2006-12-21

Happy Christmas

硬質な靴音が近づいてくる。
レンガの壁に凭れ、コンクリートの冷たい床で膝を抱えて座っていた全裸の君は、俄に緊張し、鉄格子の向こうの廊下へ視線を投げる。
寒さのため、股間の性器は完全に萎えている。
狭い独房だ。
明かり取りの窓が高みにあるが小さく、もちろん鉄の格子が嵌められており、そこから流れ込む青い月光は格子によって千切れて床を濡らしている。
君はその差し込む光から逃れるようにして蹲り、壁に凭れて座っている。
この房には監視のためのカメラが設置されているが、近頃ではもうその存在を気にすることも無い。
君は常に身も心も剥き出しであり、それが普通なのだ。

そんな君の両足には重い鉄球の付いた足枷が嵌められており、首には革製のベルトが巻かれている。
そのベルトは、リードを装着すればすぐに首輪として使用可能だが、独房内にいる現在の君のベルトにリードは付いていない。
繋がれていなくとも、どうせこの独房から出ることなどできず、どこへも行けやしないのだ。
しかし鉄球と繋がる足枷は、どんな時であっても外されることが無い。
それは一応、脱走防止の為の措置で、もう今の君にそのような不埒な発想はないのだが、単なるアクセサリーとしてそれは付いている。
ただし、鉄球の重量は20キロもあるため、気軽にアクセサリーと呼ぶにはいささか重く、房内をただ歩くだけでも相当な労力を要してしまうのだが、そのような事情など考慮されるはずがない。
なぜなら、「人間」ではないからだ。
所詮は奴隷、あるいは家畜であり、「人権」という言葉からは最も遠い場所で生きている。
それが、君だ。

やがて格子の扉の前に美しい女性が立った。
黒革のロングブーツに看守の制服を着て、コートを羽織っている。
女性の右手にはこの独房の鍵と長い鞭、左手に革製の大きな鞄が持たれている。
君は立ち上がり、扉に近づいて正座し、床に両手をついて頭を下げ、その額を床につける。
扉が解錠され、鉄が軋みながら開かれる。
君は額を冷たい床につけたまま、その音を聞く。

「顔を上げなさい」

女性の感情のない冷酷な声が響く。
君は怖ず怖ずと顔を上げる。
しかし両手は床についたままだ。
女性がしゃがみ、鞭と鍵の束をいったん床に置いて、鞄を開く。
そしてその中から金属製の平たいボウルを取り出すと、それを君の前に置き、続いて白いケーキを箱から出してそのボウルの中に投げ入れた。
円い、苺の載った可憐なケーキがボウルの中で崩れる。

「今夜はクリスマスイブだから、特別よ。嬉しい?」
女性が微笑んで訊き、君は大きく頷く。
「嬉しいです」
「そう……」

女性は更に鞄から二本の太くて赤いロウソクを取り、君に命じた。
「両手を、手のひらを上に向けて差し出しなさい」
「はい」
君は命じられた通り両手を前に出した。
女性はその手のひらに一本ずつロウソクを置き、ライターで火をつける。
「落とすんじゃないわよ」
「はい」
君はロウソクに注意を払いながら慎重に頷く。
寒さのためにその手は小刻みに震えたが、君はそれを抑え続ける。
オレンジ色の小さな炎が壁に映って揺れる。
その火影が女性の美しい顔を幻想的に照らす。

次に、女性は鞄から星の形をした飾りが付いたピアスを取り出し、君に近づく。
女性の甘い香りが君を包み込む。
女性は冷たく微笑み、ピアスの針を君の右の乳首に突き刺した。
鋭い痛みが走り、君は歯を食いしばって耐える。
銀色の星にロウソクの灯が撥ねる。

「飾ってもらえて嬉しい?」
妖艶な笑みを浮かべて女性が首を軽く傾げてみせる。
「はい。嬉しいです」
君は右の乳首に星のピアス、両手に赤いロウソクを掲げ持ったまま頷く。
溶けた蝋が流れて手のひらに落ち、その熱に君の表情が一瞬歪むが、君は耐える。
乳首から一筋の血が細く流れる。

「良かったわ」

女性はそう言うと、立ち上がり、コートの前をはだけてパンツのベルトのバックルを開いた。
そしてベルトを外し、パンツと黒いレースのショーツを下ろして、ケーキの入ったボウルを跨ぐ。
君は息を詰めてその様子を見守る。
目の前に女性の股間を彩る淡い陰が迫り、君はついその茂みを見つめてしまう。
やがて、女性の股間から金色の温い水が湯気を漂わせながら噴出し、ケーキに降り注ぐ。
勢いよく迸るその水流に、ケーキの表面はたちまち崩壊し、ボウルの底に黄金色の液体が溜まっていく。
ケーキの甘い匂いの中に、ツンと鋭いアンモニア臭が混じり、仄かな湯気とともに立ち昇る。
長い放尿が終わり、女性は再びパンツを穿くと、崩れかけているケーキに何度も唾を吐き、そのボウルの中にブーツの爪先を突っ込んだ。
そして爪先と踵を使って執拗に踏み潰し、そのブーツの先でケーキの欠片を掬うと、それを君の口許に突きつけた。

「食べなさい」
「ありがとうございます」

君はロウソクを落としてしまわないように気を配りながら心持ち前へ体を乗り出し、そのブーツの爪先のケーキの残骸を口に含んだ。
「全体に綺麗にしなさい」
女性にそう命じられ、君は「はい」と頷くと、続いて舌を伸ばしてブーツの表面を入念に舐めていく。
女性は壁に手をついて体を支えながら、必死に上体を捩り丹念にブーツに舌を這わせ続ける君を冷然と見下ろしている。
じきに、おおかたブーツのケーキが取れると、女性は足を下ろし、君を退けた。
君は再び元の姿勢に戻る。

「じゃあ、残りは自分で食べなさい。もちろん、ロウソクはそのままよ。カメラで見ているから」
「はい。有り難く頂戴させていただきます」

君は丁寧に頭を下げる。
女性はそれを冷たく鼻で笑って鞄を手に取り、一度だけ君の後頭部を踏みつけてから鞭と鍵束を持つと、君の房を出て施錠し、立ち去った。
君は遠ざかる靴音を聞きながら漸く頭を上げ、ボウルを見つめた。
そこには、嘗てはケーキだった物体が完全に変質して金色の温い水の中に沈んでいた。
苺も、もう跡形なく潰れて生クリームやぐちゃぐちゃのスポンジと混じり合い、それは金色の液体に滲み出ている。

君は赤い両の手のひらでロウソクを掲げたまま器用に体を折り、ボウルの中に突っ伏した。
そして、口だけでその嘗てはケーキだった物体を頬張る。

2006-12-18

不安定な逆転

君の世界は今、逆転している。
天井が足許にあり、床が頭上にある。
しかも、今の君は不安定だ。
視界はゆらゆらと微妙に揺れている。

君は、頭と足の位置を逆にして吊られている。
全裸の全身に麻縄が巻かれ、そのまま足首から天井に吊り下げられている。
ちょうど踝の上あたりで揃えて拘束された足首に麻縄が食い込み、少しでも体が揺れる度にそれは擦れる。
天井には滑車があり、麻縄はそれを利用して君を中空に浮かべている。
頭のてっぺんから五センチくらい下に、コンクリートの床がある。

君は、頭に血が下がるのを自覚しつつ、しかし性器を勃起させている。
卑猥な姿だ。
その姿は、壁の鏡で君にも確認できる。
しかも、君の体は亀甲模様に縛られているだけではなく、鞭の跡が胸前から太腿あたりまでかけてびっしりと刻まれている。
その跡は赤く、貧相な君の体を自由に走っている。
中には、血が滲みだしている傷もあるが、君にはどうすることもできない。
今の君は、限りなく無力だ。
両手は後ろに回されて腰の辺りで縛り上げられている。
そして体を動かせば、重力のせいで縄が全身に食い込み、尚更辛くなるだけだ。

カツカツカツカツと硬い靴音が近づいてくる。
見ると、素晴らしいプロポーションを革のボンデージに包んだ美しい女性が、冷酷な笑みを浮かべながら君の体へと歩み寄ってくる。
その手には、鞭が握られている。
長く、しなやかな一本鞭だ。
細い先端が床に触れ、這いずり回るようにその美しい女性の後ろに従っている。
それはまるで女神に従順な黒い蛇のようだ。

美しい女性が君の傍らに立ち、気まぐれに君の体を軽く突いた。
縄が軋み、君の体がボクシングジムのサンドバッグのように揺れる。
女性が動くと、微かに香水の匂いが漂って、それが君の弛緩気味の脳を刺激する。
吊るされている君の視界には、女性のロングブーツだけがあり、膝から上を直接見ることはできない。
鏡の反射を利用すれば女性の後ろ姿を視認することは可能だが、表情まではわからない。

女性が、天井の滑車から下がる鎖を手繰った。
ガラガラガラガラと大きな重厚な音が響いて、君の体が逆さまのまま回るように揺れながら上昇を始める。
そして、頭のてっぺんと床が三十センチほど離れたところで、女性は鎖を手繰るのを止めた。
上昇が止まり、やがて回転と揺れが収まる。
君のすぐ目の前に、女性の太腿の豊かなボリュームがある。
更に、少し視線を上へ向ければ、ハイレグのショーツの三角の部分がそこにはある。
しかし、その距離は永遠に縮まらない。

君は中空で静止している。