2005-05-21

夜の童話

路地。
繁華街を外れると、とたんに人気が少なくなり、街灯も心なしか寂しげになる。
君は、快い酔いの残る体を引きずるようにして、金曜日の夜の路地を歩いていく。
正確には、日付が変わった午前一時過ぎなので、土曜の未明だ。

君は今夜、ひとりで酒を飲んだ。
とくに嫌なことがあったわけではないが、気分が塞ぎ気味で、飲まずにはいられなかったのだ。
午後九時過ぎから飲み始めて、行きつけのスナックを二軒ハシゴした。
それほど飲んだわけではないので、無論酔ってはいるが、意識ははっきりしている。
君は緩めたネクタイをさらに解放し、ブリーフケースをぶらぶらさせながら、明かりの乏しい路地を歩いていく。
辺りは、いかにも場末の飲み屋街だ。
間口の狭い小料理屋やスナック……昭和の頃から変わっていない風景が、そこにはある。
道の幅は二メートルほどで、車は軽しか通れないだろう。
路上には、両側から、すっかり薄汚れた店の看板がはみ出している。
それらは電気が切れていたり、プラスチックのカバーの縁が割れていたりする。

君はふと立ち止まり、煙草に火をつける。
煙を空に向かって吐き出し、再び歩き出す。
生温かい夜だ。
街の夜空に星は見えない。
今にも消えそうな水銀灯が頼りなく瞬いていて、君の影を荒れた路面に落としている。
アスファルトは何度となく繰り返された、水道やガスの工事によって、歪な形に盛り上がっている。
そんな路地を、君は煙草を吹かしながら、靴音を響かせて歩いていく。

やがて小さな交差点にさしかかる。
同じような細い道が十字に交差している。
その角には廃業して数年は経っていると思われる、ほとんど廃墟のような煙草屋があり、その軒先に置かれた煙草の自販機の全てのボタンには、販売停止の赤いランプがずらりと灯っている。

君はその交差点を三歩で渡った。
すると、数メートル前方の街灯の下に、明らかに商売の女性と思しき、派手なスーツの女が立っていた。
その女は背が高く、薄闇でも目立つ鶯色の体にぴったりと張りついているようなスーツを着ていて、スカートがおそろしく短く、長い脚が優雅なラインを描きながら踵の高いハイヒールに収まっている。
君は見るともなくその女を一瞥し、近づいていく。
そして、俯き加減に傍らを通り過ぎる瞬間、女が言った。

「遊ばない?」

女は、強い香水の香りを夜の中に振りまきながら君に体を寄せ、濡れたような瞳で見つめる。
軽く飲んでいることで少々大胆になっていた君は、煙草を足元に落として靴の踵で踏み消すと、女を見つめ返した。
女は更に体を君にすり寄せ、挑発的な視線を向ける……。


ホテルの部屋は狭い。
毒々しい赤のビロードのカーテンが、小さな窓を隠している。
女は部屋に入ると、ベッドに向かって後ろ向きに歩きながら蠱惑的な笑みを浮かべて君を手招きした。
真っ赤な唇が蠢く。

「して欲しいことを何でもしてあげるわよ」

そう言ってベッドに座り、舌先を覗かせて唇を舐める。
そして脚を投げ出すようにして組み、鍛え上げられた妖艶な微笑を君に向ける。
君は、緊張のあまりカラカラに渇いた喉を潤すようにゴクリと生唾を飲み込むと、意を決した。
ブリーフケースを傍らの安っぽいソファに放り捨てて、その女の足元に跪く。

「自分はマゾなのです。虐めてください」

君は、煙草の焦げ跡が残るカーペットに両手をつき、遠慮がちな視線を女に送る。
すると女は君のその言葉に、艶やかな笑みを消した。
そして、残忍な冷笑を唇の端に滲ませると、君の顎に手を掛けた。
いつしかその目には、暗く冷たい光が宿っている。
女は、オドオドしている君の目を、ぞっとするほど醒めた眼差しで覗き込んだ。
君はその視線に耐え切れなくなって、そっと目をそらした。
そんな君の仕草に、女が高らかに笑う。
君は心臓を鷲掴みにされたように硬直する。

次の瞬間、女は笑いを消した。
残虐な光を湛えた瞳で君を見据え、胸倉を掴んで引き寄せる。
そして極限まで君を視線で縛りあげた後、掌で勢いよく頬を張る。
さらに。

その顔に唾を吐く。

2005-05-07

或る日、突然

世界はキナ臭い

今日も殺人のニュース

不機嫌な銀髪のライオン

赤い旗の狂気

新しい法王が平和を祈る

魅惑的なインナー・トリップ

倒錯した性愛衝動

鏡に映っているのは誰か

仮面は外せない

抑圧された欲望

痛みによる解放

セラピストの鞭

暗い太陽がすべてを焼き尽くす

血の色に似たサンダルの午後

温い雨が歪んだ心を溶かす

エキセントリックな哄笑

愛を咬む

隣人を愛せない

非現実的なイマジン

天国の門のレプリカ

或る日、突然訪れるWorld War ?