2007-09-19

君はSMクラブのプレイルームで、女王様以外には到底誰にも見せられないような破廉恥極まりない姿を晒す。
全裸で床に這いつくばり、尻を犯されて女のように喘ぎ、蝋燭のロウで体を彩られ、縛られて鞭を打たれ、罵倒を浴びる。
君は時々壁の鏡に映る自分の姿を横目で見ながら、知り合いには絶対に見せられない姿だな、と強く思う。
プレイの終盤、君は女王様の股間から迸る聖水を飲み、罵られ、嘲弄の視線を浴びながらビンタを受け続け、自らの手でフィニッシュを迎える。
そして跪いて調教の礼を述べ、その世界を離れる。

プレイの後、君はシャワーを使う。
しかし、石鹸の類いは使用しない。
鞭やロープは、なるべく跡が残らないようにと予め相手の女王様に頼んである。
入念にシャワーを浴びてローションを落とし、丁寧にロウを剥がし、ロープの跡を解す。
どんなに緩く縛っても、拘束すれば多少は痕跡が残ってしまうが、それほどきつく縛られない限り、じきにそれは消える。
鞭は、せいぜい弱いバラ鞭程度なので、それほど気を回さなくていい。
シャワーの最後に君はついでに顔を洗い、口を漱ぐ。

プレイルームを出て夜の雑踏に潜り込む。
そろそろ時刻は夜の九時だが、繁華街はまだ宵の口だ。

君は、たいして飲みたくもなかったが、道ばたの自動販売機で缶ビールを買い、公園のベンチでそれを開ける。
そして飲み終わると、地下鉄の駅へ行き、トイレを済ませてからホームで列車を待ち、いつもの路線に揺られる。
ベンチシートの端に座り、ぼんやりと酔いの回った目で暗い窓を見ていると、そこに数十分前の自分の幻が浮かんで苦笑が漏れそうになる。
列車はそれほど混んではいないが、空いているわけでもない。
客には、男も女もいる。
そして君はふと考える。

誰も俺が今、SMクラブの帰りだとは知らないんだよな。
こうして澄まして座っているけれど、数十分前に俺は女性に鞭を打たれ、オシッコを飲んでいるんだぜ。

やがて列車がいつもの駅に着き、君は地上に出て、ブリーフケースをぶらぶらさせながら住宅街の中を歩いていく。
徒歩十八分、通い慣れた道だ。
コンビニの明かりが白く眩い。

八階建てのマンションに入り、エレベーターで五階へ上がる。
そして平凡なドアの前に立ち、チャイムを鳴らす。
すぐに内側からロックが解放され、ドアが開き、妻が顔を出す。
「おかえりなさい」
「ただいま」
君は靴を脱ぎ、タイを緩める。
「お酒臭いわね」
「そうか?」
君は惚け、悪戯っぽくわざと吐息を妻に吹きかける。

「やめてよ。たくさん飲んだの?」
「いや、付き合い程度だし」
「会社の人達と?」
「ああ。取引先の人もいたけど」
「そう。ところで今夜は麻婆豆腐なの。食べるでしょ?」
「もちろん。腹ぺこだよ」

妻が台所へ向かう。
君は寝室で背広を脱いで部屋着に着替える。
妻がドアの向こう、廊下の先から話しかけてくる。
「ねえ、昼間、お義母さんから電話があってね、今度の週末、一緒に温泉へ行かないかって」
「ふうん。旅費は向こう持ちなのかな?」
君は服を脱いでトランクス一枚になり、もう一度体の細部を点検しながらこたえる。
「みたいよ。良ければ予約するって。どうする?」
「おまえが嫌じゃなければいいよ」
「じゃあ明日、お願いしますって言っておくわよ」
「ああ」
手首にうっすらとロープの痕跡が残っていた。
君はその部分を擦り、部屋着であるスウェットを頭から被ると、きっちりと袖を伸ばして手首を隠した。
そして部屋を出て、台所で夕食の支度をしている妻の背中に向かって言う。
「メシの前に、風呂入るよ。なんか飲んで疲れた」
念には念を入れておいた方がいい。
風呂で、SMプレイの痕跡を完全に消すのだ。
振り返らずに妻が言う。
「わかった。沸いてるから、どうぞ」

妻は全く何も気づいていない。
君は少し心苦しさを覚えながら浴室へ向かう。
しかし嘘は、ときに吐き通すことが優しさとなるのだ。