2004-09-10

夢で逢いましょう

ホテルの部屋は暗い。
ベッドサイドのシェードランプだけが、弱々しい明かりを灯している。
29階のダブルルーム。
窓の外の眼下には、世界中の光を集めて粉々に砕いたような、宝石の輝きに似た都会の灯が、色彩の絨毯のように広がっている。

ボンテージスーツに身を包んだ彼女がそっと鞭をベッドに置く。
君は、床につけていた額を上げ、その凛然とした姿を仰ぎ見る。

二時間に及ぶ調教が終わった今、君は疲れきっている。
体には無数の鞭の跡が蚯蚓腫れとなって走り、手首や足首をはじめとして、胸や太腿にまでロープで縛られた跡がくっきりと残っている。
君はつい数分前に射精を果たしたばかりだが、依然としてペニスはそそり立ったままで、その周囲は白濁液に塗れている。
そしてそれは既に乾き始めていて、君は違和感を覚えているが、まだ拭きとってよいという許可はおりていない。
よって、自らの手で搾り出した白濁液は未だ手のひらにべったりと付着したままだ。

彼女はドレッサーの前へと歩き、椅子に浅く腰掛けると、ロングブーツをゆっくりと脱ぐ。
そして素足になると、次に、長い髪を物憂げにかきあげ、耳朶の大きなイヤリングを外す。
それをガラス製の灰皿の中に落とす。
小さく硬質な音が無音の室内に涼しげに響く。
彼女の優雅な仕草は淡い影となって床のカーペットに落ちている。

君は正坐のまま手を伸ばし、周囲に散乱している調教に使われた道具を拾い集めていく。
乳首を挟んだクリップ、首輪、ロープ、ペニスを根元で拘束する革製のベルトとそれに繋がる長い鎖……。
それらを拾い集めながら、君は二時間にわたって施された濃密な調教を胸の内で反芻する。

君は今、奴隷や犬という下劣で下等な身分から、ようやく人間界に帰還した。
尋常な男性ではとうてい考えも及ばないような、破廉恥な己の本能を解放した君の、束の間の自由の時間は終わった。
これからはまた、常人の仮面を被って生きていかなければならない。

君にとって、自らの本能を曝け出すことのできる唯一の相手が彼女で、その彼女という存在は神に等しい。
しかし、その神はもう君の前から去った。
彼女は、一度も君を振り返ることなく、バスルームに入った。
床に脱ぎ捨てられたままの黒革のブーツが、シェードランプの弱い明かりを受けて、艶やかに光っている。
君はその光沢を凝視する。
やがて、バスルームから微かにシャワーの音が聞こえてきた。

もう別れの時は近い。
そして、次にいつ彼女と逢えるかはわからない。
ほんの一瞬の邂逅は、まもなく本当に終わりを告げる。

夢のような時間には、果てがある。
しかし夢の中でなら、君はいつでも彼女に逢える。
夢は時間や距離といった現実的な障害を軽やかに超越する。

君は今夜、夢の中で再び彼女に跪くだろう。

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