2009-12-25

哀れで幸福な夜

君には、一年のうちに二日、厄日としか思えない日が存在する。
それは、バレンタインデーとクリスマスだ。
理由は説明するまでもない。
見た目はパッとしないし、ペニスは皮を被っているし、何より変態で、普段から全く異性とは縁のない君にとって、この二つのイベントは世界から抹殺してしまいたいくらい忌まわしい。
といっても、その日が休日であれば自宅で地味に静かに過ごすだけだし、平日であれば、いつも通りに仕事をして、ときには残業などもしてみたりして、普通通りに過ごすだけだ。
テレビや新聞やネット等、情報媒体に触れず、街でも目と耳と心を逸らして職場と自宅を往復すれば、たいして問題ではない。
寂しさの多くは、人や物との関係性の中で発生する。
だから、これまでの人生において、君は特にこの二日に対して、必要以上に距離を置いて生きてきた。

しかし、今年の君は、少し生き方を変えてみることにした。
クリスマス・イヴの夜、SMクラブに予約を入れたのだ。
イヴの夜に風俗へ行く男ほど寂しくて侘しい男はいない。
自ら率先して「自分は女に全く縁がない」と声高に主張しているようなものだ。
しかし、君は思ったのだった。
誰からも眉をひそめられるであろう性的嗜好を抱えた変態のマゾとして、それ以上の勲章があるのか? と。
異性と縁がないのは厳然たる事実だし、恋人たちが愛を語り安らぎに包まれるその聖なる夜に、自分は倒錯的な欲望の暗い淵に自ら進んで墜落する。
そう考えたら、君は普段以上に昂ってしまったのだった。

君は前々日から、よく利用しているクラブで予約を取り、当日、仕事を九時過ぎに切り上げると、予め夕方に買っておいた小さなクリスマスケーキを手にしてホテルに向かった。
ケーキは、ふたつ買った。
ひとつは女王様のために、もうひとつは自分のために。

夜の町は電飾で彩られて華やかだったが、君の影はどこまでも暗く深かった。
十時過ぎ、君は指定されたホテルにチェックインした。
クラブと提携しているホテルなので、イヴの夜でも部屋は確保されていた。
部屋に入り、クラブに電話をすると、三十分ほどで女王様が到着した。
初めて入る女王様だったが、背の高い、美しい女性で、君は彼女の姿を一目見た瞬間からマゾとして覚醒してしまった。
君は女王様を待っている間に風呂に入って体を清めていたため、ドアの前で全裸で包茎のペニスを晒して跪きながら女王様を出迎えた。
女王様は部屋に入ってくるなり、そんな君を見て「包茎」と苦笑し、あからさまに軽蔑の表情を浮かべながら「小さくてしょぼいチンポだこと」と言って包茎のペニスを普段履きのブーツの底で踏んだ。

それから君は二時間、人間を捨てて本能の赴くままに淫らなケモノと化した。
会社の同僚や友人たちには決して見せられない哀れな姿を、君は晒し続けた。
首輪を装着して犬になり、鞭を受け、縛られ、発情したメス犬のように後ろの穴をペニスバンドで抉り抜かれて歓喜の叫びを上げ身悶えた。
それは最早、人とは呼べない生き物だった。
女王様は遠慮なく侮蔑の視線を注ぎ、嘲笑い続けた。

やがて君は、持参したケーキのひとつを取り出すと、その箱を床に置いて蓋を開け、女王様に土下座で懇願した。

「どうか、このケーキを踏んでグチャグチャにして、マゾ豚にお与えください!」

「いいわよ」

女王様は鼻で笑いながらロングブーツを脱ぐと、ベッドに座り、床に置かれた箱に入ったままのケーキを素足でグチャグチャに踏んだ。
そしてその爪先を、四つん這いになっている君の顔の前へ突きつけた。
甘いケーキの匂いと蒸れた足の臭いが君の鼻腔を突き抜け、お舐め、という命令が発せられると、君は狂ったように猛然とその爪先をしゃぶり、一心不乱に足の指とケーキの残骸を舐め尽くしていった。

その途中で、女王様は不意に君を蹴り飛ばし、立ち上がると、レザーのショーツを脱いでケーキの残骸を跨いだ。
そして中腰になると、潰れかけた箱の中に放尿した。
金色の水流が勢い良く股間から迸り出て、ケーキはたちまち融解し、箱の中で聖水の底に沈んだ。
君は床に手をついたままその様子を痴呆のように眺め続けていた。

放尿が済むと、女王様はケーキに向かって更に唾を大量に吐き捨て、君の首輪に繋がるリードをぐいっと引き、食べなさい、と命じた。

「いただきます!」

君は四つん這いのまま尻を高く上げ、敢然とその箱に屈み込んで中に顔を突っ込むと、聖水に沈むケーキを貪った。
白いケーキは金色に彩られ、甘みはアンモニア臭に打ち消されていた。
そうして貪り食っていると、女王様は君のアヌスに電動のディルドを挿入し、スイッチを入れた。
君は尻にディルドを咥え込んだままケーキを犬食いした。
そのケーキは君にとって、未知の味覚だった。

じきに君はそのスペシャルなケーキを食べ終えたが、あまりに夢中になって食べ続けていた為、途中でディルドが抜けてしまった。
女王様はそんな君の真摯さに欠ける態度に、おまえナメてるの? と冷めきった口調で詰問し、君は怯えながら、いいえ、と激しく首を横に振ったが、女王様は君の髪を掴んで体を引き起こした。
君は膝で立ち、降り注がれる冷徹な視線を受け止めながら、弱々しい目で女王様を仰ぎ見た。
そんな君の尻を女王様は蹴り、四つん這いにさせて尻を高く掲げさせると、もう一度スイッチが入ったままのディルドを君のアナルに突っ込んだ。
そして君がバイブを尻に咥えたまま膝立ちの姿勢に戻ると、女王様は正面に立ち、悠然と君を見下ろしながら、表情を消したままビンタした。
乾いた音が、バイブのモーター音だけが聞こえる部屋に響き、ビンタが連続した。
君は激しい往復ビンタを浴びながら、猛々しくペニスを勃起させた。

「おまえ、救いようのない変態マゾだな。ケツにバイブ咥え込みながらビンタされてチンコビンビンか」

女王様はベッドに浅く座って脚を組み、ビンタを張り続けながら君を嘲笑った。
君は、申し訳ございません、と言いながら、殆ど無意識のうちにペニスを擦り始めていた。

「なに勝手にオナってんだよ、豚! 誰がその皮被りの貧相なチンポしごいていいって言った? あ?」

女王様は立ち上がり、一段と激しいビンタを君の頬へ炸裂させた。

「申し訳ございません!」
君はそう謝罪して手を止めたが、次の瞬間、叫ぶように哀願していた。
「お願いします! どうかこのままビンタを頂きながらオナニーさせてください!」

「ビンタされて感じるのか? え?」
君を見下ろしながら女王様はそう言ってビンタし、君は、はい、とこたえた。
「どうしようもないな」
君の顔にペッと唾を吐き、女王様は言った。
「勝手にやれ」

「ありがとうございます!」

君は歓喜し、膝立ちのままペニスを擦り始めた。
そんな君の頬を、女王様は情け容赦なく、休むことなく平手で張り飛ばす。
だんだん君の頬が赤く染まり、腫れてくる。
その仄かな熱が、君を畜生に突き落としてゆく。
それでも君は貪欲にビンタを求めながら勇敢に顔を突き出し続け、ペニスを擦り続けた。

やがて君はその壮絶なビンタの嵐の中で、破廉恥に射精した。
大量の精液が放物線を描いてピュッピュッと飛んだ。
それはマゾ豚として最も幸福な瞬間だった。


君はひとりでホテルを出た。
女王様は先に帰った。
何気なく腕時計を見ると、もう零時を過ぎていて、日付が変わり十二月二十五日になっていた。
ホテル街は、淫微なネオンを点しながら、案外ひっそりとしていた。
君は俯き加減で足早にホテルの出口を離れると、暗闇に紛れ込むように歩きだす。
コートの襟を立て、ポケットに両手を突っ込み、黙々と歩いていく。
吐く息は白く、風が氷の礫のように冷たい。
何やら、白いものがちらついている。

あ、雪だ。

君は腫れた頬に触れた瞬間その熱で溶ける雪片の気配を感じながらそう思った。

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