2005-11-19

月の囁き

高い位置にはめ込まれた鉄格子の小さな窓から、青い月光が千切れながらコンクリートの冷たい床に落ちている。
君は全裸で、煉瓦の壁に凭れて座りながら、もうずっと膝を抱えている。
その両足首にはそれぞれ革製の足枷が巻かれ、それに繋がる短い鎖の先には重い鉄球が取り付けられている。

部屋は狭く、暗い。
二畳ほどのスペースで、天井に明かりはない。
部屋の隅に様式の便器がひとつだけある。
廊下に面した壁にだけ鉄製の扉があり、上部に覗き窓が付いている。
現在の時刻はわからないが、夜だということは窓から洩れ入る月光で認識できる。

君は、慢性的に寝不足だ。
この収容所では、囚人に自由はない。
囚人には、たとえ深夜であろうと、女性看守の慰み物としての勤めがある。
女性看守は、毎晩酔っ払って独房を訪れては、様々な道具を使って君を犯し、折檻する。
そのため君は、常に満身創痍だ。
体には無数の鞭の跡が刻まれ、尻の穴は裂けてしまっている。
そして今日の君はニ日前から一切、水も食料も与えられていないから、ひどい空腹と喉の渇きを覚えている。
この二日間、君は完全に放置されている。
誰とも喋っていないし、誰にも会っていない。

君は膝を抱えて、狭い部屋の隅で小さくなりながら、じっと闇を凝視している。
他の房から、囚人達の悲鳴が闇を裂いて響き渡っている。
どこでどんなことが行われているのか……。
わざわざ想像しなくても、君にはわかる。
なぜならば、同じことをきみはいつも経験しているからだ。

やがて廊下に固い靴音が響く。
女性看守のブーツの踵が刻む靴音だ。
だんだんその音が近づいてきて、君の房の前で止まった。
君は緊張し、ごくりと生唾を飲み込む。
次の瞬間、ドアのロックが外され、ギギギーと重々しい音を立てながらゆっくりと扉が開く。
廊下から洩れる明かりが眩しくて、目を細めながら君はドアの方向を見る。
そこには、女性看守が立っていた。
おそろしく体格の良い、長身の看守だ。
手に、餌らしいトレイを持っている。
君は慌てて立ち上がると、重い鉄球を引き摺りながらその女性看守の前へ進み、跪く。
女性看守は無言のまましばらくそんな君を見下ろした後、しゃがみ、床にトレイを置く。
そのトレイにはボウルがひとつだけ載っていて、その中には、明らかに残飯とわかる様々な食材が放り込まれている。
野菜や肉の切れ端、パサパサに乾いたご飯、何かの汁。
よく見ると、梅干の種やバナナの皮まで入っている。
女性看守は立ち上がり、そのトレイをブーツの爪先で君の前へ蹴りやる。
しかし、まだ手をつけることはできない。
女性看守が、残忍な笑みを浮かべて言う。

「餌よ。お腹が空いているでしょう? でも、これではあまりに味気ないわね。もっと美味しくしてあげるわ」

そう言うと、女性看守は続けざまに、そのボウルの中に唾を吐いた。
そして、短いスカートをたくし上げて乱暴に下着を下ろすと、そのボウルを跨いで勢いよく放尿する。
房内に強いアンモニア臭が立ち込め、残飯のボウルから湯気が昇る。
君は、そのボウルの中身を凝視する。
濁った湯の中に浮かぶ残飯……。
そこへ、股間を拭ったティッシュが舞い降りてくる。
さらに女性看守は、下着を穿き直すと、君の目の前でブーツの足をそのボウルの中に突っ込み、爪先で乱暴にその残飯をくぢゃぐちゃに踏み潰していく。
君は縛られたように硬直しながらその様子を見つめている。
最後に女性看守は、片脚を持ち上げてブーツを君の頭に置くと、ポケットからティッシュを取り出し、ブーツの表面を適当に拭いて、それもボウルの中に捨てる。
そして君の頭から脚を下ろす。
銀色のボウルの縁で、青い月光が撥ねる。

「わたしがここから出たら、この餌を食べてもいいわよ」

冷笑を唇の端に滲ませながら女性看守はそう言うと、踵を返し、君の房を出た。
重い扉が閉じられた瞬間、もう人間としての尊厳など微塵も残されていない君はボウルに屈みこみ、両手でその残飯を掴むと、再び施錠されたロックの音と透き通るような青い月光の中、むさぼるように食べ始める。

2005-11-02

太陽のしずく

砂漠の岸辺

蜃気楼のように浮かぶ街の灯

空が夜に侵されていく

群青色の砂に刻まれたジープの轍

谷へ向かう道

物音は死んだ

甘美な絶望

苦痛の記憶

わたしは誰? と呟く

耳元で暴れる風

気温の急低下

黒い爪の幻想

疼く吐息

前奏曲は不要

囁きで殺して

瞳の奥に差す獰猛な闇

ピンク色の巨大な夕陽が大地の果てへ沈んでいく

その最後のひとしずくの中に希望の欠片を探す