2008-09-06

窓辺の椅子

月明かりに濡れる孤独な窓辺。
さめざめとした青い光に照らされた冷たい床。

ぽつんと置かれた一脚の椅子。

君は、その窓辺の椅子に座っている。
何も身には纏っていない。
全裸だ。

両腕は、手首に巻かれた革製のベルトによって、そのまま肘掛けに拘束されている。
揃えて床に下ろす裸足の足首にも、頑丈な革の枷が嵌められている。
その両足首に装着された枷は短い鎖で繋がれていて、重い鉄球が付属している。

君は、まるで身動きがとれない。
手足だけではなく、体も椅子に固定されているからだ。
椅子の背もたれと一緒に、体全体がロープで椅子に括りつけられている。

大きなガラス窓の外は夜だ。
そして室内は静まり返っている。
物音は、何も聞こえない。
耳を澄ませば、微かに鼻から漏れる自分の息遣いだけが、漂っている。
口許にガムテープのようなものが貼られているため、口を開くことはおろか、ほんの少し唇を動かすことすらままならない。

こうして椅子に拘束されて、もうどれくらい経つだろう。
視界に時計がないので、正確な時間の経過は全くわからない。
ただ、まだ窓の外では夜が続いているので、せいぜい数時間といったところだろう。
眠ってはいないが、意識は虚ろだ。
そもそも、一分も一時間も、時間という概念は既に意味を失っている。
もしかしたら、ほんの短い間、眠りに落ちている可能性もある。

視界の中には何も動くものがなく、人の出入りもない。
部屋は薄暗く、君はだんだん自分の輪郭が希薄なってきているのを自覚している。
肉体も精神も、輪郭が薄闇に溶け始めている。
時々眼球だけを動かしてみるが、世界には何の影響を及ぼさず、変化はない。
君は知らない部屋の知らない窓辺で、君自身を喪失しつつある。

君の体には無数の鞭の傷跡があり、痛みもあるが、それさえも虚ろになりつつある。
傷が体の表面から離脱し、空間を浮遊しているようだ。
自分と世界の境界線が曖昧だ。
どこまでが自分で、どこからが世界なのか、今の君にはわかりにくい。
手首や足首の拘束が強力なので、皮膚の感覚は麻痺し始めていて、なんだか魂だけが抽出されて空間に放り捨てられたような、不安定な気持ちだけが君を支配している。
足の裏は確かに床をとらえていて、鉄球の重みも感じるが、すべてがまるで他人事のように感じる。

君は月明かりが差す中空を凝視する。
しかし遠近感すら朧な君の視界に、救済の道は存在しない。

君は終わりの見えない流れの中で、じっと息を潜めながら、何かの到来だけを待ち続けている。