濃密な夜の空気の中に強く金木犀の匂いが充満している。
深夜。
時刻は午前一時を過ぎて、公園内には全く人気がない。
園内を蛇行しながら続く遊歩道は、昼間の賑わいが嘘のようにひっそりと静まり返っている。
ホットドックの屋台も、幼子を連れた母親達の姿もない。
水銀灯の冷たい明かりだけが、まるで季節外れの蛍が凍えているかのように、音もなく瞬いている。
雑木林の影が濃い。
水銀灯の光は、その茂みにまでは届いていない。
空には、雲が広がっている。
まだ雨が降り出しそうな気配は感じられないが、空気は冷えてきている。
時折風が吹き抜け、雑木林の梢を盛大に揺らす。
葉のざわめきが、深夜の闇をより一層深くさせる。
君は今、その雑木林の中にいる。
公園内の最も奥まった場所だ。
衣服はほとんど何も身に付けていない。
君は革靴と短いナイロンのソックスを履いただけの姿で、太い木の幹に拘束されている。
その傍らには、美しい女性が立っている。
女性は、夜目にも映える白いワンピースを着ている。
そして、女性の足元には、君が脱いだ衣服と、数分前に放出した君の精液が飛び散っている。
君は、女性のしなやかな手つきによって、拘束されたまま射精を果たしたばかりだ。
「どうか、お許しください」
君は全裸で幹に縛られたまま、その女性に哀願する。
しかし、実際には何も見えてはいない。
なぜなら、君はアイマスクをしている。
そのため、君の視界は闇に閉ざされている。
「何をいってるの? おまえは変態なんでしょ?」
女性がそう冷たく言い放つ。
「で、でも……」
君は、いくら周囲が無人の雑木林とはいえ、どこで誰が見ているか気が気でなかったから、つい小声になってしまう。
女性は、そんな君を軽蔑の眼差しで見つめている。
「外で露出をしてみたいといったのは、おまえでしょ?」
「そ、そうですけど……」
「だったら、いったい何が不満だというの、全く……それじゃあ、元気でね。わたしは帰るから」
「そ、そんな……」
君は声を震わせながら呟く。
しかし女性はもう相手にせず、君の傍を離れた。
そして数歩歩いてから足を止め、屈託のない口調でいう。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。朝になったら誰かが見つけてくれるから」
地面の草を踏んで進む女性の靴音が、だんだん離れ、遠ざかっていく。
やがて、完全な沈黙が、水を吸った真綿のように重く君を包み込む。
風が肌を撫でていく。
金木犀の匂いが鼻を刺す。
不意に雲が切れて、青ざめた月光が君の全身を照らす。
2004-10-22
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