2009-04-13

放課後の密かな冒険

「おまえさー、マジ超受けるんだけどー」

脚を組み、煙草を指に挟んで椅子に座っている制服姿の女の子が小馬鹿にした口調でケラケラと笑いながら、足許の床で膝立ちの姿勢を保ち続ける君を見下ろす。
君は今、ブレザーとスラックスとパンツを脱ぎ、シャツとネクタイと靴下だけを身に付けた哀れな姿で、下半身を露出している。
そのペニスは既に限界まで反り返っているが、仮性包茎のため、まだ亀頭の半分は皮に被われている。
女の子の視線がその貧相なペニスに注がれているのを感じて、君はさりげなく右手をペニスに添えると、そっと皮を剥いた。

「何気にしらっとチンポの皮、剥いてんじゃねえよ」

嘲笑しながら女の子は脚を投げ出し、君の額を紺ハイソの爪先で小突いた。

「すいません」

素直に君はペニスから手を離した。
すると皮の状態はまた元に戻り、君は視線を床に落とした。
その君の鼻先に、女の子は爪先をあてがい、そのままぐいっと押し付けるようにして君の顔を上向かせる。

「ちゃんとこっち見ろよ、包茎」
「はい、すいません」

君は恐る恐る探るような眼で椅子に座っている女の子を見上げた。
すると、短いスカートの奥に白い布が垣間見えた。
その瞬間、「凝視したい」という気持が爆発的に沸き起こったが、君はその気持を無理やり抑え込み、微妙に視線を外した。
鼻腔を被うように押し付けられた爪先からは、生暖かい臭気が漂っている。
君はさりげなくその匂いを静かに吸い込みながら、分身を一層硬直させる。
足の裏の布地はほんのりと湿り気を帯びていて、その温い感触が君の顔の大部分を包み込んでいる。

「しっかし、不様な姿だな」

女の子は煙草の灰を床に落としながら侮蔑的な苦笑を漏らすと、君の顔を踏んだまま蔑んだ眼で君を見下ろした。
その鋭い眼光に射すくめられ、君はまるで猛禽類に捕らえられた非力な小動物のような気持に陥りながら、怯えた眼を彼女に向けた。
そんな弱々しい君の瞳の中には、歪んだ卑屈さのようなものが滲んでいる。

「なんか不服か? あ?」

唇の端に煙草を咥えたまま、女の子は足を君の顔から外し、前屈みになると、君のネクタイを掴んで引き寄せ、次の瞬間、鋭いビンタを浴びせた。

「いえ、不服なんて……滅相もございません」

打たれた頬に熱を感じながら、そしてまだネクタイを引っ張られたまま、それでも君は慌てて大きく首を左右に振った。
「ったく、何もかもがウザくてムカつくんだよ、皮被りのド変態」
「すいません……」

君はこの生徒の担任で、歳の差はゆうに二十歳を越えている。
しかし今、君はその二十歳以上も年下の自分のクラスの生徒の前で性器を露出しながら跪き、軽蔑され、屈服させられている。
もちろん、これには理由がある。
約十五分前、君はボーダーラインを自ら越えてしまったのだ。


元々、君はマゾだ。
女子高の教師というこの職に就く前からそうだし、就いてからも、そして現在もそうだ。
マゾに目覚めたのは大学生の頃で、以来、ずっとその性癖は変わらないどころか、ますます先鋭化している。
異性には奥手な子供だったから、ごく一般的な恋愛経験はほとんど無いに等しく、むろん独身で、君は今でもSMクラブなどに通って自らのM性を存分に解放している。
しかし、君が本当に苛められたい、そして侮蔑され嘲笑され跪きたいと思う異性は、クラブの女王様や大人のS女性ではなく、自分の生徒たちのような十代の女の子だった。
それも、いわゆる上品なお嬢様系ではなく、お世辞にも偏差値が高いとはいえない自分の高校の生徒のような、派手でやんちゃな感じの女子高生が、君にとってはとにかく憧れの対象だった。
ただし、そうはいっても、その願望を実行に移すのはリスクが高すぎて、流石の君でも妄想で留めていた。
いくら君が生粋の変態でも、自分の生徒たちにその性癖を堂々と開陳することはできない。
そんなことをすれば学校に居られなくなるだけでなく、社会的にも抹殺されてしまうだろう。
君は、SMプレイの中でひとたびマゾとして覚醒すれば恥という概念など完全に脱ぎ捨てることのできる変態だが、実生活では自分でも嫌になるくらい慎重で臆病な小心者だから、とてもではないがマゾの自分をリアルな世界で肯定することはできない。

だから、君は常にラインのギリギリ内側に踏みとどまって、その欲望を中和させている。
その手段は、放課後の密かな冒険だ。
君は生徒たちが去った後の教室の机やロッカーの中や、昇降口の下駄箱の中を漁り、目をつけている女生徒の所有物を一時的に拝借し、妄想に耽るのだ。
具体的には、体操着やタオル類や上履き等を使用する。
たとえば体操着なら、それらの匂いを嗅ぎ、ひとりきりの教室でペニスを大胆に露出して擦りながら、頭の中では、その光景を当人に見つかってバカにされ小突き回される、というシチュエーションを構築して自分の歪んだ性癖を慰めるのだ。

しかし、今日はいつもと勝手が違った。
ついに、もっとも恐れていたハプニングが発生してしまったのだ。
今日は一日中どんよりとした曇り空の日で、体育の授業もあったし、普段以上に君は悶々としていた。
だから、目をつけている子が下校したのをさりげなく確認した瞬間、どうにも我慢できなくなり、昇降口周辺に人の気配が絶えたことを確かめてから、いつもより少しだけ早い時間に下駄箱を漁り、こてんぱんに履き込まれた上履きを手に取った。
そして、周りに誰もいないことを充分に再確認してから、ずらりと並ぶ下駄箱の陰にその上履きを持って身を潜めると、君は喜び勇んで内側の匂いを嗅ぎ、中敷を舐め、ズボンの中からいきり立ったペニスをもどかしげに引っ張りだして、一心不乱に擦り始めた。
中敷に沁み込んだ香気は、まるで老舗の厨房の鍋の中で何十年もじっくりと煮込まれ続ける秘伝のスープのように濃厚でまろやかで深みのある味わいだった。
君は小声でその生徒の名前に「様」を付けて呼びながら、半眼になって歪んだ世界に酔いしれた。
そのうち、更に昂ってきた君は、鼻腔に伝わる匂いや舌先を痺れさす感触だけでは物足りなくなって、靴の中に自らのペニスを入れると、黒ずんだ中敷に亀頭を擦り付けながら、その上履きごと激しく動かした。
その時、怖れていたことが起きてしまった。
ひたすら夢中になっていたその時、何か忘れ物でもしたのか、なんとその上履きの持ち主である当の生徒が戻ってきてしまったのだ。
気づいた時は、もう遅かった。
「てめえ何やってんだよ」
という声で君は我に返ったが、まるでオナホール代わりに上履きを使っている真っ最中で、どんな言い訳も通用しそうになく、君はそのまま「ちょっと来い」と誰もいない教室に連行されてしまった。
そして、マゾであることを強制的に告白させられ、君は「もう終わりだ」と観念しながら、その自分の生徒に跪いたのだったーー。


「だいたいなー」

女の子が、心底から呆れ返った口調で言う。
「生徒の上履きでシコシコとか、おまえの今の格好とか……『教師』としてどうこうとか『大人』としてどうこうとか以前に、ぶっちゃけ『人』としてダメだろ? なあ? 頭大丈夫か?」
ネクタイを掴んだまま、女の子が君の頭を平手で叩く。
「申し訳ございません……」
確かに生徒の言う通りで、君に反論の余地はなかった。
「ったく、マジでキモいわ、おまえみたいな糞変態は」
そう言うと、女の子はネクタイをぐいっと引き寄せて君の顔にペッと唾を吐いた。
君はその唾を拭いもせず、力なく項垂れた。
生暖かい唾が顔面を伝い落ちていく。
生徒から顔に唾を吐かれるなんて、屈辱の極みだった。
しかし、謝罪の言葉を口にし、神妙に体を小さくしながらも、君のペニスは破廉恥にそそり立っている。
女の子はネクタイを離し、椅子の背凭れに背中を預けると、再び脚を組んでその爪先を君の目の前でぶらぶらさせた。

「この足が舐めたくてウズウズしてんだろ?」

女の子が君の目の前、十数センチの距離でソックスに包まれた足の指先を動かしながら言い、もうすべてを捨てる覚悟を決めた君は、「はい」と頷いた。
実際に、舐めたくて仕方なかった。
もうこれ以上、理性は保てなかった。
限界だった。

「こんな蒸れた臭い足が舐めたいとは……正真正銘の変態だな」

鼻で笑い、女の子が続ける。

「なあ、この足が舐めたかったら、こう言ってみ。『ぼくは女子高生の蒸れた臭い足が大好きな変態マゾ教師です』って」
君は意を決するように唾をごくりと飲み込んだ後、眼を瞑り、そのまま復唱した。

「ぼくは女子高生の蒸れた臭い足が大好きな変態マゾ教師です!」

「本当に言いやがった。どんだけ必死なんだよ」
女の子はあからさまに嘲笑い、言った。
「じゃあ、とりあえずこの靴下を口で咥えて手を使わずに脱がすことができたら、舐めさせてやるよ」
「ありがとうございます!」

君は目を輝かせながら猛然と爪先に吸い付き、若干だぶついている先端の布地をそっと噛むと、床に両手をついて支点にしながら頭を振って靴下を引き抜いた。
もう恥も外聞も無かった。

「超必死ー、マジ笑えるー」

女の子は笑っていたが、君が靴下を脱がせ終えると、そのまま「ほれっ」と笑いながら足の指を君の口の中に捩じ込んだ。
君は歓喜しながらその足の踵を両手で支え、指を一本一本丁寧にしゃぶったり、口の中に何本か同時に含んでそのまま舌を縦横無尽に蠢かせたり、足の裏を舐めあげたり、女子生徒の足全体を充分に堪能してゆく。

「なんか舐め慣れてるって感じじゃん。ていうか、おまえ、どうせこういうこと想像してオナニーしまくってんだろ?」

女の子が、机に煙草の先を押し付けて火を消しながら訊く。

「ふぁい」

君は足の裏に頬擦りし、指の付け根のぷにぷにした肉の部分に鼻先を埋めて匂いを吸い込み、指を丹念にしゃぶりながら、陶酔したままこたえる。
無意識のうちに、君は左手だけで女の子の投げ出された足の踵を支え、右手でペニスを握り、扱き始めている。

「オナってんじゃねえよ」

手を叩いて大笑いしながら女の子は足の指を、まるで挑発するように動かす。
ついでに「面白いから撮っておこ」と言って、携帯のカメラで足を舐めながら自慰をしている君の姿を何枚か撮影した。
君は写真を撮られてしまったことに不安と恐怖心が湧いたが、一度タガが外れたマゾ性はもう止まらなかった。
君は足の指に集中し、執拗に舌を絡めつかせ、ペニスを扱く手のスピードを加速させていく。
そのスピードに同調するように息遣いも荒くなっていく。
そして、やがて君は「あっ」と短く叫び、絞るように精液をピュッピュッと噴出させた。


……君は射精を終えると、上履きの中から自らのペニスを引き抜いた。
中敷にべっとりと付着した精液を、まだ固い亀頭を使って丹念に塗り込み、それから手早くペニスをズボンの中にしまった。
そして、使った上履きを下駄箱に戻し、君は悠然と無人の昇降口を後にすると、薄暗い廊下を職員室へ向かって歩きだした。

2009-03-11

蹴ラレ屋

君には、周囲の誰にも言っていないバイトがある。
それは、「蹴られ屋」だ。
ふだんは地味なサラリーマン生活を送っているが、不定期で、人に蹴られるバイトをしている。
「人に蹴られる」といっても、相手は女性限定だ。
十分千円で、蹴られている。
客は別に殴ってもよいのだが、たいていの人は蹴る。
殴ると自分の手も痛くなるから、客としては、殴るより蹴った方が思う存分やれて、楽しいらしい。
だから君は「蹴られ屋」を自称している。

客は、主に勤め先の女性社員だ。
たまに、もちろん女性だがその友人たちや取引先関係の女性も混じる。
バイト自体は、約半年ほど前から始めた。
始めたというより、ただ単に始まった。
きっかけは、一回り近く年下の女性社員に午後の給湯室で「ほんとにグズいオヤジでムカつくわ!」とキレられ、そのまま足蹴にされた時、ついマゾヒストとしての部分が覚醒して勃起してしまい、それをその女性に発見されて、「おまえマゾかよ」と嘲笑われ、そのまま「だったら、これから先、十分千円払ってやるから、好きな時に蹴らせろ」と言われたのだった。

君はそれに従い、以来、「蹴られ屋」を始めた。
初めのうちはその女性社員だけが君を蹴っていたが、そのうちにその女性の同僚、友人、取引先関係、と客が増えていった。
君が女性たちに蹴られるのは、たいてい平日の夜だ。
午後の間にメールで注文が入り、就業時間の終了後、客が同じ社の人間なら事務所が入っているビルの屋上に呼び出され、十分千円で蹴られる。
違う場合は、別の場所がその都度設定され、君は出かけていく。
蹴られている十分間、もちろん君は一切反撃できない。
ただし、女性たちも、君の顔は蹴らない。
顔を蹴れば、跡が外から見えてしまうからだ。
君の体には既に青痣や打撲が耐えないが、幸い骨折はしたことがないし、顔は綺麗なものだ。
だから、客である女性社員たち以外、君が蹴られ屋であることは知られていない。


今日も、君は仕事を終えた後、ひとりで屋上へ向かった。
そして、無人の屋上の物陰でスーツを脱ぎ、全裸になった。
その時、三人の女性がやってきた。
客はひとりのはずなので、残りの二人は見物だ。
今日の客は、同じ部署の二十三歳の女性で、ふだん君は「クン」付けで仕事を命じている。
しかし、この屋上では、立場が逆転する。
君は股間を手で隠しながら女性たちの前まで進み出て、土下座をした。
客の女性が腕組みをしながら、床に額をつけた君の後頭部をパンプスの底で踏んだ。
そして、千円札を一枚、ひらひらと落とし、「拾え、カス」と言う。
君は、「ありがとうございます」と言って、頭を踏まれたまま手を伸ばし、目の前に落下したその千円札を拾った。
そして、丁寧に畳んで手の中で持つ。

女性は足をどかし、君の髪を掴むと、そのまま立ち上がらせた。
身長の高い女性なので、向かい合って立つと、君とほとんど背丈は変わらない。
しかし、女性は着衣、君は既に半勃起状態の全裸なので、人としての威厳に差があり過ぎた。

「足、開け」

女性は腕組みしたまま顎をしゃくって君に命じた。
その冷徹な眼に見据えられて、君は千円札を握りしめたまま、緊張しながら足を開いて立った。
次の瞬間、女性は君の股間を渾身の力を込めて蹴りあげた。
バスッ、という重い音がして、女性のパンプスの甲が君の陰嚢を真下から抉った。

「ぐえっ」

君は声にならない声を漏らして思わず飛び跳ねた。
衝撃で、息が詰まった。
さらにその貧相な胸板を、女性は後ろ回し蹴りのようなスタイルで蹴り飛ばした。

君はそのまま派手に後方へ吹き飛び、コンクリートに強く背中を打ち付けて蹲る。
女性がすぐに追いかけてきて、そんな君の体を連続で蹴った。
君は体を丸めながら「すいません、すいません、すいません」と呪文のよう小声で繰り返す。
その声を、女性たちの乾いた笑い声がかき消し、「すいません、じゃねえんだよ! どうせ勃ってんだろ、糞変態!」という嘲りの声とともに、女性は更なる蹴りを浴びせた。
実際、君は激しく勃起していた。
気がつけば、他の二人も笑いながら参加して君を好き勝手に蹴り飛ばしている。

厳密にいえば、千円しか受け取っていないので、君を蹴る権利を持っているのはひとりだけだ。
しかし、君に苦情を申し立てる勇気はなく、ひたすら体を丸めて蹴りの嵐に堪えている。
どうせ、いったん始まってしまえば大抵の場合、十分では終わらないし、最初の取り決めなどたいして意味はないのだ。
三人でこの場に現れた時点でこうなることは君自身、経験上わかっていた。

やがて、ずっと千円札を握りしめていた君の手が、つい開いてしまった。
その瞬間、手の中にあった千円札が、風に巻かれながらどこかへ吹き飛んでいった。

2009-01-10

リサイクル

「ねえ、ちょっと」

飼い主である美しい女性が、君を呼んだ。

広いリビングルーム。
女性はソファに身を沈め、長い脚を優雅に組んでいる。
全裸の君は、キッチンで食事の後片付けをしていたが、呼ばれて直ちにその足許へ駆け寄った。
そして跪き、深々と頭を下げて絨毯が敷かれた床に額をこすりつける。

「何か御用でございましょうか」

女性はストッキングの足で君の頭を踏み、地面に捨てた煙草を消すようにぐりぐりと踏みにじりながら、言う。

「なんかね、この頃、おまえに飽きたのよ」

君はその言葉に、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けたが、額を床にこすりつけて後頭部を踏まれたまま、ただひたすらじっと身を固くしていた。
それは奴隷の身分である君にとって、返答のしようがない言葉だった。
やがて頭から足がどけられ、君は恐る恐る顔を上げながら、飼い主に縋るような視線を向けた。

「あのう、何かわたしに問題があるのでしょうか。あるのならば、仰ってください」

君の体は恐怖で震えている。
そんな君を冷徹な微笑で見下ろしながら、飼い主の女性は煙草をくわえる。
すかさず君はテーブルの上のライターを取り、「失礼します」とその煙草に火をつけた。
女性は何も言わずその火に屈み込んで煙草の先に移し、煙を細く君に吹きかける。

「べつにおまえに問題なんか何もないわ。忠実だし」

「それでは、なぜ?」

「なぜ?」

ふっと顔貌から感情を消して女性は眉を顰め、座ったままいきなり君を蹴っ飛ばした。

「どうしてわたしがおまえにわたしの事情をいちいち説明しないといけないの!」

「申し訳ございません!」

後方へ無様に転がった君は直ちに体勢を立て直して再び女性の足許でひれ伏した。
恐怖が君を被う。
その頭を女性は足で踏み、静かに言う。

「とにかく、おまえはもう要らない」
「は、はい……」
「何か理由が必要かしら?」
「い、いいえ……必要ございません……」

君はひれ伏して頭を踏まれたまま小声でこたえる。
ふつうなら理由もなく一方的に捨てられるなんてこのうえなく理不尽な話ではあるが、君と飼い主の関係は「ふつう」ではないから、とくに問題はない。
君は命じられたら従うだけの、単なる奴隷だ。
生かすも殺すも、拾うも捨てるも、すべては女性の自由であって、君の意思など関係ない。
そもそも最初から「人間同士」の関係ではないのだ。

「だけど……」

女性は足を下ろし、爪先を君の顎に掛けると、そのままぐいっと上へ持ち上げて前を向かせた。

「おまえはまあまあ調教できているし、ただ捨てるのは、惜しいというより、ちょっと勿体ない」

君は激しく困惑していたが、その言葉の中に僅かな光明を見いだしながら、飼い主の次の言葉を待った。
どうか捨てないでください、という言葉が喉元までせり上がってきて出そうになったが、そんな発言が奴隷である君に許されるはずがないので、君はただ怯えていた。
女性が足を下ろし、続けて言う。

「だから、人に譲ることにしたわ」

そう言って、君をじっと上方から見つめる。
その瞬間、君は目の前が真っ暗になるのを感じた。
そして、足元がガラガラと音を立てて瓦解していくその壊音を心の中で聴いた。

「もうおまえの代わりに飼う新しい奴隷の手配もしてあるし、要するに、不要品のリサイクルってわけ」

女性は君の返事を待たず続いて自分の友人の名前を挙げ、「明日、おまえを取りにくることになってるから、今夜中に荷物をまとめておきなさいね」と言い、「もう、いいわ」と、まるで犬でも追い払うかのように手のひらをヒラヒラさせて君に下がるよう示した。

「し、失礼いたします」

君は再度深く頭を下げ、よろよろと立ち上がった。
突然の衝撃が大き過ぎて、何も考えられなかった。
ただ「絶望」という言葉が君の脳裏をふっとよぎり、そのまま居座った。
それでも、君にはまだ食事の後片付けという奴隷としての仕事が残っていた。
君は打ちのめされた気分でキッチンへ戻っていく。

そんな君の後ろ姿を、女性は微笑を浮かべ、煙草を悠然と燻らせながら眺めている。

2008-11-27

狭く小さな楽園

君は最近、週末にアルバイトを始めた。
不況の折、残業代はカットされるし、しかし欲しいものはあるし、それならば暇な時間を有効に活用しようと考えたのだ。
もちろん、職場には内緒だ。
バイトは禁止されているし、そもそもなるべく人にその仕事をしている姿は見られたくない。

君のバイトは、警備員だ。
とはいえ土日しか出勤できないし、さすがに毎週きっちり出ていたら休日がなくなってしまうから、月に数回、臨時のイベントなどに派遣されることが多い。
そして、今週末、実は密かに楽しみにしているイベントの警備の仕事が入っている。

君が派遣されるイベントは、女子中高生に圧倒的な人気を誇るファッション・ブランドが企画した野外フェスだ。
何組かのロックバンドが出場するが、もちろん君の楽しみはその出演者ではない。
君の目的は、その会場に集まる客だ。
真夏の土曜日の真っ昼間に集まってくる客が、ほとんど女子中高生なのだ。
その光景を想像しただけで、君は気持が高揚してくる。
君は、ギャルとか派手な若い女性に罵倒されたり、理不尽な暴力をふるわれたいと切に願う歪んだマゾヒストなのだ。

当日。
君は警備本部でスタッフ用のTシャツを支給されて着替え、IDフォルダーを首からぶら下げると、所定の警備位置へ向かった。
ステージでは音響とライティングの調整が行われ、たくさんのスタッフが行き交っている。
野外の会場なので、開放感がある。
まもなく開場のため、ゲート付近には人だかりができている。
ちらりとそちらへ眼をやると、九割以上が若い女性のようだ。
なかには男性もいるが、圧倒的に数は少ない。

会場をぐるりと囲むように、物販の店や警備や医療などのテントが並んでいる。
そしてその隅に、簡易トイレがずらりと並んでいる。
一応は男性客のためのボックスもあるが、女性用のほうがはるかに数が多いし、混乱しないようにエリアが分けられ、隔てられている。

やがてゲートが開き、会場は瞬く間に若い女性たちで埋め尽くされた。
暑い日なので、誰もが既に汗をかいている。
君は客席のエリアの手前で警備につく。
といっても、とくにやることはない。
ただそこに立っていれば、時間が過ぎていく。
それでも、次から次へと若い女性が肌を激しく露出させ、その肌に汗を浮かべて通り過ぎていくのを眺めていると、君はなかなか平静ではいられなくなってくる。

日差しが激しい。
ステージでは演奏が始まった。
しかし自由な雰囲気のフェスなので、会場内には常に人の流れがある。
君はステージに背を向けて、警備スタッフとして立ち続ける。
汗ばんだ若い女性たちの甘ったるい体臭が充満する会場内の暑い空気を吸い続けていると、理性を失いそうになってくる。
派手な女性が通りすがりに、さりげなくチラリと視線を投げ、思いがけず目が合うと、君はわけもなくドギマギしてしまって、つい俯いてしまう。
そして、また、つと仮設トイレのエリアに目を向ける。
入れ替わり様々な女性たちが使用していて、君はその個室内の光景を夢想して悶々としてしまう。
これだけの人数がいるのだから、相当量の排泄物があのトイレ群のタンクの中には溜まっているはずだ。
それを思うと、変態の君はつい興奮してしまう。

そんなことを半ば暑さで朦朧とした頭で考えていた時、君は背後から不意に声をかけられた。
「ちょっとー」
どこか横柄な、しかし可愛らしい若い女の声だ。
「はい?」
君が振り向くと、そこにはキャミソール姿で首にタオルを巻いた二人の女の子が並んで立っていた。
ひとりは青、ひとりはピンクのタオルを首に巻いていて、大胆に開いた胸元にはアクセサリーが光り、その小麦色の肌は汗ばんでいる。
「なんですか?」
重ねて尋ねると、ピンクのタオルを首に巻いた女の子が、言った。
「ちょっと来てくれない? マジ困ってんだよ」
「どうしたんですか?」
「あんたスタッフでしょ? いいから来てよ」
「は、はい…」

いまいち事態が把握できなかったが、君は女の子たちと一緒に歩き出した。
そして、どこへ行くのかと思っていると、やがて仮設トイレが並んでいるエリアに到達した。
そこで、ようやく女の子のひとりが口を開いた。
青いタオルの女の子だ。
「あのさ、一番端の個室に友達が入ってんだけど、なんか詰まってるらしいのよ。で、出たくても出てこられないってわけ。だから、あんたスタッフだったらさ、こそっと行って友達をさりげなく出してあげてよ。詰まったまんま出てきたら、後から入る人に何言われるかわかんねえじゃん」
「しかし、それは……」
内心君は堂々と女子トイレに入れることに心がときめいたが、残念ながらそれは君の仕事ではなかった。
君は会場の警備員であって、清掃要員ではない。
その旨を君は説明しようとしたが、女の子たちはまるで聞く耳を持たず、「早く」と君の背中を押した。

君は仕方なく個室へと近づいていった。
ピンクのタオルの女の子が携帯電話を取り出して、誰かと喋り始めた。
内容を盗み聞きすると、どうやら中にいる友達と連絡を取っているようだった。
そして、その女の子が君を見て、「行け」というように顎をしゃくった。
君はそのタイミングに合わせ、控えめにドアをノックした。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけると、「大丈夫なわけねえだろ」という声とともにドアが開いた。

浅黒く日焼けした女の子が個室から出てきて、君のシャツの胸元を掴むと、ぐいっと個室の中に引き込んだ。
「おまえが詰まらせたことにしろ、ハズいから」
そう言いながら立ち位置を入れ替え、君の背中を強く押す。
君はつんのめるようにして個室内に入った。
すると、その狭いスペースには凄まじい臭気が立ちこめていて、君はたじろぎながら、その臭気の根源へと視線を投げた。
そして、思わず声を漏らした。

一段高くなった位置にある便器の中は、恐ろしい事態に陥っていた。
決して彼女が初めて詰まらせたわけではなく、その前から既に流れが滞っていたらしく、そこには硬軟混じった何人分もの茶色い汚物がティッシュやトイレットペーパーと一緒に溢れていて、凄惨な光景だった。
排泄物の一部は便器からはみ出し、床はなぜか濡れている。

「早く、なんとかしろよ」

トイレから出てきた女の子が更にドンと君の背中を押した。
君は不意をつかれて足をもつれさせ、靴底が濡れた床で滑って、次の瞬間、汚れた床に手をついて突っ伏していた。
手のひらが、誰が出したかわからない物質に塗れた。
ズボンの膝が、おそらく尿かと思われる水分を吸ってぐっしょりと濡れる。

「うわっ、すっげえ無様」

自分で突き倒しておいて女の子は笑い、残りの二人も「ありえねえ」と手を叩いて笑う。

突っ伏したために汚れた便器が目前に迫り、最接近した排泄物から立ち上る臭気が君を貫いた。
顔からほんの数十センチの距離に便器から溢れんばかりに溜まったティッシュと汚物の塊があり、背後からはケラケラと笑う女の子たちの声が響いて、君はひどく惨めな気分に陥った。
手のひらには、床にはみ出している汚物の生暖かい泥のような感触がある。

しかし、君はその瞬間、歪んだ変態としては覚醒していた。
いちばん新しいと思われる柔らかめの巨大な排泄物は、使ったトイレットペーパーで半ば隠されているがおそらく今出てきた女の子のものだろう。
そう想像した瞬間、君は激しく勃起した。
そして、狭くて小さいが、ここは楽園だ、と思った。

背後から嘲るような笑い声が響いている。
君は四つん這いのまま振り返った。

三人の女の子たちが強い日差しを背にして、逆光の中で笑っていた。

2008-10-17

聖断

君は困惑していた。
どうしたらいいか、わからなかった。
君は今、とんでもない失敗をしてしまった。
庭の温室で飼い主の女性が大切に育てている植物に水をやっていて、細心の注意を払っているつもりだったが、伸ばしたホースが胡蝶蘭の花瓶に引っかかり、それを床に落として割ってしまったのだ。
花弁は無事だが、茎が折れ、高価な花瓶は砕け散ってしまった。
全裸に首輪だけという格好で温室内に呆然と立ち尽くしながら、君はその惨状を見下ろした。

どうしよう……。

君は激しく狼狽しながら、それでもひとまずホースの水を止め、胡蝶蘭を拾い上げると、それを予備の適当な花瓶に生けた。
しかし、折れてしまった茎が無惨だった。
咲き誇る花弁はまだ美しさを保っているが、茎が折れてしまってはいずれ死ぬだろう。

この白い胡蝶蘭は、君の飼い主である女性が、手持ちの植物の中でも特に愛している花だった。
しかも、それを生けている花瓶は、古い陶器のアンティークで信じられないほど高価なものだ。
それを君は自分の不注意から破壊してしまった。
もちろん、生きている花はいつか枯れるし、形あるものはいつか壊れる。
しかし、それを言い訳になんかできるはずがない。
花も鉢も、時の流れの中で自然に壊れたのではなく、君が壊したのだ。
それも同時に、自分の不注意以外の何物でもない愚鈍な行動によって、君が壊した。
そこに弁解の余地はない。
すべての非が君にある。
全面的に君だけが悪い。

君は一瞬、隠し通せるものなら隠し通したいと思ったが、奴隷の身分である君が飼い主の女性を欺くことなど許されるはずがなかった。
だいたい、この胡蝶蘭は、今夜には再び玄関のロビーに戻しておくことになっているのだ。
だから、どれだけ隠したとしても、数時間後には必ず事態が露見してしまう。
もちろん、その時まで露見を先延ばしにすることは可能ではあるが、全く賢明ではない。
そんな風にしてこの事が飼い主にバレたら、余計に問題が大きくなるだけだ。
よって、君がこれからとるべき道は、ただひとつだった。
正直に申告し、誠心誠意、謝罪し、許しを請うのだ。
そして、許されなければ、罰を受ける。
奴隷の君に選択肢はそれしかない。
嘘や隠し事なんて言語道断だ。

君は温室の隅にあるロッカーから箒とちり取りを持ってきて、花瓶の破片を集めてひとまずビニール袋に入れた。
そして、とりあえず植物のすべてに水を与え終えて、ホースなどを片付けると、改めて予備の花瓶に生けた胡蝶蘭の前に戻った。
陶器の破片を集めたビニール袋をその脇に置き、君はいったん大きく深呼吸すると、館内電話の受話器を取り上げ、飼い主の部屋に繋いだ。
すぐに向こうで受話器が取り上げられ、「なに?」という飼い主の声が聞こえた。
君は唾をごくりと飲み込んで意を決すると、「これからそちらへお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」と謁見を申し込んだ。
「すぐ?」
女性が訊き、君は「できれば、そうしていただきたいです」とこたえた。
すると、女性は「では、すぐに来なさい」と謁見を許可し、君は礼を述べて受話器をフックに戻した。
ラインが切れた瞬間から、リアルな恐怖心がざわざわと細胞を揺さぶるように立ち上がってきた。
君はそれを追い払うかのように、破片が入ったビニール袋を持ち、予備の花瓶に生けた胡蝶蘭を抱えた。


飼い主の部屋の前で呼吸を整えてから、君はドアをノックした。
「入りなさい」
女性の声が聞こえ、君はそろりとドアを開けて「失礼いたします」と頭を下げてから入室した。
その部屋はプライベートな応接室で、毛足の長いクリーム色の絨毯が敷き詰められ、革張りのゆったりとした作りのソファが置かれた、広い空間だ。
そのソファに、君の飼い主である美しい女性が座っている。
君はその足元に進み跪くと、彼女の前に割れた陶器の破片が入ったビニール袋と、茎が折れた胡蝶蘭の花瓶を並べておき、「申し訳ございません!」と床に額をこすりつけた。

「なに、これは? どういうこと?」

女性が訊く。
君はひれ伏したまま、言う。

「温室で樹木に水を与えさせていただいていた際、愚かなわたしの不注意から、主様の大切な胡蝶蘭の花瓶を床に落としてしまい、このようにしてしまいました。本当に申し訳ございません。お許しください!」

「許す?」

そう言った後、女性は沈黙した。
君はきゅっと眼を瞑ってひたすらひれ伏しながら、飼い主の言葉を待った。
その無言の時間の重さに押し潰されそうだった。
しかし、依然として女性は無言のままだった。
やがて君は唾を飲み込み、叫ぶように言った。

「どんな罰でも謹んでお受けいたします。いえ、この愚かなわたしをどうか厳しくお罰しください。どうか、どうかご聖断を!」

君は体を精一杯小さくしてひれ伏し、額を床につけた。
後頭部のあたりに、飼い主の冷徹な視線をひしひしと感じた。
やがて、女性は、静かに言った。

「では、鞭打ちにするわ。百発くらいかしら? 庭で用意しなさい」

「はい!」
君はその聖断を謹んで承り、いっそう深くひれ伏した。
それは相当厳しい罰で、決して無傷では済まず、それどころか今後数日は酷い痛みに襲われることが明白だったが、なぜか君の心には歓びの気持が溢れた。
飼い主が与える処罰の聖断を、君は祝福のように聞いた。
しかし、そうはいいながらも本能的な恐怖心は拭いがたく、体がガタガタと震えた。
それでも、自分のミスが招いたことなのだから、お仕置きの享受は、君にとって幸福の範疇だった。

庭には、処罰の鞭打ちのための磔台が設えてある。
それは木製の十字架で、これまでにも何回か、何人もの奴隷がそこで鞭を打たれており、その厳しさの名残として、様々な部分に血痕が黒く沁み込んでいる。
百発の鞭が終わる時、君はおそらく満身創痍で、自力で歩くことすらままならないだろう。
処罰のための鞭は厳しい。
最初の数発で簡単に皮膚が裂け、泣こうが喚こうが、規定の回数に達するまで絶対に終わらない。
そして、たとえ終了後、歩けなくなっていても、救済措置はない。
歩けなくなっていたら、歩けるようになるまでそこに捨て置かれるだけだ。
灼熱の太陽が照りつけようが、凍えそうな冷たい雨や雪が降り出そうが、関係ない。
奴隷に対する処罰とは、そういうものだ。

「五分後に始めるわ。行きなさい」

女性が平坦な口調で命じる。
君は恐怖心から体をガタガタと震わせながら、「本当に申し訳ございませんでした。そして、お仕置きを、ありがとうございます」と言った。

女性は無言のまま君を見つめている。
君は恐る恐る、「申し訳ございません、この花と花瓶は如何致しましょうか」と茎の折れた胡蝶蘭と花瓶の破片の処理方法を尋ねた。

「後で誰かに片付けさせるわ」

女性は素っ気なくそう言い、行け、というように、顎をしゃくった。

「わかりました。失礼いたします」

君はもう一度丁寧に頭を下げ、素早く立ち上がった。
そしてドアのところで振り向き、もう一度丁寧に頭を下げた後、その部屋を辞した。

五分後以降の自分の運命については、あえて何も考えなかった。

2008-09-06

窓辺の椅子

月明かりに濡れる孤独な窓辺。
さめざめとした青い光に照らされた冷たい床。

ぽつんと置かれた一脚の椅子。

君は、その窓辺の椅子に座っている。
何も身には纏っていない。
全裸だ。

両腕は、手首に巻かれた革製のベルトによって、そのまま肘掛けに拘束されている。
揃えて床に下ろす裸足の足首にも、頑丈な革の枷が嵌められている。
その両足首に装着された枷は短い鎖で繋がれていて、重い鉄球が付属している。

君は、まるで身動きがとれない。
手足だけではなく、体も椅子に固定されているからだ。
椅子の背もたれと一緒に、体全体がロープで椅子に括りつけられている。

大きなガラス窓の外は夜だ。
そして室内は静まり返っている。
物音は、何も聞こえない。
耳を澄ませば、微かに鼻から漏れる自分の息遣いだけが、漂っている。
口許にガムテープのようなものが貼られているため、口を開くことはおろか、ほんの少し唇を動かすことすらままならない。

こうして椅子に拘束されて、もうどれくらい経つだろう。
視界に時計がないので、正確な時間の経過は全くわからない。
ただ、まだ窓の外では夜が続いているので、せいぜい数時間といったところだろう。
眠ってはいないが、意識は虚ろだ。
そもそも、一分も一時間も、時間という概念は既に意味を失っている。
もしかしたら、ほんの短い間、眠りに落ちている可能性もある。

視界の中には何も動くものがなく、人の出入りもない。
部屋は薄暗く、君はだんだん自分の輪郭が希薄なってきているのを自覚している。
肉体も精神も、輪郭が薄闇に溶け始めている。
時々眼球だけを動かしてみるが、世界には何の影響を及ぼさず、変化はない。
君は知らない部屋の知らない窓辺で、君自身を喪失しつつある。

君の体には無数の鞭の傷跡があり、痛みもあるが、それさえも虚ろになりつつある。
傷が体の表面から離脱し、空間を浮遊しているようだ。
自分と世界の境界線が曖昧だ。
どこまでが自分で、どこからが世界なのか、今の君にはわかりにくい。
手首や足首の拘束が強力なので、皮膚の感覚は麻痺し始めていて、なんだか魂だけが抽出されて空間に放り捨てられたような、不安定な気持ちだけが君を支配している。
足の裏は確かに床をとらえていて、鉄球の重みも感じるが、すべてがまるで他人事のように感じる。

君は月明かりが差す中空を凝視する。
しかし遠近感すら朧な君の視界に、救済の道は存在しない。

君は終わりの見えない流れの中で、じっと息を潜めながら、何かの到来だけを待ち続けている。

2008-07-11

50cm

50cm。

それは、君の視点の高さを示す数値だ。
君は常に首輪を装着し、犬と化して四つん這いで暮らしているから、視点の高さがそれ以上になることは滅多に無い。
たまに、ご主人様の足にじゃれつくペットのように両手を上げて伸ばし背中を反らすことはあるが、そうそう許される行為ではないから、やはり君の視点の高さはたいてい50cm未満だ。

その視界は、ヒトのそれとは全く違う。
君は殆どの世界を仰ぎ見て暮らしている。
しかし、君にとってそれは悪くない景色だ。
なぜならば、君は犬として生きることに悦びを覚えているマゾヒストだからだ。

一匹の犬。
それが、君だ。

君は、常に全裸で暮らしている。
もう何年も衣服を身に着けたことはない。
美しい女性に飼われ、すべてを掌握されている。
そこに生活の自由はないが、「人」であることを捨てた君は、存在としての自由を手に入れている。
両手と両膝で体を支えつつ、餌を与えられて生を繋いでいる。
その生に、君の意思は介在していない。
しかし、幸福だ。
君は飼い主の慈悲によって生きている。
その慈悲に縋り、生かされている。
君には生きる権利も死ぬ権利もない。
ただ、四つん這いで繋がれてそこにいるだけだ。

君には、喜びもないが、悲しみもない。
感情は、ヒト特有のものだ。
だから、畜生である君に、感情はない。
よって、喜びも悲しみもないのだ。


君は広いリビングの隅に置かれたケージの中から、その格子の外を眺めている。
飼い主である美しい女性は今、裸で革張りのゆったりとしたソファに身を沈め、長い脚を低いテーブルのうえに投げ出して股を広げ、その中心に深々とバイブレーターを挿入して身を捩っている。
時折切なげな吐息が漏れ、肢体が脈打つ。
君とその女性との間の距離は三メートルほどだ。
君は格子の間から食い入るようにその女性の動きを凝視している。
股間にぶら下がる性器は猛々しく勃起していて、既に我慢の限界は超えているが、しかし犬である君に手を使うことは許されていない。

女性の喘ぎ声が空気を震わせながら、君に届く。
だからといって、もちろん女性に君を挑発しているという意識はない。
女性は、君のことなど眼中にない。
どこの世界に、飼い犬を意識する人間がいるだろう。
よって、挑発もしていなければ、君に対して恥ずかしいという感情もない。
飼い主である女性にとって、君は「人」ではないから、そういう対象ではないのだ。

女性は、ソファの上で本能のままに快感を貪っている。
君はついに耐えきれなくなって、ケージの中に転がっている大きなクッションを抱きかかえた。
そして、そのクッションに屹立する性器を押し付け、犬のように腰を振る。

君は高さ50cmの視点で女性を見つめたまま、クッションを強く抱え、激しく腰を振って性器を擦り付けていく……。

2008-05-24

スレイブ・トレイン

深夜。

単線の終着駅。

近くに人家などない山奥の、有刺鉄線で囲まれた工場のような敷地内に線路が引き込まれている。
駅名表示の看板すら存在しない殺風景で長いプラットホームだ。
ぽつんぽつんと灯る蛍光灯の明かりが寒々しい。
山間の空気は凛と冷えている。

空に浮かぶ月が煌々と輝き、世界を銀色に染めている。
ホームには、黒革のトレンチコートとブーツ、そして制帽を着て手に鞭を持つ女性が数人、列車の到着を待っている。

やがて遠くから鋭い汽笛が響き、列車が駅に近づいてくる。
徐々にその走行音が大きくなり、先頭の機関車のライトが闇の中に伸びる。
ホームに立つ女性たちが、居住まいを正してその到着に備える。
しかし、アナウンスの類いは一切流れない。

列車がホーム入線してきた。
長い貨物列車だ。
有蓋貨車が延々と連結されている。

ゆっくりと列車が停止した。
一斉に貨車の扉が開かれる。
そして、中から全裸の男たちがぞろぞろと降りてくる。

全員が首輪を着け、短い鎖で繋がれた手枷と足枷を装着している。
年齢は様々だ。
若者もいるし、年寄りもいる。
ただし、未成年はいないし、極端な老人もいない。
男たちの表情は、暗く沈んでいるわけではないが、明るく弾んでもいない。
彼らの目は、死んだ魚のようではないものの、ガラス玉のように澄んで虚ろだ。
誰一人として口を開く者はいない。
男たちはホームに出ると、そのまま列を組んで静かに出口へと向かう。
靴を履いていない裸足の人の群れの移動に於いて、物音はほとんど発生しない。

少しでも列を乱したり、歩調を合わせない者には、黒革のコートの女性の鞭が無言のまま容赦なく飛ぶ。

寡黙な人の群れの淡い影が、深夜のプラットホームを流れていく。
君もその列の中で心持ち背中を丸め、俯いて自分の裸足の足元だけを見つめながら、ただ前を行く男の後ろについて歩いていく。
何時間も狭く暗い貨車の中で床に膝を抱えて座り、じっと身を固くしていたので、全身が強張ってしまっている。
しかし、体を伸ばして凝りを解すことなど許される雰囲気ではない。
ホームの空気は緊張と恐怖感で張り詰めている。

冷たい夜風が全身を撫で、君は鳥肌を立てる。
萎えた性器が股間で頼りなく揺れている。
その存在を意識した瞬間、君の歩調が若干周囲とずれた。
すかさず、近くにいた女性から君の体に鞭が鋭く打ち据えられる。

「ひぃ」

君はその一閃に震え上がって思わず立ち止まり、反射的に身を竦めながら、咄嗟に声を漏らしてしまった。
その声と立ち止まったせいで、更に鞭が飛ぶ。
周囲の男たちは完全に無関心だ。
君は痛みに堪えながら怖ず怖ずといっそう体を丸めると、鞭を打った女性を覗くように見上げ、小声で「申し訳ございません」と頭を深く下げた。
しかし、女性の返事はない。
その代わり、女性は唇の橋を片方だけ持ち上げて冷ややかに君を見下ろした後、「進め」というように顎をしゃくった。

君はもう一度頭を下げた。
そして前の背中を追いかけるように急ぎ、列の調和に復帰していく。

2008-05-07

桜の檻

机のうえに、写真立てが置かれている。
シンプルな、アルミのフォトフレームだ。
その中には、満開の桜の写真が入っている。
仄かに白く、仄かにピンク色の花びらが、切り取られた世界の中で鮮やかに咲き誇っている。

君はパジャマ姿で椅子に座り、机に両肘をついて手を組み合わせ、その指先に唇を軽く当てながら、写真を見つめる。
何度眺めても、見事な満開だ。
まるで世界が祝福で溢れているような、平和で長閑で素晴らしい春の風景だ。
目を閉じると、甘い自然の香りが甦ってくる。
君は静かな夜の片隅で、その満開の桜を思い出す……。


四月。
例年より桜の開花が早く、君は平日の午後、美しい女性とふたりで桜を見るために高速で二時間の場所にある山里へ出掛けた。
平日ということもあって、快晴の高速道路は空いていたし、山里にも人は少なかった。
君は車を小川沿いの空き地に止めると、女性と二人で桜の丘陵の奥へと入っていった。

あたりは完全に静まり返っていた。
時折吹く小さな風が、足元の草や桜の梢を微かに揺らして、ささやかな葉擦れの音だけが二人を包み込んでいた。
日向の匂いが、甘かった。
女性が先に立ち、君はその若干後ろに続いてなだらかな斜面を登っていった。

やがて、桜の丘の中の、小さな集落を見渡すことができる開けた場所に出た。
花見のピークなら、きっと人が犇めく絶好のロケーションなのだろうが、幸い、周囲には誰の姿も見えず、桜だけが無言のまま咲き乱れていた。

どこかで小鳥がさえずっていた。
女性は、桜の木の間で立ち止まると、振り向き、君に向かって何も言葉は発しないまま顎だけをしゃくった。
君は頷き、その場で着ていた衣服を全て脱ぎ捨てて裸になった。
靴も靴下も脱いで、草と土の地面で裸足になった。
明るい陽射しが、君のすべてを照らした。
君はなんとも落ち着かない気分に陥り、本能的に股間を手で隠した。
すると女性がやはり無言のまま近づいてきて、君の頬を強く平手で打った。

「すみません」

君は小声で謝罪し、手をどけた。
猛々しく勃起している性器が、ピクンと跳ねるように股間で揺れた。
それは、卑猥な部分だった。
肉の棒は赤黒く、生々しく限界まで反り返っているのに、その周囲に毛はなく、まるで生まれたばかりの赤ん坊のようにつるつるとした肌を露出していた。
しかも、その毛を剃った部分の肌だけ妙に生白かった。

君の全身を、生温かい春の風がそよそよと撫でていった。
女性は鞄から麻縄を取り出すと、それで君の体を縛り、そのまま太い桜の枝に縄をかけ、君を吊るした。

瞬く間に、君は宙に浮いた。
視界を、桜の花が占めた。
その隙間に、山里の集落が覗いた。

女性は君を吊るすと、続いて長い鞭を鞄から取り出し、君を容赦なく打った。
しなりながら走る鞭の先が空気を切り裂く鋭い音と、君の体を打ち据える乾いた音が、静かな桜の丘陵に響いた。
君は鞭を打たれる度に体を捩り、うめき声を漏らした。
最初のうちこそぐっと奥歯を噛み締めるようにしてその痛みを堪えていたが、やがて皮膚が擦れて赤く染まりだすと、もう感情のコントロールが効かなくなり、君は我を忘れて絶叫した。

しかし、女性は鞭を止めなかった。
無言のまま、黙々と端正に鞭を振り続けた。
じきに君の体の皮膚が裂け、鮮血が背中や胸前から飛び散った。
仄白い桜の花びらに赤い血が降り掛かる。

ひとしきり鞭を打つと、女性は満足したように手を休め、煙草に火をつけた。
鞭を地面に置き、ゆっくりと君に近づいて、青息吐息で揺れている君の体を鑑賞した。
そして、それでもまだ勃起している君の性器を指先で弾き、その根元に煙草の火を押し付けた。

「うぎゃああああ」

君は弾かれたように身を捩った。
そんな君を見て、女性は微笑した。
そして、再び君と距離を取ると、デジタルカメラを構え、満開の桜の中に吊るされている君を撮影した。


……君はフォトフレームの中の写真にぐっと顔を近づけ、じっと凝視する。
すると、一見、満開のサクラを撮っただけのような写真が、生々しさを伴いながら別の景色を現していく。
目を凝らしてその写真を見れば、満開の桜の間には人間が吊られている。
もちろん、それは君だ。
君を包む満開の桜が、まるで檻のように見える。

君はそっと眼を閉じる。
すると体と心に鮮やかに、あの時の鞭の痛みと春の風の甘い匂いが甦ってくる。

いつのまにか、君は勃起している。
君は桜の山里を思い出しながらパジャマのズボンを下ろすと、屹立している性器を握りしめ、静かに擦り始めた。

2008-04-07

Like a woman

君は四つん這いになり、尻を高く掲げた。
その姿が、壁の鏡に映る。
君は今、全裸で首輪を装着し、そこに繋がれた鎖は壁のフックに引っ掛けられている。

掌と膝に伝わる固いフローリングの床の感触が冷たい。
女王様が、君の尻を軽く蹴る。

「もっと汚いそのお尻を高く上げなさい。そして、自分で穴を広げなさい。入れて欲しいんでしょう? ほら」

君の尻を、女王様が平手でパシンッと張る。

「申し訳ございません」

君は謝罪し、両手の支えを外して頬を床に付けると、膝を心持ち前方へずらして更に高く尻を持ち上げ、両手で自分の尻の肉を開く。
すると、ふだんは肉に隠されている穴が晒け出され、ひんやりとした空気がそっと撫でていく。
その感触に、君は俄に緊張してしまう。

「汚い穴ね。しかも、なんて格好なの。恥ずかしい」

女王様は咥え煙草でフンと笑い、君の頬をブーツの底で踏みにじる。
君は傾いた視界の中で、必死に女王様を仰ぎ見る。
女王様は、その哀れな君の眼を冷ややかに見下ろし、唇に咥えた煙草を指先で挟んで離すと、ゆっくりと煙を吐く。

やがて女王様が君の背後に回った。
そして、君の穴に唾が吐かれ、続いて冷たいローションが垂らされる。
君はその感触に、体をぴくりとさせてしまう。
ちらりと鏡を見ると、女王様は煙草を咥えたまま手術用の薄いゴム手袋を装着している。
君は生唾を飲み込みながら、その手を見つめる。

「ほら、もっとお尻の肉を広げなさい」

女王様が手袋を嵌めた手で君の尻を叩く。

「申し訳ございません!」

君は鏡越しに凝視していたせいで疎かになってしまっていた両手に力を込め直すと、尻の肉を鷲掴みしてぐいっと広げた。
すると次の瞬間、女王様の指が差し込まれた。
君はその貫かれるような感覚に、自然と喘ぎ声を漏らしてしまう。

「なんてスケベな穴なの。どんどん咥え込むじゃない」

女王様がせせら笑いながら言い、指をしきりに動かして尻の穴の筋を解していく。
ローションとゴム手袋に包まれた指と穴の中の粘膜が擦れ合ってピチャピチャと卑猥な音を立てている。

やがて女王様は、二本目の指を挿入し、そして三本の指を君のアナルに差し入れると、そのまま指の付け根まで埋めた。
異物感が君を貫通する。
女王様は君の戸惑いなど無視しながら、大胆に穴の中を弄るように指を自由に蠢かす。
君は思わず、「あーん」と身悶え、尻の穴に力を込めてその指を強く咥え込む。

「なんてイヤらしいお尻なの」

女王様が呆れながら、咥え煙草のままゆっくりと指をピストンする。
その動きに合わせて、君の腰は自然に動いてしまう。

「アンアンアン」

君は、まるで女のように喘ぎ、男を脱ぎ捨てていく。