2004-10-28

今夜の生贄はあなた

その暗く乾いた秘密の小部屋では

夜毎、誰かが泣いています

煉瓦の壁に沁みついた快感

風が止み、闇が誘う

磔にされた倦怠

檻の影

ピン・ヒールの踵が時を刻む

声にならない声、歌にならない歌

揺れる煙草の煙、霞む希望

アイスキャンディーは悪魔のキス

淵の底を覗き込む

ハードボイルドなハートブレイク

今夜の生贄はあなた

2004-10-22

金木犀

濃密な夜の空気の中に強く金木犀の匂いが充満している。
深夜。
時刻は午前一時を過ぎて、公園内には全く人気がない。
園内を蛇行しながら続く遊歩道は、昼間の賑わいが嘘のようにひっそりと静まり返っている。
ホットドックの屋台も、幼子を連れた母親達の姿もない。
水銀灯の冷たい明かりだけが、まるで季節外れの蛍が凍えているかのように、音もなく瞬いている。

雑木林の影が濃い。
水銀灯の光は、その茂みにまでは届いていない。
空には、雲が広がっている。
まだ雨が降り出しそうな気配は感じられないが、空気は冷えてきている。

時折風が吹き抜け、雑木林の梢を盛大に揺らす。
葉のざわめきが、深夜の闇をより一層深くさせる。

君は今、その雑木林の中にいる。
公園内の最も奥まった場所だ。
衣服はほとんど何も身に付けていない。
君は革靴と短いナイロンのソックスを履いただけの姿で、太い木の幹に拘束されている。
その傍らには、美しい女性が立っている。
女性は、夜目にも映える白いワンピースを着ている。
そして、女性の足元には、君が脱いだ衣服と、数分前に放出した君の精液が飛び散っている。
君は、女性のしなやかな手つきによって、拘束されたまま射精を果たしたばかりだ。

「どうか、お許しください」
君は全裸で幹に縛られたまま、その女性に哀願する。
しかし、実際には何も見えてはいない。
なぜなら、君はアイマスクをしている。
そのため、君の視界は闇に閉ざされている。
「何をいってるの? おまえは変態なんでしょ?」
女性がそう冷たく言い放つ。
「で、でも……」
君は、いくら周囲が無人の雑木林とはいえ、どこで誰が見ているか気が気でなかったから、つい小声になってしまう。
女性は、そんな君を軽蔑の眼差しで見つめている。
「外で露出をしてみたいといったのは、おまえでしょ?」
「そ、そうですけど……」
「だったら、いったい何が不満だというの、全く……それじゃあ、元気でね。わたしは帰るから」
「そ、そんな……」
君は声を震わせながら呟く。
しかし女性はもう相手にせず、君の傍を離れた。
そして数歩歩いてから足を止め、屈託のない口調でいう。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。朝になったら誰かが見つけてくれるから」

地面の草を踏んで進む女性の靴音が、だんだん離れ、遠ざかっていく。
やがて、完全な沈黙が、水を吸った真綿のように重く君を包み込む。

風が肌を撫でていく。
金木犀の匂いが鼻を刺す。
不意に雲が切れて、青ざめた月光が君の全身を照らす。

2004-10-15

刻印

M字開脚で吊られているため剥き出しになっている君の股間は、妙につるりとしている。
つい先ほど、女王様によって剃毛されたばかりだからだ。
まだ剃り跡が青々としている。

大人の股間に陰毛がない光景は、非常に卑猥だ。
これで君は当分、人前で裸にはなれない。
しかも、その股間の性器は今、破廉恥にも限界までそそり立っている。
普段は皮に包まれている君のピンクの亀頭が、透明の液に塗れ光っている。
それは単なる歪な肉塊だ。
存在する価値もなければ意味もなく、途轍もなく醜い。

女王様が、鋭く尖った赤い爪の先端で、君の性器の裏筋を辿っていく。
その快感に君は体を震わせ、そしてペニスをヒクヒクと痙攣させる。
それに合わせて、さらにペニスから大量の液体が滲み出し、糸を引いて垂れていく。
「イヤらしい……」
女王様が指先による刺激を与え続けながら、君の耳元に唇を寄せて囁く。
そしてその液体を指先で掬い、君の顔の前に差し出す。
「ほら」
そういって、その指を君の口に押し込む。
君は歓喜し、狂ったようにその指を丹念に舐め、しゃぶる。
その舌の動きは、まるで別の生き物のようだ。
君の舌は女王様の指先に絡みつき、吸いついて離れない。
そんな君を、女王様は侮蔑の色を浮かべた表情で静かに眺めている。
やがて女王様は「はい、おしまい」といって、唐突に指を引き抜き、いったん君の傍から離れた。
そして後方に回り込んだため、吊られている君の視界から外れ、君は床から一メートルほどの上空で浮遊したまま、束の間の孤独に陥る。

音のない部屋の時間の進行は歪んでいる。
次に女王様が戻ってきた時、その手には剃刀が握られている。
白い刃先が部屋の明かりを受けて鈍い煌めきを放つ。
「おまえはわたしのモノ」
女王様はそういいながら、その刃先を、君の臍の下辺り、毛のない下腹部に押し当てた。
「印をつけておくわね」
女王様は楽しそうに残忍な光を瞳に宿しながら、君の下腹部に剃刀の刃を滑らせていく。
小さな痛みが君を包み込む。
白い肌に、赤くラインが刻まれていく。

君は息を殺してじっとその刃の動きを注視している。
やがてその赤いラインは『M』という字として結実した。
繊細な傷口から微かな血が密やかに流れている。
その赤は、性器の先端から溢れ出ている透明な液と混じりながら、キラキラ光っている。

2004-10-13

君は今、手首を縛られた状態で両手を上げ、赤いロープで天井から吊るされている。
床に足はついているが、体の自由はほとんど利かない。
もちろん全身に亀甲縛りが施されており、その模様は芸術的ですらある。
君は、オブジェだ。
天井のスポットライトが君を照らしている。
その光に、乳首のピアスが鈍い煌めきを放つ。
ピアスはリング状で、細いチェーンがついている。
そのチェーンは長く、両の乳首から伸びるそれは途中で繋がり、先端は女王様の手の中にある。

女王様が残忍な微笑を瞳に滲ませながら、一片の躊躇もなく、そのチェーンを引っ張った。
「ギャー」
君は大の大人であるにもかかわらず、生まれたての赤子のように叫ぶ。
その目は涙で潤んでいる。
「おまえ、嬉しくて泣いてるの?」
女王様が近づいてきて、感情を消した顔で小首を傾げながら訊く。
君は痛みに顔を顰めながら、しかし「はい」と頷く。
「でも何か不快そうね。あまり嬉しそうには見えないわよ」
女王様はそう言うと、冷徹な目で君を見据えた。
君は激しく首を横に振って否定する。
「いいえ、滅相もございません。本当に嬉しいです!」
君は必死だ。
しかし女王様の手にはいつしか、チェーンの代わりに長い一本鞭が握られている。

「おまえは最低なマゾ豚」

女王様はそう呟くと、鞭を持ったまま君のすぐ前に立ち、君の乳首のピアスを指先で弾いた後、両頬に鋭いビンタを張り、君を小突いた。
君は足首を縛られているので、そのまま、まるでサンドバッグのように揺れる。
その揺れが収まらないうちに、女王様は鞭を振った。
鞭の先端が君の体を打つ。
その乾いた音が、密室に反響する。
君は無意識のうちにその鞭から逃れようと体を捩るが、その度にロープが手首に食い込んで顔を歪める。
何発もの鞭が連続して君に叩き込まれた。
鞭が肌を打つと、君の体に滲んでいた汗が、細かな飛沫となって飛散した。
その汗が、スポットライトの強烈な光を浴びてキラキラと輝く。

やがてようやく鞭の嵐が去った。
君は手首の拘束だけを解かれ、息を弾ませながら床にしゃがみこむ。
亀甲縛りが施されたままの全身には、鞭の跡が刻まれている。
君は這い蹲るように床に両手をつき、呼吸を整える。
そんな君の前に、女王様が凛然と立った。
俯き加減の君の視界に、踵の高いハイヒールが現れる。
レザーの光沢は艶かしく、女王様の足首は透き通るように白い。

その踝の上に、小さいが色鮮やかな蝶のタトゥがある。
蝶は静かに、そして優雅に羽を広げている。

2004-10-02

もしくは幻影

滑車が回る

重々しい音を響かせて

鎖を手繰る彼女の爪は黒

軋むロープ

ゆっくりと浮上する、からだ

閉ざされた部屋

誰も知らない時間

拘束された肉体

解放された精神

儀式のあとで

自由を獲得する

夕陽に向かって叫んだあの日の少年は

今夜、すりかえられた夢を見る

もしくは、幻影