2009-05-01

春雷

広いバルコニーだ。
畳の枚数にして二十帖をゆうに越えている。
建物に接した位置から二メートル程の距離までは屋根が張り出しているが、それ以外は雑木林に面した外界に剥き出しだ。
夜の今、雑木林は暗く、激しい雨が降り続いている。
雨の音は、木々の葉などによって増幅されて響く。
バルコニーの正面には、見事に咲き誇る桜の巨木が聳えている。
夜の暗い雑木林の中で、その桜の周辺の闇だけが仄白い。

風が強い。
勢い良く風が吹く度、満開の桜の白い花びらが夜の中で盛大に舞う。
時折、空が白く光る。
鋭い雷光が闇を切り裂き、世界を一瞬だけ白く照らし出す。
そして、少し遅れて大音響が轟き渡る。

横殴りの雨がバルコニーを濡らしている。
屋根はほとんど役に立っていない。
激しい風が、花びらと雨を絶え間なく叩きつけてくる。
そのため、人工芝を敷き詰めたバルコニーの床は、無数の花びらで被われている。

バルコニーの屋根には、太い梁が一本、渡されている。
黒く艶やかな光沢をたたえる、堂々とした梁だ。
その梁には麻縄が掛けられ、君は今、全裸の体をその麻縄で拘束されつつ吊られている。
両腕を上に伸ばして手首を縛られながら、その手首と背中の一点で、君は中空に浮遊している。
足の裏は、床から三十センチほど離れていて、君はバルコニーの外を向いて吊られているため、その視界は雷雨の暗い夜と仄白い桜の巨木で占められている。
もちろん、一糸まとわぬ君の全身は、既にぐしょ濡れだ。
そして吹き飛ばされてきた桜の花びらが、その濡れた体にびっしりと張り付いている。

春の雨は温いが、しかしこれだけ激しく濡れ続けていれば、さすがに体が冷えていく。
君は吊られている不安定な浮遊感と寒さのために、小さく体を震わせる。
その度に梁へと続く手首の麻縄が皮膚に食い込んで擦れ、君は唇を噛み締める。
一段と強い風が吹き、正面から雨と花びらが吹きつけてきた。
思わず君は眼を瞑る。
多数の花びらが、そのまま君の濡れた顔面に付着した。
むろん、両手は頭の上で拘束されているため、雨も花びらも拭うことはできない。

「どう? 気分は?」

美しい女性が、バルコニーに通じるガラス戸を開けて室内から声をかける。
君はその声を背後で聞きながら、寒さで歯を鳴らしつつ小声で「お許しください……」と言った。

「何を許すの? 雨と桜、夜と雷、そして不様なお前。とても清々しくて潔い光景じゃないの」

女性はバルコニーに出てくると、君の正面に回り、全身に雨を受け止めながら長い髪をかきあげた。
君よりずいぶん年下の女性だが、背が高い。
その女性は、黒いビキニの水着を着ている。
足許は踵の高い銀色のサンダルで、水着は、ブラもショーツも極限までその面積が小さく、スタイルの良さを強調している。
体の線は細くもなく、かといって太くもなく、ほどよい肉付きで、きわめて女性的だ。
そして、そんな女性の手には、まるでサーカスで象かライオンの調教に使うような、長い一本鞭が握られている。
その黒く長く艶艶とした鞭は、獰猛な毒蛇のようにバルコニーの床を這っている。
君は怯えた眼でその鞭の先端を見つめる。

次の瞬間、女性はしなやかに鞭をふるった。
長い鞭は生命を吹き込まれて空気を切り裂きながら走り、君の体を打ち据えた。
体に張り付いた桜の花びらがぱっと舞い散り、君は大きく体を捻らす。

「うぎゃあ」

君は反射的に叫び声を上げたが、その声は圧倒的な存在感を示して居坐る雨の夜に呆気なく吸い込まれた。
更に、次の鞭が君を打った。
空に雷光が閃き、鞭が君の背中を真一文字に裂いた。

「あぁぁぁぁぁぁ」

君は炸裂した白い稲光の中で、不自由な体を弾ませながら絶叫する。
皮膚が破れ、桜の花びらの仄白さの中に鮮血の赤が迸る。
背中を打った鞭はそのまま君の体に巻き付き、猛々しく勃起しているペニスを直撃して素早く離れた。

惰性で揺れる君の体。
いつしか君は涙を流している。
視界はその涙と雨と、そして勝手気侭に張りついた桜の花びらのせいで、白くぼやけている。

再び稲光が夜を斜めに切り裂いた。
その鋭い一瞬の閃光の中に、鞭を持って微笑を浮かべながら佇む美しいビキニの女性が浮かび上がった。