2008-07-11

50cm

50cm。

それは、君の視点の高さを示す数値だ。
君は常に首輪を装着し、犬と化して四つん這いで暮らしているから、視点の高さがそれ以上になることは滅多に無い。
たまに、ご主人様の足にじゃれつくペットのように両手を上げて伸ばし背中を反らすことはあるが、そうそう許される行為ではないから、やはり君の視点の高さはたいてい50cm未満だ。

その視界は、ヒトのそれとは全く違う。
君は殆どの世界を仰ぎ見て暮らしている。
しかし、君にとってそれは悪くない景色だ。
なぜならば、君は犬として生きることに悦びを覚えているマゾヒストだからだ。

一匹の犬。
それが、君だ。

君は、常に全裸で暮らしている。
もう何年も衣服を身に着けたことはない。
美しい女性に飼われ、すべてを掌握されている。
そこに生活の自由はないが、「人」であることを捨てた君は、存在としての自由を手に入れている。
両手と両膝で体を支えつつ、餌を与えられて生を繋いでいる。
その生に、君の意思は介在していない。
しかし、幸福だ。
君は飼い主の慈悲によって生きている。
その慈悲に縋り、生かされている。
君には生きる権利も死ぬ権利もない。
ただ、四つん這いで繋がれてそこにいるだけだ。

君には、喜びもないが、悲しみもない。
感情は、ヒト特有のものだ。
だから、畜生である君に、感情はない。
よって、喜びも悲しみもないのだ。


君は広いリビングの隅に置かれたケージの中から、その格子の外を眺めている。
飼い主である美しい女性は今、裸で革張りのゆったりとしたソファに身を沈め、長い脚を低いテーブルのうえに投げ出して股を広げ、その中心に深々とバイブレーターを挿入して身を捩っている。
時折切なげな吐息が漏れ、肢体が脈打つ。
君とその女性との間の距離は三メートルほどだ。
君は格子の間から食い入るようにその女性の動きを凝視している。
股間にぶら下がる性器は猛々しく勃起していて、既に我慢の限界は超えているが、しかし犬である君に手を使うことは許されていない。

女性の喘ぎ声が空気を震わせながら、君に届く。
だからといって、もちろん女性に君を挑発しているという意識はない。
女性は、君のことなど眼中にない。
どこの世界に、飼い犬を意識する人間がいるだろう。
よって、挑発もしていなければ、君に対して恥ずかしいという感情もない。
飼い主である女性にとって、君は「人」ではないから、そういう対象ではないのだ。

女性は、ソファの上で本能のままに快感を貪っている。
君はついに耐えきれなくなって、ケージの中に転がっている大きなクッションを抱きかかえた。
そして、そのクッションに屹立する性器を押し付け、犬のように腰を振る。

君は高さ50cmの視点で女性を見つめたまま、クッションを強く抱え、激しく腰を振って性器を擦り付けていく……。