきたら、後から入る人に何言われるかわかんねえじゃん」
「しかし、それは……」
内心君は堂々と女子トイレに入れることに心がときめいたが、残念ながらそれは君の仕事ではなかった。
君は会場の警備員であって、清掃要員ではない。
その旨を君は説明しようとしたが、女の子たちはまるで聞く耳を持たず、「早く」と君の背中を押した。

君は仕方なく個室へと近づいていった。
ピンクのタオルの女の子が携帯電話を取り出して、誰かと喋り始めた。
内容を盗み聞きすると、どうやら中にいる友達と連絡を取っているようだった。
そして、その女の子が君を見て、「行け」というように顎をしゃくった。
君はそのタイミングに合わせ、控えめにドアをノックした。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけると、「大丈夫なわけねえだろ」という声とともにドアが開いた。

浅黒く日焼けした女の子が個室から出てきて、君のシャツの胸元を掴むと、ぐいっと個室の中に引き込んだ。
「おまえが詰まらせたことにしろ、ハズいから」
そう言いながら立ち位置を入れ替え、君の背中を強く押す。
君はつんのめるようにして個室内に入った。
すると、その狭いスペースには凄まじい臭気が立ちこめていて、君はたじろぎながら、その臭気の根源へと視線を投げた。
そして、思わず声を漏らした。

一段高くなった位置にある便器の中は、恐ろしい事態に陥っていた。
決して彼女が初めて詰まらせたわけではなく、その前から既に流れが滞っていたらしく、そこには硬軟混じった何人分もの茶色い汚物がティッシュやトイレットペーパーと一緒に溢れていて、凄惨な光景だった。
排泄物の一部は便器からはみ出し、床はなぜか濡れている。

「早く、なんとかしろよ」

トイレから出てきた女の子が更にドンと君の背中を押した。
君は不意をつかれて足をもつれさせ、靴底が濡れた床で滑って、次の瞬間、汚れた床に手をついて突っ伏していた。
手のひらが、誰が出したかわからない物質に塗れた。
ズボンの膝が、おそらく尿かと思われる水分を吸ってぐっしょりと濡れる。

「うわっ、すっげえ無様」

自分で突き倒しておいて女の子は笑い、残りの二人も「ありえねえ」と手を叩いて笑う。

突っ伏したために汚れた便器が目前に迫り、最接近した排泄物から立ち上る臭気が君を貫いた。
顔からほんの数十センチの距離に便器から溢れんばかりに溜まったティッシュと汚物の塊があり、背後からはケラケラと笑う女の子たちの声が響いて、君はひどく惨めな気分に陥った。
手のひらには、床にはみ出している汚物の生暖かい泥のような感触がある。

しかし、君はその瞬間、歪んだ変態としては覚醒していた。
いちばん新しいと思われる柔らかめの巨大な排泄物は、使ったトイレットペーパーで半ば隠されているがおそらく今出てきた女の子のものだろう。
そう想像した瞬間、君は激しく勃起した。
そして、狭くて小さいが、ここは楽園だ、と思った。

背後から嘲るような笑い声が響いている。
君は四つん這いのまま振り返った。

三人の女の子たちが強い日差しを背にして、逆光の中で笑っていた。