2007-08-07

秘密のBarの片隅で

そのバーは、繁華街の外れにある小さな古い雑居ビルの地下にあり、看板も掲げず、ひっそりと営業している。
口コミと常連客に支えられた、秘密のバーだ。
店は、たいして広くない。
長いカウンターと数席のボックスがあるだけで、規模はそのへんのスナックと変わらない。
ただし、内装に安っぽさは微塵もない。
間接照明が微妙な陰影を落とす店内は、すべてにおいて重厚な雰囲気だ。

看板が出ていないといっても、イリーガルな店ではなく、ごく一般的なバーだ。
カウンターの後ろには世界各国の様々な種類の酒壜がずらりと並び、メニューは豊富だ。
ウイスキー、ウォッカ、ジン、ワイン、日本酒、とアルコールはたいてい揃っているし、カクテルの種類も多く、美しい女性だけで構成されたバーテンダーたちはみな美貌と技術のレベルが高い。
フードはつまみ程度だが、ここは飲み物を楽しむ場所なので、全く問題ではない。

しかし、他の巷のバーとは明らかに違う点がひとつだけ、この店にはある。
それは「裏メニュー」の存在だ。
もっとも、「裏メニュー」自体は、べつに珍しいものではない。
常連客に支えられた店なら、バーでもスナックでも小料理屋でも、食堂やレストランでも、存在する。
それでも、この店の「裏メニュー」は特別で、他の店にはまず存在しない。

その「裏メニュー」とは、「聖水」だ。
客は、女性バーテンダーの聖水をオーダーすることが可能なのだ。
「裏メニュー」なので、もちろん通常のメニューには記載されていない。
そして、バーテンダーを呼んで単に「聖水」とか「おしっこ」とか注文しても、出てこない。
この店では、「ゴールデン・シャワー」という言葉を使うと、それを飲むことができる。

飲み方は、様々だ。
オーダーすると、バーテンダーが目の前でそれを抽出してくれるが、それをどう飲むかは、客の自由だ。
もちろんストレートで生のまま飲んでもいいし、レモンスカッシュやコーラといった清涼飲料水、オレンジやパイナップル等ジュース類、あるいはジンやウイスキーや焼酎といった他のアルコールで割って飲むことも可能だ。
むろん、水割りやロックでもいいし、聖水をベースにしたカクテルもある。
具体的には、客はバーテンダーを呼んで、「ゴールデン・シャワーをストレートで」とか、「ゴールデン・シャワーとレモンスカッシュを二対一で」と注文を告げる。
また、オプションになるが、別途料金を支払えば、担当バーテンダーの唾液のトッピングも可能だ。

しかし、聖水は女性の生理現象に依存するので、注文したからといって必ずすぐに提供されるとは限らない。
そういう時、常連は、女性に自分が好きな飲み物を飲んでもらって生成を促す。
もっとも飲み物の摂取によって急速生成された聖水は、濃縮度の点で、なかには物足りなさを覚える常連も皆無ではない。
しかし劇的に飲みやすくなることは確実なので、概ね受け入れられていて、評判は決して悪くない。
どうしてもフレッシュで濃厚な聖水が味わいたいなら、開店直後に来店すればいいだけであり、実際、開店と同時に来店する常連は多い。
また、マニアックな客になると、あえて急速生成を希望し、強力な栄養ドリンクをリクエストして「滋養強壮には、栄養ドリンクで生成された美しい女性の聖水が一番だ」と言って、その十数分から数十分後に抽出される強いストレートを一息に呷る者もいる。
バーテンダーが摂取した飲み物によって微妙に変化する聖水のフレーバーの違いがわかるようになったら、「通」だ。


今夜、君は残業の後、久しぶりにそのバーのドアを潜った。
すると、平日の深夜に近い時間だったからか、店は空いていて、三人ほどの客しか入っていなかった。
静かにジャズが流れる中、君は、カウンターの隅のストゥールに浅く腰掛ける。
「いらっしゃいませ」
美しい女性バーテンダーが微笑みながら君の前に立ち、「どうぞ」と熱いおしぼりを差し出す。
君は「ありがとう」とそれを受け取ってから、「何をお出ししましょうか?」と訊くバーテンダーに言う。
「君のGSが欲しいんだけど、大丈夫かな?」
GSというのは、常連がよく使うゴールデン・シャワーの頭文字を取って略した隠語だが、バーテンダーは君がそう訊くと、ちょっと困ったような顔をして、申し訳なさそうにこたえた。
「すみません。さっきお客様にお出ししたばかりなので、少々お時間をいただけますか?」
君は頷く。
「もちろんです。では、待っている間にウイスキーの水割りを下さい。そして良ければ、あなたはペリエを」
「わかりました。ペリエですね」
そう言うと、バーテンダーはまずウイスキーの水割りを出した後、ペリエの壜を持ってきて、それを大きなグラスになみなみと注いで、君と軽く乾杯してから、全部飲み干した。
そして、二杯続けて飲んだ後、「少々お待ちください」と微笑んで、いったん君の前から立ち去る。

君は煙草に火をつけ、水割りをちびちびと舐めながら、カウンターの中で立ち働くバーテンダーを、時々見る。
美しい女性だ。
黒いジャケットに、黒いミニスカートを穿いている。
やがて、煙草を二本吸い終えた頃、先ほどのバーテンダーが君の前に戻ってきた。
「そろそろお出しできると思いますが」
「では、下さい。お願いします」
「かしこまりました」
バーテンダーはそう言うと、グラスを持ち、おもむろにスカートをまくって若干脚を開き気味にしたあと、手に持ったグラスを自分の股間の下に差し出した。
そして慣れた仕草でグラスの中に聖水を注いでいく。
この店のバーテンダーは、聖水抽出のために、全員、下着を着けていない。
そのため、抽出の際には、下半身が露出される。
君は、カウンター越しに覗き込むように少し腰を浮かせながら抽出の様子を見守る。
茂みの中に開いた亀裂から金色の雫が迸り出て、涼しげな音を響かせながらグラスの中に溜まっていく。
じきに、グラスが満杯になり、するとバーテンダーはいったん抽出を中断し、「一杯でよろしかったですか?」と訊ね、君が「はい」とこたえると、残りをカウンターの下に巡らされている排水のためのレーンへ放出した。
そしてすべての作業を終えると、ティッシュで股間を拭き、そのティッシュを使ってグラスの表面の水滴も除去してから、「お待たせいたしました」と君の前のコースターの上に、聖水のグラスを置いた。
そのグラスに注がれた聖水は泡立っていて、一見するとビールのようだが、もちろん違う。
急速生成なので色は若干薄めだが、金色に奥ゆかしさが感じられるし、芳香も独特だ。
「唾、入れますか?」
バーテンダーが訊き、君は、「お願いします」と頷く。
「かしこまりました」
バーテンダーはそうこたえると、カウンターの上のグラスに屈み込み、赤く塗られた唇を魅力的に窄めながら、三回に分けてたっぷりと唾液を聖水の表面に垂らした。
「どうぞ」
唾を出し終えたパーテンダーが手のひらでグラスを示す。
「ありがとう」
君はほんのりと温かいグラスを持ち、まず顔の前へ掲げた。
そして、グラスの縁に鼻先を近づけ、仄かに立ち昇る円やかで芳醇な香りを楽しんだ後、三センチほどを一口で飲んだ。
舌と喉でそれを十分に味わい、ゆっくりと飲み下す。
聖水の苦みに唾の甘みがアクセントとなって効いている。
「うまい。絶品です」
君はグラスを持ったまま、バーテンダーを見つめて言う。
「ありがとうございます。では、ごゆっくり」
バーテンダーはそう言うと、微笑みを浮かべ、君の前を離れた。

君は再びひとりになり、静かに聖水を味わう。
居心地の良い空間、クールなジャズ、そして美人のフレッシュな聖水。

至福の時間だ。

2007-07-09

貪欲な豚

君は醜い。
既に人間であることを放棄した君は、豚だ。
人間らしい思考も、もうほとんど残されていない。
君は複数の女性に家畜として飼われている身だし、地下の飼育室から出る事もない。
衣服なんて、ここ数年は下着すら身に着けたことがない。
そんなもの、君には必要ないのだ。
君は豚としての欲望に忠実な日々をただ生きている。

君の日常は、豚のそれとしてふさわしいものだ。
起きて、調教され、餌を与えれ、寝る。
その繰り返しだ。
時計もカレンダーも、家畜には必要ない。

君が暮らすその家には、何人もの美しい女性が出入りしている。
君の正式な飼い主は家の所有者として存在するが、専有ではない。
君は、家に出入りする全ての女性に共有されている。
そして死ぬまで生きる、それだけのことだ。
ただし、たとえ死んでも、嘆き悲しむ者はいない。

豚である君の体は、壮絶だ。
鞭や緊縛の跡は消えることがないし、焼き印も様々な箇所に刻まれ、焼きごてや煙草による火傷は全身に及んでいるし、所有者である女性たちの名前や落書きが体中に描かれている。
もちろん、それらはマジック等で書かれているのではない。
落書き類は、ナイフで刻まれたり、刺青として入れられている。
君は全身の毛を永久脱毛しているが、もちろん髪の毛ももう生えてはこないし、その頭頂部には「豚」と大きく漢字で刺青が入っている。
もっとも、君が生きたままこの家を出て行くことはありえないから、どのような体であろうと、とくに問題はない。
そもそも、君の体は、もはや人間としての通常の日常生活には対応できない。
体のあらゆる部位が玩具として改造されてしまっているのだ。
たとえば、乳首なんて恒常的に腫れ上がって巨大な吸盤のようになってしまっているし、アナルはいつでも拳が楽々と挿入できるくらい常に拡がってしまっていて、排泄すらコントロールすることが難しくなっている。
ペニスも悲惨なものだ。
尿道口に様々な器具が差し込まれ続けた結果、ぱっくりと口を開いてしまっている。


ドアが開き、美しい女性が姿を見せた。
鶯色のスーツ姿だ。
君はその女性の前へと進み出て、平伏する。
女性が君の頭をパンプスの底で踏み、感情のない平坦な声で言う。
「餌の時間よ」
「ありがとうございます」
君はきちんと床に両手を揃えて額を擦り付けたままそう言った後、後頭部から足がどけられ、君は急いで自分用のボウルを取りにいき、戻る。
そのボウルは、ステンレス製の大きなものだ。
それを床に置くと、君はいったん下がってきちんと正座し直す。

女性はまず、一本のバナナの皮を剥いてボウルの中に落とし、それをパンプスの爪先で適当にすり潰すと、その靴底を君の体に擦り付けて残骸を落とした。
そして、君に背中を向けて床のボウルを跨ぎ、スカートをたくし上げ、下着を降ろして、腰を落とす。
君は両の拳を膝の上に置いたままじっとその行為を見つめる。
女性は中腰のまま気張り、ボウルの中に排泄する。
先に聖水が迸り出て、続いて黄金が捻り出されていく。
強烈な臭気が室内に漂い、やがて排泄を終えた女性はティッシュで股間を拭うと、その紙もボウルの中に捨て、立ち上がる。
そして下着を穿き、スカートを直し、君を振り返ると、パンプスの爪先でボウルを押して君の前へ差し出す。

「食べなさい」

冷たい口調だ。
人間としての感情は微塵も含まれていない。
鋭い視線が降り注ぐ。
君は怯えきった哀れな目で女性を見上げた後、改めて額を床につけて礼を言う。

「ありがとうございます。いただきます」

君は尻を掲げるように四つん這いになり、ボウルの中に顔を入れて一気に餌を貪り食い始める。
そんな君を、女性は腕を組み、一瞬だけ、この世に存在する全ての種類の嘲りを籠めた目で見下ろした後、立ち去っていく。

2007-06-28

秘密の庭

君は、その家の門を潜る度、心を躍らせる。
月に一度、君は週末を利用して金曜日の夜から日曜日の夕方まで、その家で過ごす。
通い始めてそろそろ一年になる。

その家は、高原の別荘地の一角にあり、周囲は深い木立に囲まれている。
君は金曜日の夜の最終に近い新幹線に乗り、駅からはタクシーでその家へ向かう。
新幹線の駅からその家までは、夜中だから道は空いているし、二十分程度だ。
昼間であれば近くまでバスが運行されているが、最終が午後四時台なので、間に合わない。
毎月通うとなれば、それなりに出費がかさむが、君は生活費を工面してその小旅行の費用を捻出している。
実質的に、往復の交通費だけで滞在に関しては費用がかからないので、昼食のレベルを落としたり、買い物リストを少し削れば、小遣いの範囲でどうにかなる。


君はその家の門の前でタクシーを降りた。
自動車がそのまま敷地内へ入っていけるようになっているため、門扉の幅は広い。
周囲は深閑とした闇で、タクシーが去ると、完璧に無音の世界となった。
明かりも、重厚な門に取り付けられた柔らかい灯だけだ。
表札の類いは掲げられておらず、格子の門扉の先に、まだ建物は見えない。
君はほとんど手ぶらに近い。
荷物は、ふだんから使っているブリーフケースだけで、着替えの衣服等は持っていない。
緩めていたネクタイを締め直し、君は門へと近づく。
門柱に取り付けられた監視カメラが音もなく作動して君を捕捉する。
その存在を知っている君はいったんカメラに顔を向けた後、インターホンを押す。
そして、ラインが繋がると、相手は無言だったが、君は短く名前を告げた。
すると、やはり何の反応もないままラインが切断され、数秒後、門扉が自動的に開いた。

君は門を潜り、背後ですぐに閉まり始めた音を聞きながら、敷地内を進んでいく。
コンクリート舗装のドライブウエイが曲がりくねりながら先へと伸びていて、しかも上り勾配になっている。
道の両側は、ほとんど森だ。
街灯代わりの常夜灯が、森の木々を地面から白くライトアップしている。

道を進んでいくと、やがて、ようやく建物が現れる。
三階建ての、石と木材をふんだんに使って白い漆喰で固めた、赤い三角屋根が特徴的な洋風の建物だ。
建物から突き出した屋根付きの車寄せの隅に、完璧に磨き上げられた銀色の古いジャガーが止まっている。
君はその車寄せから玄関に入った。
暖かい光の下に立ち、木製のドアに取り付けられている真鍮のノッカーを叩き、唾を飲み込む。
いつも、この瞬間は緊張する。

やがてドアが開き、燕尾服を着た初老の執事が静かな笑顔で君を出迎えた。
「ようこそ」
「お世話になります」
君は丁寧に言い、頭を下げた。
「では、どうぞ」
執事が手のひらで屋敷内を示した。
ドアを入ると、いきなり広いロビーだ。
赤い絨毯が床に敷かれ、三階まで吹き抜けになっている天井にはシャンデリアが飾られ、煌煌と明かりを点している。
ロビーは無人で、しんと静まり返っていて、ソファや暖炉があり、正面は全面がガラスになっていて、その先に手入れの行き届いた庭が広がっている。
芝生の起伏が重なり合い、木立が配された広い庭は、夜の今、カクテル光線で微妙な陰影を浮かび上がらせている。
「さあ、こちらへ」
執事が先に立ってロビー横切り、細い廊下を進んでいく。
その両側には適当な間隔でドアがあるが、どれも固く閉ざされている。

やがて、ひとつのドアの前で執事は立ち止まり、鍵束の中からひとつの鍵を選び出してキーホールに差し込むと、古風な音を響かせてドアを解錠した。
「どうぞ。ごゆっくり」
ドアを開けて執事が言う。
「どうもありがとうございます」
君は礼を述べて部屋に入る。
背後でドアが閉じられ、廊下側から鍵がかけられる。

その部屋は、三畳ほどの広さで、壁際に、バスタオルが畳まれて置かれている作り付けの棚と簡単なシャワーブースがあるだけの、殺風景な小部屋だった。
反対側にもう一枚ドアがあり、窓はない。
しかし天井にはカメラが設置されている。
君はブリーフケースを棚に置くと、スーツの上着を脱いでハンガーにかけ、タイを外し、ゆっくりと煙草を一本だけ吸った後、ズボンもシャツも下着も靴下も全部脱いで裸になった。
そしてシャワー使った。
髪を洗い、たっぷりと時間をかけて体も隅々まで洗って、歯も磨く。
シャワーを終えるとブースから出て、バスタオルで全身を拭った。
髪は短いので、ドライヤーがなくても大丈夫だった。
そうしてさっぱりすると、君は腰にバスタオルを巻いてブリーフケースを開けた。
中から革製の首輪を取り出して自分でそれを首に巻く。
君は首輪を装着し終えると、バスタオルを腰から外して畳んで棚に置いた。
そして、部屋の先にあるドアを開けた。

ドアを開けると、そこはもう外で、鬱蒼と茂る木立の中、比較的大きい平らな石を敷き詰めた遊歩道が夜の先へと伸びていた。
君は全裸のまま裸足でその歩道を歩いていく。
樹木の香りを内包した涼しい夜風が全身を撫でていく。
木立の中に所々水銀灯が設置されていて、そのエリアに差し掛かる度、こころもち猫背になっている君の淡い影が歩道に落ちる。

そうしてしばらく進むと、ロビーから見えた庭の隅に出た。
その隅には粗末な犬用の小屋があり、地面に打ち込まれた杭に鎖だけが取り付けられていた。
君は小屋まで進むと、地面に膝をつき、鎖の端のフックを自分の首輪に繋いで正座をする。
小屋の周囲を監視するように、上空の樹木の枝にカメラが設置されているが、もちろん君はその存在を知っている。

小屋の前に清潔な金属製のボウルがあり、その傍らに、水滴が付着した新品のミネラルウォーターのペットボトルが一本だけ置かれている。
君はそのペットボトルを持ち、栓を開けると、二リットルの五分の一程度の中身をボウルに注いだ。
そして、カメラの存在を意識しながら地面に両手をつき、四つん這いになってボウルに屈み込み、冷たい水を啜って喉を潤す。

これから日曜の午後まで、君はこの庭で過ごす。
それは誰も知らない秘密の時間だ。
何が起きるかはわからない。
小屋の中には一枚だけ薄い毛布が敷かれている。

やがてひとまず喉の渇きを癒した君は体を起こし、手の甲で口元を拭って夜の先へと視線を投げる。
微かな風に揺れる樹木の葉擦れの音以外、何も聞こえない。

静かな夜だ。
芝生の起伏の先に、ロビーの窓明かりが見えている。

2007-06-22

五月雨の恋

大きな窓だ。
窓というより、それはガラスの扉で、その先には手入れの行き届いた端正な庭が広がっている。
カーテンは弾かれていない。

窓の外では、今、雨が降っている。
先ほどまではしとしとと静かに降っていたが、急に雨脚が激しくなった。
たちまち風景全体が灰色に煙る。
しかし、ガラス戸はきっちりと閉められているため、室内まで雨音は響いてこない。
雨は音もなく強く降り続いている。

午後の曖昧な時間だ。
まだ夕暮れには早いが、部屋も外の風景も雨雲のせいで薄暗い。
部屋に明かりは灯っていない。
窓辺だけがぼんやりと灰白色に染まっている。

君は今、薄暗い部屋の中央で、全裸で吊られている。
それは、すべてを曝け出した、ありのままの君だ。
もはや君は一人の人間ではなく、単なる物体として、中空で静止している。

室内は薄暗く、外が薄明るいので、ガラス戸によって切り取られた風景は、フレームに収められた一枚の写真のようだ。
部屋には、家具の類いが殆どない。
広い部屋だが、数脚の椅子が置かれ、壁に何枚かの絵が飾られているだけの、無機質な空間だ。
君はその部屋の真ん中で、両手を揃えて上に伸ばし、手首をロープで巻かれ、そのまま天井から吊るされている。
足は完全に浮いていて、非常に不安定だ。
そんな君の体には、全身に亀甲縛りが施されている。
そして、部屋は閉め切られているため若干蒸し暑く、君は微かに汗をかいている。

君の傍らに立つ美しい女性が、唇の端を歪めて嘲笑を目に滲ませながら、君の体を軽く突いた。
吊られたままの君はまるで振り子のように、そのまま頼りなく揺れる。
手首を縛るロープが皮膚に食い込んで、君は苦痛に顔を顰める。
しかし、なぜか君の性器は完全に勃起している。
まるでその部分だけが別の回路で起動しているようだ。

女性が、屹立する君の性器の先端を指先で弾く。
亀頭を尖った爪の先が擦って、君の体がビクンと撥ねる。
その先からは、透明の液が溢れ、糸を引いて垂れている。

女性はそんな君を鼻で笑い、正面で向かい合って立つと、両手で君の両乳首を強く捻り上げた。
甘く濃密な香水が香り、爪が乳首の根元に深く食い込む。
君は「あう」と声を漏らして体を震わせる。
一気に汗が噴き出す。
女性は苦痛に歪む君の顔を覗き込んで憐憫の笑みを向けた後、乳首を解放した。
君は大きく息をつく。

女性が君の側を離れて、窓辺へと歩いた。
そして、窓を開けた。
涼しい風が吹き込み、雨の音が盛大になる。

女性が君を振り向き、腕を組んで微笑する。
風に乗って雨の香りが室内に漂う。
君は五月雨の音によって世界から切り離されながら、浮遊する。

2007-06-05

古城にて

河のほとりに建つ、中世からそのまま残る古城。
暗鬱な灰色の空とその石造りの建物が、鏡のような川面に映っている。
山の中の静かな場所だ。
村の外れにあり、近くに人家はない。

その古城は、さして大きくはない。
いくつかの尖塔を持つ、三階建ての、こじんまりとした城だ。
現在の所有者は、その城を建てた公爵の血筋を引く家系の者だが、そこに住んではおらず、別荘のように使われている。
しかし、無人というわけではない。
普段は、委託された管理人が住み込みで常駐している。
管理人は年老いた執事然とした男だが、ときどき、定期的に近隣の村の商店に買い出しに出てくる他、滅多に城からは出ない。
そして、月に何度か、どこからか黒塗りのベントレーがやってきて、深夜の闇に紛れるようにしてその古城の門を潜る。
その後部座席に乗っているのはいつも若い女性で、運転手も常に同じだが、ベントレーは若い女性を古城で降ろすと、そのままどこかへと消え、数日後、再び深夜に現れると、やはりそのまますぐにどこかへと去っていく。

村の者たちも、その深夜に出入りしているベントレーに気づいてはいるが、話題にすることはない。
その古城とは、誰も関わりたくないからだ。
城は、村の人達にとって、不穏の象徴だった。
城には、古い逸話があった。
昔、気の触れた公爵夫人が城に住んでいて、若い色男をどこからかさらってきては地下の部屋に監禁し、吊るし上げて折檻しては生き血を絞ってバスタブに溜め、その血の風呂に浸かって美肌を保っていたのだという。
それはもう何百年も前の話だが、地下室の拷問室はそのまま残っていて、今も村人は近づかない。
なぜ拷問室が残っているとわかったかというと、何年か前に村の子供たちが数人、遊びの延長で敷地内に忍び込み、一階部分に取り付けられた明かり取りの窓から地下の部屋を覗いたのだ。
子供の話によれば、その小さな窓には頑丈な鉄格子が嵌っていて、薄暗い内部では痩せた裸の男が吊るし上げられていたらしい。
もちろん子供たちはびっくりし、そのまま管理人に見つかる前に逃げ帰ってきたのだが、大人たちは子供たちを叱った後、絶対に口外しないよう約束させた。


君は今日も高い鉄格子の窓越しに、のっぺりとした鉛色の空を見つめる。
既に日付や曜日の感覚はない。
一日の時間の推移は、小さな明かり取りの窓の外の色でわかるが、それだけだ。
そもそも君にとって、「時間」など意味がない。
君はどこにも行かないし、行けないし、君の世界はこの地下の部屋の中で完結している。

城の地下で暮らすようになって、もう何年にもなる。
正確な期間など、もうわからない。
何度か寒くなったり暖かくなったりを経験しているから一年ということはないが、二年かもしれないし、三年かもしれないし、五年かもしれない。
その間、衣服を身に着けた事はなく、体に刻まれた傷跡は増える一方で、減ることはない。
食事は一日に一度、部屋の頑丈な扉の下部に取り付けられた小窓から男の手によって、トレイに載って差し出される。
最初の頃、小窓越しに「あなたは何者か?」とその手の先に向かって尋ねてみたことがあるが、「管理人です」という嗄れた声が返ってきただけだった。
その声は平坦で、何の感情もこもっていなかった。
そして、以来、毎日その男の手は見ているが、会話はないし、顔も知らない。
しかし、君はその見知らぬ男の手によって差し出される食料で「生」を繋いでいる。

「生きている」という感覚はない。
「生かされている」という感覚もない。
君はただ、そこにいる。

2007-05-19

抱きしめて

全裸で背中に両手を回し、その手首をロープで縛られながら床に這いつくばっている君を、ボンデージに身を包んだスタイルのよい女王様が、冷然と見下ろしている。
君の手首を縛るロープが女王様の右手へと繋がっていて、女王様は立ったまま、芋虫のように床に伏せている君を嘲笑う。
しかし、声には出さない。
ただ、蔑みの視線を君の体に注ぎ、唇の端を僅かに歪ませているだけだ。
しかし、君はその気配をひしひしと感じるし、尻から背中、そして後頭部へと静かに移動していく視線を強く意識している。

それでも君は動けない。
全身に鞭の跡が走っていて、君はもう満身創痍だ。
息も上がってしまっているし、厳しい調教によって体力は限界に達している。
しかも、捻り上げられるように手首を背中で拘束されているので、その不自然な体勢のため、全身の筋が妙な具合に張ってしまっている。
君は、顔を横に向け、右の頬を冷たい床に押し付けながら、もうもがくこともやめて、ただ女王様の視線に晒されている。

手首のロープが深く食い込み、皮膚に擦れ、血が滲み始めている。
そして君の尻は、乗馬鞭で激しく打ち据えられたため、ミミズ腫れが無数走り、ところどころ皮膚が裂けて破れ、まるで猿のそれのように赤い。
背中に刻まれた鞭の跡もまるで前衛芸術のように華やかな模様を描いているが、尻の状態は凄惨を極めている。
今後数日はパンツを履くことさえ苦痛だろうし、椅子に座ることさえ辛いだろう。
そもそも、いまは伏せているために見えないが、吊るされて長く鋭い一本鞭で延々と打たれ続けたため、鞭の跡は首から下全体に走っていて、パンツだけではなく、シャツを着ることだって当分は痛みを伴うだろう。
当然、風呂も傷に沁みるから、地獄に違いない。

しかし、すべては君が望んだことなのだ。
誰に強制されたわけでもない。
君は君の意思で女王様に跪き、そして自ら進んで調教を求めたのだ。
君はマゾヒストで、女王様に、まるでサーカスの象のように調教されることに悦びを覚える歪んだ人間なのだ。
鞭の跡、そして痛みは、君の生の証だ。
君は痺れるように疼く痛みに、生命の跳躍を感じる。

女王様がロープを引っ張りつつ君に近づき、そして後頭部を硬いヒールの尖った底で踏み、更に爪先を乗せて全体重を掛けていく。
君は眉間に皺を寄せ、不器用に床に抱かれながら、嗚咽を漏らしてその痛みを受け止める。

2007-03-06

アップルジュース

君は固い床の上で背筋を伸ばしてきちんと正座し、両方の手を軽く握り締めて膝に置きながら、目の前の情景に心を奪われていた。
もちろん全裸だ。
君のすぐ前には椅子があり、そこに美しい女性が脚を組んで座っている。
女性は極限まで短い黒革のスカートに網タイツを履いていて、その足元は爪先が尖ったタイトな黒革のブーツだった。
タイツに包まれた脚の量感が、君をクラクラとさせている。
黒い編み目と白い肌の対比が鮮やかで、しかも適度に肉感的だから、匂い立つような色気がある。
しかし、ブーツはそれほどの代物ではない。
むしろ、充分に履き潰されていて、ステッチも解れかけているほどだ。
一日中履き続けていたからか、汚れてもいる。
そのブーツは一見、この美しい女性に似合わないが、それには理由があった。
彼女はわざとそんなボロボロのブーツを履いているのだった。

やがて女性が組んでいた脚を下ろし、窮屈そうにブーツを脱ぎ始める。
すると生温かい蒸れた匂いが漂い始め、君はそのブーツを脱いでいく彼女の手の動きを注視してしまう。
そして、どうにかブーツを脱ぎ終えると、女性は網タイツに包まれた爪先を君の顔の前に差し出す。
その足には、満遍なく何かが付着していた。
よく見るとそれは、すり潰されたリンゴの残骸だった。

「お前のために今日一日かけてスペシャルなジュースを作ってあげたのよ。まずは、お舐め」
「はい」

君は女性の足の踵を両手で持ち、足の裏に顔を近づけていく。
リンゴと汗と脂と革の匂いが入り交じっていて、君はたじろぐが、命じられたからには従わなければならず、ゆっくりと舌先を這わせ、そしてリンゴの残骸を口に含んでいく。

「おいしい?」
女性が含み笑いをこらえながら訊く。
「はい」
君は女性の足を持ち、爪先から踵まで、編み目の中にまでめりこんでいるリンゴを吸い出しながら頷く。
やがて、ひとまずリンゴの欠片がなくなると、女性は言った。

「じゃあ、タイツに染み込んでいる特製アップルジュースを啜りなさい」
「はい。いただきます」

君は女性の爪先を咥え、そして頬を窄めて吸う。
一本ずつ丹念に指を口に含み、単に甘いだけではない、酸味の効いた果汁を執拗に吸い尽くしていく。
君のそんな真剣な姿を、女性は軽蔑混じりの冷笑で見守っている。

「お前のために、わざわざ一日かけて熟成してあげたのよ。踏み潰して、すり潰して。嬉しいでしょ?」
「はい。ありがとうございます」

君は一心不乱に果汁を吸い取り、全体的に舐めとっていく。
そうしてじきにリンゴの果汁がなくなると、女性は足を下ろし、脱いだブーツを君に差し出す。
君はそれを両手で受け取る。

「たぶんまだ中にも残っているから飲みなさい。そして、残骸も手で掬って食べなさい」
「はい」

君はブーツの中を覗き込んだ。
すると暗くてよく見えなかったが、君はブーツの持ち上げ、履き込み口をグラスの縁に見立てて、爪先方向を更に斜め上へと傾ける。
ゆっくりと中のリンゴの欠片が落ちてきて唇に当たり、続いて生温かい果汁が滑り落ちてくる。
その果汁はたいした量ではなかったが、君はリンゴの欠片を噛み砕きながら飲んだ。
鼻先もブーツの中へ押し込む格好になっているので、君はもう壮絶な芳香から逃れられないでいる。

「どう?」
ブーツの中へ手を突っ込み、奥からリンゴの残骸を掻き出して貪り食う君を見下ろしながら、その冷ややかな目に嘲笑を滲ませて女性が訊く。
「とても美味しいです」

そうこたえる君の性器は卑猥にそそり立っている。

2007-02-02

行灯

畳敷きの部屋は痺れるような寒さだった。
部屋はさほど広くはない。
20帖ほどだ。
ただし、家具が何も置かれていないので、実際より広く見える。

襖がぴたりと閉められた室内は薄暗い。
縁側へと続く障子は全面的に開け放たれ、夜の庭が見えるが、暗い。
庭では石の灯籠が弱い光を点しているが、雑木林の闇を増幅させる効果しかなかった。

部屋の天井には太い梁が渡されている。
それは黒光りして、艶やかに濡れたように見える。
その梁に、麻の縄がかけられ、そこに、口に馬のハミに似た枷を嵌めた全裸の君が吊るされている。
君は揃えて上げた両手の手首を括られ、そのまま両足と一緒に、天井の梁に吊り下げられている。
君の体は、床から1メートルほどの高さでほぼ水平に浮かんでいるが、若干背骨を反らし気味だ。
それは不自然な体勢だが、妙なバランス感覚も同時に保たれている。

そんな君の体を、畳の上に置かれた行灯の柔らかい光が微かに照らし出している。
その黒い影が、拡大して天井や襖に映っている。
君が手首や足首で擦れる縄の痛みに体を微妙に揺り動かすと、影も揺れる。

君の傍らに、ボンデージ姿の美しい女性が立っている。
その黒い革の衣装も、行灯の光を受けて妖しく艶めいている。
女性の手には、長い鞭が握られている。
それはまるで薄闇に蠢く黒い毒蛇だ。

やがて女性が、優雅な身のこなしで鞭をふるった。
鞭はしなやかに波打ち、君の体に赤い跡を刻む。
その鋭い衝撃に、君は浮かんだまま身を捩った。
叫びそうになったが、口には枷が嵌められているため、くぐもった息しか洩れない。
数発の鞭が連続して君の体に打ち込まれると、たちまち全身から汗が吹き出た。
君は声にならない呻きを洩らしながら、刻まれ続けていく鞭による傷の痛みと同時に、縄が擦れる痺れに似た痛みにも耐える。
麻の縄は体を吊り下げる為に梁へと続いている手首や足首だけではなく、全身に巻かれているので、体が揺れる度に肌に食い込み、君は脂汗を滲ませる。

部屋に、君の体を打ち据える鞭の音だけが響き続ける。
行灯の明かりが、闇の中に君を微かに浮かび上がらせている。

2006-12-21

Happy Christmas

硬質な靴音が近づいてくる。
レンガの壁に凭れ、コンクリートの冷たい床で膝を抱えて座っていた全裸の君は、俄に緊張し、鉄格子の向こうの廊下へ視線を投げる。
寒さのため、股間の性器は完全に萎えている。
狭い独房だ。
明かり取りの窓が高みにあるが小さく、もちろん鉄の格子が嵌められており、そこから流れ込む青い月光は格子によって千切れて床を濡らしている。
君はその差し込む光から逃れるようにして蹲り、壁に凭れて座っている。
この房には監視のためのカメラが設置されているが、近頃ではもうその存在を気にすることも無い。
君は常に身も心も剥き出しであり、それが普通なのだ。

そんな君の両足には重い鉄球の付いた足枷が嵌められており、首には革製のベルトが巻かれている。
そのベルトは、リードを装着すればすぐに首輪として使用可能だが、独房内にいる現在の君のベルトにリードは付いていない。
繋がれていなくとも、どうせこの独房から出ることなどできず、どこへも行けやしないのだ。
しかし鉄球と繋がる足枷は、どんな時であっても外されることが無い。
それは一応、脱走防止の為の措置で、もう今の君にそのような不埒な発想はないのだが、単なるアクセサリーとしてそれは付いている。
ただし、鉄球の重量は20キロもあるため、気軽にアクセサリーと呼ぶにはいささか重く、房内をただ歩くだけでも相当な労力を要してしまうのだが、そのような事情など考慮されるはずがない。
なぜなら、「人間」ではないからだ。
所詮は奴隷、あるいは家畜であり、「人権」という言葉からは最も遠い場所で生きている。
それが、君だ。

やがて格子の扉の前に美しい女性が立った。
黒革のロングブーツに看守の制服を着て、コートを羽織っている。
女性の右手にはこの独房の鍵と長い鞭、左手に革製の大きな鞄が持たれている。
君は立ち上がり、扉に近づいて正座し、床に両手をついて頭を下げ、その額を床につける。
扉が解錠され、鉄が軋みながら開かれる。
君は額を冷たい床につけたまま、その音を聞く。

「顔を上げなさい」

女性の感情のない冷酷な声が響く。
君は怖ず怖ずと顔を上げる。
しかし両手は床についたままだ。
女性がしゃがみ、鞭と鍵の束をいったん床に置いて、鞄を開く。
そしてその中から金属製の平たいボウルを取り出すと、それを君の前に置き、続いて白いケーキを箱から出してそのボウルの中に投げ入れた。
円い、苺の載った可憐なケーキがボウルの中で崩れる。

「今夜はクリスマスイブだから、特別よ。嬉しい?」
女性が微笑んで訊き、君は大きく頷く。
「嬉しいです」
「そう……」

女性は更に鞄から二本の太くて赤いロウソクを取り、君に命じた。
「両手を、手のひらを上に向けて差し出しなさい」
「はい」
君は命じられた通り両手を前に出した。
女性はその手のひらに一本ずつロウソクを置き、ライターで火をつける。
「落とすんじゃないわよ」
「はい」
君はロウソクに注意を払いながら慎重に頷く。
寒さのためにその手は小刻みに震えたが、君はそれを抑え続ける。
オレンジ色の小さな炎が壁に映って揺れる。
その火影が女性の美しい顔を幻想的に照らす。

次に、女性は鞄から星の形をした飾りが付いたピアスを取り出し、君に近づく。
女性の甘い香りが君を包み込む。
女性は冷たく微笑み、ピアスの針を君の右の乳首に突き刺した。
鋭い痛みが走り、君は歯を食いしばって耐える。
銀色の星にロウソクの灯が撥ねる。

「飾ってもらえて嬉しい?」
妖艶な笑みを浮かべて女性が首を軽く傾げてみせる。
「はい。嬉しいです」
君は右の乳首に星のピアス、両手に赤いロウソクを掲げ持ったまま頷く。
溶けた蝋が流れて手のひらに落ち、その熱に君の表情が一瞬歪むが、君は耐える。
乳首から一筋の血が細く流れる。

「良かったわ」

女性はそう言うと、立ち上がり、コートの前をはだけてパンツのベルトのバックルを開いた。
そしてベルトを外し、パンツと黒いレースのショーツを下ろして、ケーキの入ったボウルを跨ぐ。
君は息を詰めてその様子を見守る。
目の前に女性の股間を彩る淡い陰が迫り、君はついその茂みを見つめてしまう。
やがて、女性の股間から金色の温い水が湯気を漂わせながら噴出し、ケーキに降り注ぐ。
勢いよく迸るその水流に、ケーキの表面はたちまち崩壊し、ボウルの底に黄金色の液体が溜まっていく。
ケーキの甘い匂いの中に、ツンと鋭いアンモニア臭が混じり、仄かな湯気とともに立ち昇る。
長い放尿が終わり、女性は再びパンツを穿くと、崩れかけているケーキに何度も唾を吐き、そのボウルの中にブーツの爪先を突っ込んだ。
そして爪先と踵を使って執拗に踏み潰し、そのブーツの先でケーキの欠片を掬うと、それを君の口許に突きつけた。

「食べなさい」
「ありがとうございます」

君はロウソクを落としてしまわないように気を配りながら心持ち前へ体を乗り出し、そのブーツの爪先のケーキの残骸を口に含んだ。
「全体に綺麗にしなさい」
女性にそう命じられ、君は「はい」と頷くと、続いて舌を伸ばしてブーツの表面を入念に舐めていく。
女性は壁に手をついて体を支えながら、必死に上体を捩り丹念にブーツに舌を這わせ続ける君を冷然と見下ろしている。
じきに、おおかたブーツのケーキが取れると、女性は足を下ろし、君を退けた。
君は再び元の姿勢に戻る。

「じゃあ、残りは自分で食べなさい。もちろん、ロウソクはそのままよ。カメラで見ているから」
「はい。有り難く頂戴させていただきます」

君は丁寧に頭を下げる。
女性はそれを冷たく鼻で笑って鞄を手に取り、一度だけ君の後頭部を踏みつけてから鞭と鍵束を持つと、君の房を出て施錠し、立ち去った。
君は遠ざかる靴音を聞きながら漸く頭を上げ、ボウルを見つめた。
そこには、嘗てはケーキだった物体が完全に変質して金色の温い水の中に沈んでいた。
苺も、もう跡形なく潰れて生クリームやぐちゃぐちゃのスポンジと混じり合い、それは金色の液体に滲み出ている。

君は赤い両の手のひらでロウソクを掲げたまま器用に体を折り、ボウルの中に突っ伏した。
そして、口だけでその嘗てはケーキだった物体を頬張る。

2006-12-18

不安定な逆転

君の世界は今、逆転している。
天井が足許にあり、床が頭上にある。
しかも、今の君は不安定だ。
視界はゆらゆらと微妙に揺れている。

君は、頭と足の位置を逆にして吊られている。
全裸の全身に麻縄が巻かれ、そのまま足首から天井に吊り下げられている。
ちょうど踝の上あたりで揃えて拘束された足首に麻縄が食い込み、少しでも体が揺れる度にそれは擦れる。
天井には滑車があり、麻縄はそれを利用して君を中空に浮かべている。
頭のてっぺんから五センチくらい下に、コンクリートの床がある。

君は、頭に血が下がるのを自覚しつつ、しかし性器を勃起させている。
卑猥な姿だ。
その姿は、壁の鏡で君にも確認できる。
しかも、君の体は亀甲模様に縛られているだけではなく、鞭の跡が胸前から太腿あたりまでかけてびっしりと刻まれている。
その跡は赤く、貧相な君の体を自由に走っている。
中には、血が滲みだしている傷もあるが、君にはどうすることもできない。
今の君は、限りなく無力だ。
両手は後ろに回されて腰の辺りで縛り上げられている。
そして体を動かせば、重力のせいで縄が全身に食い込み、尚更辛くなるだけだ。

カツカツカツカツと硬い靴音が近づいてくる。
見ると、素晴らしいプロポーションを革のボンデージに包んだ美しい女性が、冷酷な笑みを浮かべながら君の体へと歩み寄ってくる。
その手には、鞭が握られている。
長く、しなやかな一本鞭だ。
細い先端が床に触れ、這いずり回るようにその美しい女性の後ろに従っている。
それはまるで女神に従順な黒い蛇のようだ。

美しい女性が君の傍らに立ち、気まぐれに君の体を軽く突いた。
縄が軋み、君の体がボクシングジムのサンドバッグのように揺れる。
女性が動くと、微かに香水の匂いが漂って、それが君の弛緩気味の脳を刺激する。
吊るされている君の視界には、女性のロングブーツだけがあり、膝から上を直接見ることはできない。
鏡の反射を利用すれば女性の後ろ姿を視認することは可能だが、表情まではわからない。

女性が、天井の滑車から下がる鎖を手繰った。
ガラガラガラガラと大きな重厚な音が響いて、君の体が逆さまのまま回るように揺れながら上昇を始める。
そして、頭のてっぺんと床が三十センチほど離れたところで、女性は鎖を手繰るのを止めた。
上昇が止まり、やがて回転と揺れが収まる。
君のすぐ目の前に、女性の太腿の豊かなボリュームがある。
更に、少し視線を上へ向ければ、ハイレグのショーツの三角の部分がそこにはある。
しかし、その距離は永遠に縮まらない。

君は中空で静止している。