2006-08-26

ステイブル

コンクリートが剥き出しの長い廊下が、真っ直ぐに伸びている。
天井には青白い蛍光灯が寂しく灯り、廊下の右側には個室が続いている。
しかし、ここは監獄ではない。
馬小屋を改造した施設だ。
そのため、廊下と個室の仕切りに鉄格子は使われていない。
木製の棒が横に掛けられていて、そこにアルミ製の飼い葉桶が吊るされている。
ただし純粋な馬小屋ではなく、人間のための施設なので、個室の床に藁は敷かれておらずコンクリートがそのままで、部屋の隅にベッドの代わりとして一山だけ寝藁が積んである。

この馬小屋に収容されているのは、「馬」として扱われている人間だ。
いや、厳密には人間ではなく、単なる家畜だ。
そして家畜の性別は全員が牡で、飼っているのは女性だ。
現在、この厩舎では二十人近い家畜が飼われている。
君はその中の一人だが、まだ入厩して日が浅いため、家畜の中で最も新入りだ。
しかし、新入りだからといって、言い訳は何もできない。
いったん入厩した以上、君は家畜として生きることを義務づけられていて、それから逃れることは決して許されない。
君はもう人間ではなく、家畜なのだ。
家畜に思考や意思は全く必要ない。
もちろん「プライド」や「尊厳」といった言葉とも無縁の生活だ。

君は今、厩舎の隅で膝を抱えて座っている。
家畜なので、当然衣服は身に着けておらず、全裸だ。
明かり取りの窓から差し込む青白い光が、頼りない君の薄い影を床のコンクリートに落としている。
窓の外は夜だ。
しかし、正確な時刻はわからない。
なぜなら厩舎内に時計など存在しないからだ。
家畜に時計は必要ない。
君は、女性の鞭に支配される存在なのだ。
鞭によって行動をコントロールされ、そしてそれに従うことこそが君の存在意義で、それ以外に君が君である手段はない。
家畜に「自由」という概念はない。
だから、むろん「不自由」もない。

そんな君の体は、過酷な調教の証として、全身に鞭の跡が刻まれている。
だいたいが愚図な君なので、日々の調教は相当厳しい。
しかし、君はここを逃げ出さない。
鉄格子が嵌っているわけでも、鎖で繋がれているわけでもないので、夜中にこっそりと抜け出すことは可能なのだが、君はじっとこの厩舎で朝を待ち、家畜としてのトレーニングを積み続ける。
その道にゴールはない。
君は常に途上にいる。

しかし君は今、とても幸せだ。
なぜなら、心底からマゾヒストである君にとって、「人に飼われる」というこの暮らしは、理想の世界だからだ。
理想の世界には矛盾がない。
その世界はシンプルで、完璧だ。

だから、君にとって今以上の幸福はない。